第14話 対峙
両手にエコバッグを持ったままで立ち話もしんどいので、直ぐ近くにあった児童公園に入り、入り口近くの空いているベンチにバッグを置いて腰掛けた。
少し離れた道端で立ち止まっている男性に向けて右手を大きく振ってから手招きする。
彼は1分ほどその場に佇みこちらを伺っていたが、やがて観念したように俺の近くへやって来て、被っていたキャップを取り、深々と頭を下げた。
そこにいたのは中学生くらいの少年だった。
顔は真っ黒に日焼けしていて坊主頭、いかにも屋外活動の運動部然とした見た目をしている。
彼が顔を上げて何か言おうとしたところで、俺は出鼻を挫いて言葉を投げかけた。
「よ、お疲れ、これどうぞ?」
先ほどスーパーで買ったペットボトルのコーラをエコバッグから取り出し、彼に差し出した。
彼は一瞬呆気に取られたものの、腰をひき気味に恐る恐るそれを受け取ろうとする。
「きみ、このあいだ清澄涼菜に告った子だよね?」
間髪入れずに突きつけられた言葉に彼はビクッと体を震わせ、コーラを手にしたまま硬直してしまった。
どうやら的中したようだ。
「ああ、大丈夫、今ここでどうこうする気はないよ。涼菜の許婚ってやつを見定めてやろうと思ったんだろ?」
「…はい。」
俺の問いに、彼は声を搾り出すようにして答えると首をカクンと前に折り、項垂れてしまった。
あれ?メンタル強い系じゃなかったっけ?
涼菜から彼の話を聞いた時に抱いた印象と目の前の彼にギャップを感じてしまった。
これは少し言葉を選んで対応した方が良さそうだ。
「ああ、ほら、立ったままもアレだから、こっちに座りなよ。」
俺がベンチの左側をトントン叩くと、彼はおずおずと腰を降ろして遠慮がちに口を開いた。
「…あの、後をつけるような真似をしてすみませんでした。」
「うん、気づいた時は流石に少し警戒したけど、よく考えたら他に思い当たることもなかったしね。」
「…はい。」
「ところでさ、なんで俺が分かったんだ? きみとは初対面だよね。」
「…えと、昨日断りの返事をもらった時にスマホの写真を見せられて、それで…」
「あー、そう来たかぁ。あいつも一言言ってくれりゃいいのに。」
「あ、あの、僕が許婚がいるって言われても諦められなくて、そしたら渋々写真を見せてくれたんです。清澄先輩が悪い訳じゃないです。」
『清澄先輩』ってことは、この子2年生か。
「で、たまたまスーパーで写真の男を見かけて、ついつい後をつけてしまったと。」
「…はい、そういうことです…」
至極当然のことだが、涼菜一人の情報だけで人を判断するのは拙速だったと、改めて認識した。
何度も告白するのは若干しつこい気もするが、単に先輩女子に恋する一途な後輩男子というだけなのかもしれないし、やはり当人の話を聞いてみないと分からないものだろう。
タチの悪いストーカー予備軍という可能性も捨てきれないけれど。
「なあ、ちょっと聞くけど、涼菜のどんなところに惚れたんだ?」
「え…、どんなところって、その…」
俺は探りを入れるために、彼に話を振ってみた。
「可愛くて、元気が良くて、優しくて…、あと、その…、ってか僕、清澄先輩の全部が好きです。」
「何か涼菜に惚れるきっかけがあったのか?」
「去年の体育祭で転んで膝を擦りむいた時に、救護班だった清澄先輩に手当てしてもらったんです。その時から、僕、ずっと…」
中1男子が上級生の可愛い系美少女に優しくされたら、落ちるのも無理はない。
涼菜にはこれ以上被害者を増やさないように、振る舞いに気をつけるよう言って聞かせよう。
もう手遅れかも知れないが…。
「なるほど、で、仮に涼菜が恋人になったとして、きみは涼菜と何がしたい?」
「!?、いや、何と言われましても…、普通に恋人らしいことでしょうか…」
「具体的には?」
「て、手を繋いだり、デートしたり…」
「うんうん、それで?」
「だ、抱きしめ合ったり…」
「それから?」
「あ、あと、えっと、キス…したり、とか…」
「それくらいか?」
「…ちょっとエッチなこととか…」
「ちょっとでいいのか?」
「い、いえ、ちょっとじゃなくて…って! 僕たちまだ中学生ですから!」
なるほど、普通に初心な思春期の男子中学生という感じだ。
顔を真っ赤にして叫ぶ彼を見て、この様子なら今後、過激な行動に走る心配はなさそうだと思った。
仮におかしな言動が見られたら、その時に対処方法を考えれば事足りるだろう。
今日はこれで勾留を解くか。
「それもそうだな。変なこと聞いて悪かった。聞きたいことは聞いたから俺からは以上だ。きみからは何かあるか?」
彼は少し逡巡してから俺に問う。
「あの、あなたは清澄先輩のことが好きですか?」
「うん、好きだし、大切にしてるよ。」
『彼女だけでなく彼女の姉も』と、ここでは言えないし、言う必要もない。
やはり彼も皆と同じで、俺たちの関係を決して理解できないはずだから。
「僕、また清澄先輩に告白するかもしれません。またフラれると分かってますけど、それでも清澄先輩が好きなんです。」
「おいおい、しつこい男は嫌われるぞ? でもまあ、だから何回も告ってるんだろうけどな。」
話した限りは決して悪い子ではないと思っていたのだが、これは確かに涼菜も手を焼く訳だ。
これが他の女の子のことなら適当にあしらって終わらせるところだが、涼菜に関わることとなれば話は別だ。
緩めに対応するつもりだったが、こうなれば仕方ない…。
「なあ、きみの告白だけど、次にどうしてもしたくなったら、まず俺に言って来なよ。」
「え、どうして…」
「涼菜は俺の許婚なんだよ。自分の許婚に告白なんかさせられる訳ないだろ。それでも告りたいなら、まずは俺を負かしてみろ。それが出来ないなら最初から引っ込んでろってことだよ。」
彼は突然苛烈な口調になった俺に戸惑いながらも、何とか言葉を絞り出す。
「…分かりました、その時はよろしくお願いします。」
そう言うとすっくと立ち上がり、顔を合わせた時と同じように深々と一礼して公園を後にした。
彼の後ろ姿が見えなくなったところでふうっと息を吐く。
彼には悪いが、これ以上、涼菜を煩わせる訳には行かないのだ。
彼女が心静かに居られるのなら、俺はいくらでも悪役を演じてやる。
それが、俺が彼女に対して犯した罪の贖いになるのなら。
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