第12話 結果報告
「あ、そうだ、ゆうくん、ご報告があります。」
「うん? すず、あらたまってどうした?」
涼菜が唐突に話題を変えた。
報告ということは例の何回も告ってきた男子の件だろう。
多分上手くいったのだと思うが。
「今日の昼休みに例の男子と話をしたら諦めてくれたみたい。これで何とか5回目は回避できそうだよ。」
「そうか、良かったじゃないか。」
「うん、ただね、ちょっとだけ大変だったんだよねー」
「何かあったのか?」
涼菜によると、そもそも『許婚』とは? という用語の説明から必要だったようだ。
確かに、言葉自体を知らなければ、初手で効果的なインパクトは与えられないだろう。
これは盲点だった。
その後も、親同士が決めた関係なんて意味がないだとか、結構食い下がられたらしい。
結局、二人は好き合っていて既に結ばれていると告げたのが決め手となって、渋々諦めさせたのだとか。
涼菜は『ちょっとだけ』と言っているが、これは『かなり』大変だったろう。
夕方からの彼女の過度な甘えっぷりは、癒しを求める意図があったのかも知れない。
「それは大変だったな、お疲れ様。」
「えへへ、なでなで嬉しいな〜♪」
あらためて、頭を撫でて労ってやると、涼菜はふにゃっと相好を崩す。
その姿を微笑ましそうに見ていた彩菜が、合点が入ったように頷いた。
「何の話が始まったのかと思ったけど、お断りのことだったのね。」
「ああ、昨日、『許婚』がいると言って良いか相談されたんだよ。」
「ゆうくんがいつでも使って良いって言ってくれたんだよー。ありがとね、ゆうくん。」
涼菜は頭に乗っている俺の手を両手で掴み、胸元で大事そうに包み込んで笑顔を浮かべる。
「ふふ、そういうことね。私もそれ何度か使ってるけど、効果的面だもんね。」
「おかげで俺の知らないうちに、学園でお前との噂が広まってたみたいだけどな。『許婚くん』って呼ばれるし。」
わざとムッとしたように非難めいたことを口にすると、彩菜は申し訳なさそうに俺を覗き込む。
「事実を言っただけだし、周りに何か言われても『だから何?』って思ってたから…。ごめんね?」
しゅんとした彩菜の上目遣いの瞳が少し潤んで見えた。
軽い冗談のつもりだったのだが、彼女には思いのほか刺さってしまったようだ。
「こっちこそ変な言い方してごめんな? 昼間あやも言ってたけど、今更だしな。ホントは気にしてないよ。」
「うん、ありがと、ゆう。」
俺の言葉に安心したのだろう、彩菜は俺の右腕を抱き寄せて目尻を下げた。
その様子を見て、涼菜が少し考え込むようにしている。
「んー、分かってたけど、やっぱり噂になっちゃうよねー。ゆうくんに迷惑がかからなきゃいいけど。」
「昨日も言ったけど、俺は構わないよ。それを言ったら、お前の方が余程大変だろう。」
涼菜は自分のことよりも俺の心配をしてくれる。
俺としては、中学校で噂が広まった時に助けてあげられないことが気にかかる。
例の男子が悪様に言いふらさないとも限らないし、安易に『許婚』という言葉を使わせない方が良かったのかも知れない。
そう思っていると…
「あたしは平気だよ? ゆうくんと噂されるなら寧ろ嬉しいし。」
「うん、そうだね、それは私も同じ。」
俺が思っているよりも、二人共ポジティブに捉えているようで少し驚く。
それよりも、二人には別の心配事があるようだ。
「ただ、ゆうがみんなに注目されると、女子がたくさん寄って来そうでちょっと心配。」
「え、それはないと思うけど。」
「今日だって、あかねがちょっかい出して来てたじゃない。」
「いや、あれはあやを揶揄いに来ただけだろう。」
そう言えば、彩菜は図書室であかねさんの言動に過剰反応していた。
そもそも俺は彩菜と涼菜以外の女の子に興味がないので何も心配はいらないと思うのだけれど、まさか本当に危ぶんでいるのだろうか。
「ゆうは自己評価が低いんだよぉ。うー、女子が押し寄せてきたらどうしよう。」
「そこはあやねえが他の子を寄せ付けないようにしてください! 少なくてもあたしが来年進学するまでは一人で頑張ってもらわないと。」
「そっか、そうだよね! ゆう! これからは私が全力で守るから安心して!」
「それでこそ我が姉上! これであたしは心置きなく受験勉強に取り組めるよ!」
ここに来て、俺の頼もしいガーディアンたちが結束を強めていた。
その様子を見て、俺はただただ戸惑うだけだった。
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