第47話 もっと近くで
鷹宮さんを駅まで送り、帰り道のコンビニでスイーツを買って帰ってきた。
普段は専門店のものしか買わないのだが、何となく急にプリンが食べたくなったのだ。
手に下げた小さなレジ袋は、3つのプリンの重みでゆらゆらと揺れている。
ふと見上げると、夜空には月が輝いていた。
我が家に帰り着くと、玄関にサンダルが二足並んでいた。
「すず、今日は楽しかった?」
「うん、凄く楽しかったよ、ありがとう、あやねえ。」
「私じゃないでしょ? お礼はゆうに言わなきゃね?」
「ううん、昨日からゆうくんを独り占めしちゃったから…、ごめんなさい。」
「もう、お礼とか謝るとか、そういうのはナシ! そうでしょ? すず。」
「…うん、えへへ、あやねえ、大好き♪」
リビングの開けっ放しのドア越しに、清澄姉妹の会話が聞こえてきた。
俺はリビングに入って二人に声をかける。
「ただいま。コンビニスイーツ買って来たけど、食べるか?」
「おかえり、ゆう。何買ってきたの? 珍しいよね。」
「ゆうくん、おかえりー、 えーい♪」
涼菜が胸に飛び込んで頬を擦りつけて来たので、彼女の頭をひと撫でして、そのまま一緒に彩菜の隣に座った。
「急にプリンが食べたくなってさ。すず、スプーン取って来てくれないか?」
「はーい♪」
涼菜が飛び跳ねるようにキッチンに駆け出していく。
そんな妹の姿を彩菜は優しげに見つめながら微笑む。
「ふふ、ホント、元気になってくれて良かった。ありがと、ゆう。」
「…あや、寂しい思いをさせてごめんな。」
彩菜の頭に右手を添えて髪をさらさらと流すようにゆっくりと撫でると、彼女は俺の右肩にぽすんともたれかかって目を瞑った。
「ううん、大丈夫だよ、1日だけだしね。」
「そうか…」
キッチンから戻ってテーブルにスプーンを置いた涼菜が彩菜の隣に座り、彼女に視線を向けて慈しむように微笑む。
「あやねえ、今夜はさ、あやねえがお泊まりすると良いよ。良いよね? ゆうくん。」
「ああ、あやが良ければ。」
彩菜は閉じていた瞼をゆっくりと開き、何かを求めるように俺を見つめる。
俺はそれに応えるように彼女に顔を近づけて唇を重ねた。
んむ、ちゅ…、ぷちゅっ、ちゅっ、くちゅっ…
彩菜が感じた寂しさを拭い去るように、時間をかけて丁寧に舌を絡める。
やがて俺たちは唇を離し、互いの存在を確かめるように暫し見つめ合う。
彩菜が俺の胸に両手を添えながら頬をうずめ、瞼を閉じた。
「ホントはね、凄く寂しかった…、たった1日なのに、去年みたいにずっと続く訳じゃないのに…」
「あや…」
俺は彼女の背中に腕を回し、強く抱きしめた。
「ねえ、ゆう。」
「うん。」
「少し早いけど、私もすずも、ゆうと一緒に暮らしちゃだめかな…」
彩菜が口にしたことは、決して唐突な提案ではなかった。
俺たち三人は、涼菜の高校進学と合わせて俺の家で暮らすことになっていた。
清澄家の両親が俺と涼菜の体調を考えて、俺たち三人の関係を承知の上で、それが最良の方法だと言ってくれているのだ。
彼らにとっては娘の苦しみを少しでも癒すことを考えての決断なのだが、世の中の親たちから見れば、10代半ばの男女に何を馬鹿なことをさせるのかと、謗りを受けるようなことだろう。
けれど俺たちにとっては、結果的にではあったとしても、自分たちのことを後押してくれる大人が身近にいることが、どれだけ心強いことか。
あの二人には、本当に感謝してもしきれない。
「…明日、翔太さんと美菜さんに相談してみよう、二人とも、今回のすずのことも分かってくれてるし。」
清澄の両親は涼菜のことだけでなく、先日の俺の状態についても案じてくれていた。
きちんと話をすれば、無下な答えが返ってくることはないだろう。
けれど…
「ゆうくん、いいの? あたし、今よりもっと、ゆうくんに迷惑かけちゃうかも知れないんだよ? あやねえにだって、寂しい思いをさせちゃうんだよ? あたし、やっぱり…」
実は、涼菜は清澄の両親が同居を提案してくれた時、なかなか受け入れようとしなかった。
何かあった時にお互いが側に居た方が良いことは承知している筈なのだが、彼女が感じている彩菜への強い負い目がそうさせたのだ。
涼菜は気持ちの何処かに、俺と彩菜が本当の許婚で、自分は後から足された存在だという思いを持ち続けていた。
今回も昨日今日のことがあって彩菜が言い出したことが分かっているからだろう、涼菜は悲痛な表情で訴えた。
だが、そんな涼菜を正面から見据えて、俺は言い放つ。
「大丈夫だ、すずのことも、あやのことも、俺がしっかり受け止める。だから逆にお願いだ、二人でもっと近くにいて俺のことを支えてくれないか。俺は、もちろんあやも、すずに一緒にいてほしいんだ。」
「ゆうくん…」
彩菜は俺から離れて、涼菜をそっと抱き寄せて囁く。
「すず、私はね、私たちは三人で一つだと思ってるの、だから誰かが我慢したり遠慮したりしちゃいけないんだよ。もちろん我儘や嫌なことを押し付けるのはダメだと思うよ? でも私たちなら大丈夫でしょ? だから、心配いらないよ?」
「あやねえ…」
涼菜は目を閉じ奥歯を噛み締めて俯き、やがて嗚咽を漏らし始めた。
彩菜は涼菜を抱き寄せた手に力を込めて、強く抱きしめる。
俺は両手を広げて覆いかぶさるように、二人を優しく包み込んだ。
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