第54話 譲れない気持ち
静寂が覆った。
この場に居る誰もが次の言葉を発せずにいた。
やや重苦しい空気の中、沈黙を破ったのは南雲さんだった。
彼女は俯いて、硬い表情で言う。
「そんなの、無理だよ…」
「南雲さん…」
「清澄先輩も、妹さんも、好きな人が自分だけじゃなくて他の女の子と、それも自分の姉妹とだなんて、それでいいの? 耐えられるの? わたしだったら無理。」
南雲さんは清澄姉妹の立場を自らに置き換えて考えているのだろうか、硬い表情のまま姉妹に訴えかけた。
姉妹は彼女の話を穏やかな眼差しで聞いていた。
「ありがとう、南雲さん、心配してくれたんだよね。私もね、ゆうとすずじゃなかったら、こんな風には思えない。私にとって、とても大好きな、大切な二人だから、私は一緒に居られるんだよ。」
「あたしは、ゆうくんにもあやねえにも、幸せになってほしい。ううん、あたしも入れて三人とも幸せでいたい。この前、ゆうくんが言ってくれたんです、姉のこともあたしのことも受け止めてくれるって、あたしたちに自分を支えてほしいって、二人があたしも一緒に居ても良いんだって言ってくれたんです、こんなに嬉しいことってないですよ。」
姉妹は諭すでもなく訴えるでもなく、ただ彼女たちが思うことを笑顔で静かに紡ぎあげる。
南雲さんは膝に置いた両手を固く握り締め、俯いていた。
やがて、徐に立ち上がり…
「ごめんなさい、わたし、帰ります。」
「南雲さん。」「由香里?!」
南雲さんがリビングを出ていったので、鷹宮さんと共に直ぐに追いかける。
彼女は玄関で靴を履いているところだった。
「南雲さん。」
「御善くん、ごめん、わたし…」
「うん。」
「…ううん、何でもない、またね。」
「待って、由香里! ごめん、御善くん、アタシも行くね。」
「うん、二人とも気をつけて。」
二人が玄関を出て行き、扉が閉まる。
俺は少しの間、扉を見つめ、踵を返してリビングに戻った。
清澄姉妹と愛花さんの視線が俺を捉える。
「南雲さんと鷹宮さんは帰ったよ。」
「お見送りありがとう、ゆう。」
「いや、俺は何もしてないから。」
俺はただ南雲さんを追いかけただけで、彼女に気の利いた一言をかけることさえ出来なかった。
南雲さんの言うことは世間的には当たり前で、俺たちはそれを覆そうなどとは思っていない。
それでもせめて友人には、自分たちのことを知ってもらいたいと思うのは、俺たちのエゴなのかも知れない。
「ゆうくん、お茶どうぞ。」
「ありがとう、すず。」
テーブルには良く冷えたお茶が4杯置かれていた。
グラスを傾け、冷えたお茶を口に流し込むと、体の真ん中を冷たいものがツッと落ちていった。
「あれが、普通の反応なんでしょうね。」
この場に残ってくれている愛花さんがぽつりと声を漏らし、それをきっかけに会話が広がって行く。
「そうだね、愛花ちゃんは珍しいと思うよ?」
「ふふ、私の恋愛下手がそうさせたんじゃないでしょうか。」
「じゃあ、今は違うかも知れないってことかな。」
「どうでしょう。あの時、話してくれたのが悠樹くんと涼菜さんじゃなかったら、応援しようなんて思わなかったと思いますし、それは今も変わりませんから。」
「ふふ、嬉しいなあ、私たちのことをいつも見てくれてる子がそう言ってくれるなんて。」
「私も皆さんのおかげで色々気づくこともありますから。」
「ゆうを好きになってくれたこととか?」
「もう、それ、本妻の余裕ってことですか? まあ、それも一つですけど…」
「ねえねえ、愛花ちゃんっていつから、ゆうが好きだったの?」
「ええ?! それ今聞くんですか?! そんなの、分からないですよ!」
「そうなの? 私は生まれてからずっとだけど。」
「彩菜さんはそうでしょうね! もう、この話は終わりです!」
「あははは、そうだ、愛花さん、神崎くん…京悟くんはどうしてますか?」
「京悟は野球に打ち込んでるみたいですね。毎日クタクタになって帰ってきてます。本人には聞いてませんけど、涼菜さんのことは吹っ切れたんじゃないでしょうか。」
「実は1学期の終わりくらいに学校で何度かすれ違ったんですけど、態度が普通だったんですよねー。前は結構リアクション大きかったんですけど、ちょっと気になって。」
「ふふ、涼菜さんは優しいですね。あの子なりに考えた結果だと思うので、受け入れてあげてください。」
「はい、分かりました! 弟思いの愛花さんのお言葉ですものね!」
清澄姉妹と愛花さんは、先ほどのことがなかったかのように会話を弾ませている。
こんな時に口を挟んでも良いことはないし、今のところ流れ弾も飛んできていないので、放っておくことにした。
それよりも、今は南雲さんのことが気に掛かる。
今すぐという訳にはいかないが、彼女とはいずれ話をしなくてはいけないだろう。
今晩にでも鷹宮さんにメッセージを入れて様子を聞いてみようかと思う。
遅くても、2学期が始まって学園で顔を合わせるまでには、普段どおりに話ができるようになりたいと思うのだが…。
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