第13話 傍らの温もり

 土曜日の朝、カーテンの隙間から漏れ入って来た明りに目を覚ます。

スマホで時刻を確認すると、まだ5時半だった。

平日であればこの時刻に起きて日課に勤しむところだが、土日は休養日に宛てているので7時に起きるようにしている。

普段であれば二度寝を決め込むところだが、今日は傍らにある温もりがそれをさせなかった。


 薄手の掛け布団に包まれて、涼菜が小さく寝息を立てていた。

俺の左肩に体を寄せて、可愛らしい子猫のような寝顔をこちらに向けている。

俺はまだあどけなさの残る涼菜の頬にやんわりと人差し指を這わせ、柔らかく滑らかな感触を確かめながら、小声で独りごちた。


「すず、俺は、お前を癒やせているか?」


涼菜はただ静かな呼吸を繰り返すだけだった。




 暫く涼菜の肌の触り心地を愉しんでいると、彼女がぷるっとみじろぎして瞼を薄らと持ち上げた。


「ふわ、ゆうくんだ…」


まだ半分夢の中にいるのだろう、とろんとした表情を浮かべた涼菜が俺に覆いかぶさり、すりすりと頬ずりして来る。

俺は彼女にされるがままになりながら、白い肌が露わになった背中に布団を掛け直してあげた。




「ゆうくん、おはよう。」

「おはよう、すず。」


 少しの間、互いの温もりを溶け合わせていると、涼菜が朝の挨拶をして来た。

どうやら、しっかり目が覚めたようだ。


「えへへ、朝起きた時にゆうくんが居てくれるの、嬉しいな。」

「俺もそうだよ、良く眠れたか?」

「うん、ゆうくんが優しくしてくれたおかげ。」

「そうか。」

「ねえ、ゆうくん、もう少しこうしてても良い?」

「ああ、良いよ。」

「ありがとう…」


涼菜は緩く微笑みを浮かべ、俺に身を預けたまま瞼を閉じた。





 まもなく9時になろうとする頃、俺は我が家の冷蔵庫を覗いていた。

庫内のストックを確認して、常備しておきたい食材を買い足す算段をしているのだ。


「今日は、あっちのスーパーに行くの?」

「ああ、偶にはじっくり選びたいからな、すずも行くか?」

「行きたいけど、お洗濯とかあるし。」

「洗濯なら後でやっておくぞ?」

「ううん、他にもしたいことがあるから、またにするね。」

「ん、了解。また今度な。」

「うん、いってらっしゃい♪」


 愛用のボディーバッグに財布とエコバッグを突め込み、涼菜に見送られて我が家の玄関を出た。


 最寄りのスーパーまでは歩いて5分程度の距離で便利なのだが、如何せんこじんまりとしたローカル店なので品揃えがイマイチなのが欠点だ。

平日の買い物はそこでも良いのだが、今日は時間もあるしなるべく沢山の品物が見たいので、品揃え豊富な大型チェーン店に足を伸ばすことにしたのだ。

 店舗までは徒歩20分程度、自転車を使えばなんてことのない距離だ。

けれど、今日はまとめ買いをする予定のため、自転車を使うにはしんどい量になるのが目に見えているので、散歩がてらに徒歩で行くことにした。


 余談だが、同じく徒歩20分程度かかる学園に通学する時に自転車を使っていないのは、彩菜が自転車に乗れないからだ。

どんな運動でも難なくこなす彩菜だが、幼い頃からいくら練習しても、なぜか自転車に乗れるようにはならなかった。

練習中、よく転んで泣いていたことを思い出す。


 大型スーパーで時間を掛けてじっくりと品定めをして必要なものを買い揃える。

目当ての品物を買い終えて帰路についた時には11時を回っていた。

手には食材がパンパンに詰まったエコバッグが2つぶら下がっている。

正直、結構重たい。

このような大量購入は偶にしかしないからだろう、毎回帰る時になってから、もう少しセーブすべきだったと反省することになる。

これでは俺の学習能力が疑われるというものだ。


 それはさておき、実は先ほど気づいたことがある。

スーパーで食材を物色している時から男性が一人、俺のことを遠目で観察していたのだ。

薄手の長袖ボーダーシャツにスキニージーンズ、グレイのキャップを目深に被った、如何にもふらっと近所のスーパーに立ち寄りましたという出立ち。

けれど、物陰に隠れていてチラリとしか視認できないとは言え、あれだけ長時間付き纏われれば誰だって気づくだろう。

今も少し離れて俺の後ろをついてきている。


 このまま家まで引っ張って行っても良いことなどあるはずがないし、かと言って、重い荷物を両手に巻くことも難しいだろう。

とりあえずコンタクトしてみるべきか否か。


俺は多少の買い物疲れもあって色々と考えるのが面倒になり、やはり直接本人に当たってみることにした。

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