第55話 わたしの親友

 夏休み2週目の水曜日、わたし・南雲由香里は先ほどまでクラスメイトの御善くんの家に遊びに行っていた。

1学期の終業式の日に彼と仲が良い女子三人でお邪魔することを決めて、今日、彼の家を訪問したのだ。


 ちょっとだけ聞いてはいたけれど、御善くんが本当に一軒家に一人暮らししているのを目の当たりにして驚いた。

まあ、今となっては清澄姉妹と同棲していることが分かって、さらに驚かされたのだけれど。


 御善くんは顔が整っていて背が高くて、頭が良くて運動も出来て、話し上手で優しくて、おまけに料理も上手いって、女子が男子に求める理想をすべて持ってるんじゃないかと思える優良物件、なるほど学園の姫君とその妹君いもうとぎみがぞっこんになる訳だ。

その上、神崎さんや森本先輩も落としちゃうし、かく言うわたし自身も、彼氏が居たにも関わらずいつの間にか彼に恋していたのだから、本当に罪な男だと思う。


 そんな御善くんの家に伺って、彼と清澄姉妹、まりちゃん、神崎さんと一緒に、彼お手製の美味しい食事をいただいたり、おしゃべりしたりと楽しい時間を過ごしていたのだけれど、わたしは途中で彼の家を飛び出してしまった。

今は一緒に出てきてくれた、まりちゃんこと鷹宮麻里亜と帰りの電車に揺られていた。


「まりちゃん、ごめん。一緒に来てくれてありがとね。」

「気にしないの、友達でしょ?」


 中学から連んでいるまりちゃんとは気が合うし良く話もするけれど、いつもべったりって訳でもないので、親友というよりは友達という言葉が合っていると思う。

今のクラスでまりちゃんの次に話をするのが御善くんなのだから、わたしって交友関係狭いんだなとあらためて思ってしまう。

御善くんと気まずくなってしまったら、あとは神崎さんくらいしか話相手がいなくなっちゃうのか…。


「ねえ、まりちゃん、駅前の喫茶店に寄って帰らない?」

「良いよー、付き合うよ。」

「うん、ありがと。」


 わたしたちは家の最寄駅で電車を降りて、歩いて喫茶店に向かう。

電車からお店まではほんの少しの距離なのに、気温が高くてもう汗ばんできた。

そろそろ制汗剤が効かなくなってきているかも。


 冷房が良く効いた喫茶店に入ってホッとする。

窓際のテーブル席に案内され、二人ともアイスコーヒーを注文した。

御善くんの家でもアイスコーヒーを出してもらったし、今日はアイスコーヒーばかり飲んでいる気がする。


「やっちゃったなぁ…」


 御善くんの家を飛び出してきたことを後悔していた。

わたしだけじゃなく、まりちゃんまで巻き込んでしまうし。

でも、あの時はとてもその場に居続ける気持ちになれなかったのだ。


「由香里が言ったこと、みんな分かってくれてるよ。」


 まりちゃんはこういう時とても優しい。

これまで何度も彼女の前で愚痴をこぼしてきたけど、その度にしっかりと話を聞いてくれるし、慰めてももらった。

 そう言えば、まりちゃんの愚痴ってあまり聞いたことないかも。

それって、わたしが頼りにならないってことなのかなぁ…。


「うん、もしもわたしがって思ったら、どうしても納得できなかったんだよ。」


 つい先ほどまで別の子を抱いていた同じ手で自分が抱きしめられるなんて考えられない! と思った。

それとも一度でも御善くんに抱かれたら、この考え方も変わってしまうのだろうか…。


 あの姉妹のように、彼がわたしを…。

彼の大きな手がわたしの……に……。

彼の……がわたしの……に……。

って、わたし、なに考えちゃってるの?!

これはわたしも重症かも…。


「由香里? 顔赤いけど大丈夫?」

「あ、うん、ちょっと暑いかな、はは」

「そう?」


でも、あの時直ぐに分かっちゃったんだ。

わたしがあんなこと言っちゃったのって…


「わたし、嫉妬してたんだよなぁ…」

「由香里…」


 あの時、清澄姉妹に食ってかかったのは、わたしが彼女たちに嫉妬したからだ。

御善くんの惜しみない愛情を受け取ることが出来る二人が羨ましかった、妬ましかった。

挙げ句の果てに、あんなことを言ってあの場を飛び出してしまっているのだから、まったく救いようがない。

まりちゃんにも心配をかけてしまうし、一体何をやっているのだろうか。


「まりちゃん、ごめんね? 巻き込んじゃって。」

「そんなのは良いんだって、アタシら友達じゃん。」

「うん、まりちゃんはホントに良い友達だよぉ。」


だから、この大切な友達のためにも、みんなと気まずいままじゃいけないと思うのだけれど…。


「わたしね、清澄先輩と妹さんに嫉妬してたんだ。わたしが好きになった人の気持ちを独り占め、じゃないね二人占め? しちゃってるんだもん。最初から割って入る隙なんかないのにね。」

「うん。」

「だから、あんなこと言っちゃったんだと思う。とんだ八つ当たりだよね。」

「良いんじゃない? あの人たちにはそれくらいしてやんないと、当てられっぱなしじゃ悔しいじゃん。」


 まりちゃんは、ニシシと意地の悪い笑みを浮かべてそんなことを言ってくれる。

あんなこと言うアンタが悪いって言ってくれて良いんだよ?

こんなバカなわたしに優しくしてくれなくても良いんだよ?

まりちゃんのおかげで、うるっとしちゃうじゃない。

簡単に自分を許してしまうじゃない…。


「わたし、みんなに謝るよ。きっとみんな許してくれるよね。」

「だいじょぶだよ、アタシも一緒に謝ってやっからさ。」


 何でもない顔をして、まりちゃんがそう言ってくれた。

わたしにはこんなに素敵な友達が居るんだ、ううん、違うな、きっと彼女こそがわたしの親友なのだと思う。

今更こんなこと言ったら、まりちゃんはどんな顔をするだろう。


 まりちゃん、貴女がわたしの初めての親友だよって言ったら。


 でもそれは後にしよう、まずはみんなのところに戻らなきゃ。

ちょっと恥ずかしいけど、思い切って御善くんにメッセージを入れてみようと思う。

どんなに気まずくても、彼ならきっと笑顔で受け入れてくれるだろう。


 でもどんな言葉を書けば良いだろう、ちょっと悩んじゃう。

こんな時、まりちゃんならどう書くのかな。


とても頼りになる、わたしの大好きな親友なら。


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