第56話 穏やかなひととき
…チョキチョキ…
浴室に鋏の刃が擦れる音が響く。
「結構伸びたよね。」
「3ヶ月放っておいたからな。」
…チョキチョキチョキ…
彩菜が慣れた手つきで俺の髪をコームで梳きながら、毛先を少しずつカットして行く。
ヘアエプロンの膝上にパラパラと髪の毛が落ちて行った。
「最近ヘアピン使ってたもんね。」
「前髪が言うことを聞いてくれないんだよ。」
夏休みになってからは、朝、伸びすぎた髪をセットするのが面倒で、ヘアピンやクリップで前髪を留めることが多くなっていた。
先日の女子会の時も、朝、前髪をクリップで留めていたのを忘れていて、集まった女子一同に最初の話題を提供することになった。
…チョキチョキ…
「もっと早く切れば良かったのに。」
「あやと一緒にやっておけば良かったよな。」
「ふふ、これからはそうしようよ。」
月一ペースで彩菜の髪の毛先を整えているので、その時に合わせてやってしまえば良いだけなのだが、どうも自分のことには無頓着になってしまう。
…チョキ…チョキ…
「でも、このくらい伸びた方が切りやすいかも。」
「そうなのか?」
これくらいの髪の長さの方がコームで扱うには良いかもしれないが、癖の強い髪はあまり長くなると手に負えなくなるのが難点なのだ。
にも関わらず、彩菜から提案されたのが…
「ねえ、今度伸ばしてみたら?」
「これ以上伸びると手に負えなくなるんだけど。」
伸ばしたら伸ばしたで、毎朝面倒臭くなるだけだと思うのだが、その辺りはどうやら織り込み済みだったらしく…
…チョキ、…チョキ
「毎朝、私がセットしてあげるよ? その代わり、ね?」
「俺があやの髪を整えれば良いんだよな。」
「うん、ね、楽しそうじゃない?」
「そうだな、やってみるか。」
確かに朝からお互いの髪を弄り合うのは気持ち良いだろうし楽しそうだ。
これはとても魅力的な提案だと思う。
これ以上髪を切ってしまうと長くしたときのデザインが難しくなってしまいそうだと言うので、後は梳き鋏で仕上げてもらうことなった。
…シャク…シャク
「ふふ、2学期が楽しみだなぁ♪」
「俺は明日からでも良いぞ?」
「え? いいの?」
「寧ろ俺はあやの髪に触りたいんだけど。」
彩菜の髪は艶やかで滑りが良くて、触っているととても気持ちが良い。
夜の寛ぎタイムには時折、手触りや香りを楽しむことがあるのだが、1日の始まりにそれが叶うのであれば、それだけで良い1日が過ごせそうな気がする。
…シャク…シャク…シャク
「うん、私もゆうに触ってほしいな。」
「『髪を』をつけろよ?」
「髪だけなの?」
「まあ、他は時間があればな。」
「ふふ、じゃあ、早起きしなくちゃね。」
「その分俺も早起きしなきゃいけなくなるんだけど。」
「ちゃんと起こしてあげるよ?」
「どうやってだ?」
「さあ、どうしようかな。」
どうやら髪だけでは済まなくなるような雰囲気もあるが、朝できることなんて高が知れているから、登校時刻に影響が出るようなことにはならないだろう、多分。
朝、彩菜がどうやって起こしてくれるつもりなのかは…
うん、その時の楽しみに取っておこう。
…シャク、…シャク
彩菜が俺の周りをぐるりと回って、全体のバランスを確認している。
後は微調整といったところか。
……チョキ、……チョキ
「すずにも声をかけるよな。」
「そうだね、すず、朝からゆうに構ってもらったら喜ぶだろうなぁ。」
「そうだと嬉しいな。」
「もう、絶対喜ぶに決まってるでしょ?」
涼菜の笑顔が思い浮かぶ。
朝から涼菜の笑顔が見られて喜ぶのは、俺たち二人の方だろうな。
彩菜が最後に俺の髪をワシワシと掻き回し、頭に残っている細かい髪の毛を払い落としてくれた。
「よし! これでOK! お疲れ様、ゆう。」
「いつもありがとう、あや。またよろしくな。」
「ふふ、いつでもどうぞ♪」
立ち上がってヘアエプロンに溜まっている髪の毛を足下に敷いたシートに払い落とす。
シートの上で髪の毛を集めてポリ袋に移して、彩菜に手渡した。
「ごめん、あや、これ捨てといてくれるか。」
「うん、捨てとくね。シートとエプロンはここで流すんだよね?」
「ああ、俺もこのままシャワーを浴びるから、出たら干しておくよ。」
「はーい。じゃあ、後はお任せします。」
俺が座っていたスツールとカットセットを持って彩菜が浴室を出て行った。
先ほど使ったヘアエプロンとシートをシャワーで洗い流して、ついていた細かい髪の毛を取り除く。
後は浴室を出てから外に干せばOKだ。
シャンプーで頭を洗い、シャワーで流す。
3ヶ月ぶりに髪を切ると頭を洗った時の手触りがまるで違う。
これから髪を伸ばして行くことになる訳だけど、はたしてどんな感触に変わって行くのだろうか。
どのような髪型になるのかは彩菜次第だが、彼女に任せておけば間違いないだろう。
清澄姉妹と暮らし始めて、朝の日課が一つ増えることになった。
楽しいことが増えるのは大歓迎だ。
明日は朝から存分に楽しませてもらうことにしよう。
* * * * *
今回は某美少女ゲームのワンシーンのオマージュになっています。
大好きなシーンなので、どこかで使えたらと思っていました。
あのシーンのようにプロポーズとしなかったのは、この二人の場合は今更ですから。
と言うことで、今回はただただ、筆者が楽しむだけの一話でした♪
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