第46話 アタシが知らない彼
アタシは学園の最寄駅に来ていた。
ショッピングモール近くの駅まで行き、急用が出来たと言って由香里と別れて、2時間前に電車に乗ったこの駅に戻って来たのだ。
由香里はアタシの言動を怪しんでいたけれど、構わずに家とは逆方向の電車に飛び乗っていた。
改札を抜けると、少し離れた案内板の前に御善くんとあの女の子が立っていた。
女の子は御善くんのシャツの裾を掴んで、少し不安そうにしている。
あらためて見ると本当に可愛い子だった。
ちょっと幼さが残るものの全体的に整った顔立ちに猫目がクリッとしている、キュートという言葉がピッタリだ。
背の高さはアタシと同じくらいだろうか、ちょっと細身に見えるけど、薄着のためかスタイルの良さがしっかりと感じられる、美少女とはこういう子のことを言うのだろう。
御善くんは改札口とは反対方向に目を向けていたが、スッとこちらに視線を向けてアタシに気づくと右手を上げて合図をくれた。
「鷹宮さん、ここだよ。」
いつもと変わらず薄く微笑む御善くんにアタシは若干気圧されながらも、無言のまま彼に近づいていった。
「お疲れ様、鷹宮さん。てっきり学園から来るんだと思ってたよ。」
「あ、うん、さっきまで用があってさ。」
「そうなんだね、で、俺に急ぎの話があるんだよね。」
「うん、そうなんだけど…」
チラッと女の子を見ると、彼女は目を伏せ気味にして俯いている。
「この子がいない方が良いかな? 込み入った話になりそう?」
どうしよう、この子も当事者ではあるけれど、そもそも御善くんとの関係も分からないし、話を聞かれても良いものか。
先ほどはイラッとした勢いで会う約束を取りつけたけど、何を話すべきか考えが纏まっている訳でもなかったし、このシチュエーションは頭から抜け落ちていた。
頭に血が上ると後先考えずに動いてしまう悪い癖が出てしまって、今更ながら後悔している。
アタシが無言のまま考えあぐねていると、女の子が御善くんに話しかけた。
「ねえ、ゆうくん、お話しするんだったらゆうくんのうちが良いんじゃない? 今の時間だとファミレスとか混んでると思うし。」
え? ゆうくんって御善くんのことだよね、ってことは御善くんのうちに?
予想もしなかった提案に、今考えていたことが一瞬で頭から消し飛んでしまう。
それは御善くんも同じようで、目を丸くして女の子を見てから少し考える素振りをして…
「あー、なるほど、そうだな…、鷹宮さん、もし良かったら俺の家でどうかな、ここから20分くらい歩くけど、うちなら誰にも話を聞かれないし。」
「え、い、いいの? でも家族がいるでしょ?」
「俺は一人暮らしだから構わないよ?」
「え? そ、そうなんだ。」
知らなかった、御善くんって一人暮らしだったんだ…。
ご飯とかどうしてるんだろう…。
「あ、帰りが遅くなっちゃうか。」
「そ、それは連絡しとくから、じゃあ…、お願いします…」
しかし何だろう、この展開。
動揺して最後は思わず敬語になってしまった。
そう言えば、この子が御善くんの家を知っているということは、やっぱり相当親しい関係なのだろう。
でも、もしもこの子が彼女だったとしたら、彼氏の、しかも一人暮らしの家に別の女の子を連れて行くことを良しとするだろうか。
というか、そんな提案、自分からするとは思えないんだけど…。
アタシは頭の中がぐちゃぐちゃになって来ていた。
二人に案内されて暫く歩くと御善くんの家の前に着いた。
住宅街にある2階建の一軒家だった。
この家に一人暮らしなの?
ぼおっと家を見上げていると、女の子が隣の家の玄関の鍵をあけている音に気づいた。
「え? お隣さん?」
「うん、そうだよ、あ、すず、後で来るよな。」
「うん、いつもくらいにあやねえと一緒に行くね。」
「了解。じゃあ、鷹宮さん、入ろうか。」
御善くんの後に続き、彼の家にお邪魔する。
リビングでソファーを勧められたので、足元に鞄を置いて腰を下ろした。
御善くんは麦茶を二人分用意して腰掛けてからグラスに口をつける。
それに倣って、アタシもグラスに手を伸ばした。
「今日はちょっと気温が高かったね。」
「あ、うん、ちょっと暑かった。」
麦茶を飲んで一息入れたからだろうか、先ほどまであったイラつきはだいぶ収まっていたけれど、男の子の家で二人きりというのもあって、今度は緊張が大きくなって来ている。
いずれにしても、ここまで来てしまったからには何もなかったことにする訳にもいかない。
アタシは思い切って口を開いた。
「あの、御善くん、さっきの子って、御善くんの彼女?」
「え?」
「実は、さっきショッピングモールで見かけて、さ。」
「ああ、そうなんだね、あの子はね、あやの妹なんだ、彼女じゃないよ。」
「え、姫君の妹?」
正直驚いた。
確かにあの子は美少女だけど、姫君とはちっとも似ていない。
クール系とキュート系の別系統の美少女二人が姉妹って、基になったのは一体どんな優秀な遺伝子なんだ。
「うん、あの子、最近ちょっと落ち込んでてね、だから元気づけようと思って、二人で学校サボって遊びに行ったんだよ。」
「そ、そうだったんだ、何か、凄く仲良かったから勘違いしちゃった。」
「うん、仲は良いよ、あの子も幼馴染だからね。」
幼馴染という言葉を聞いて、みんなでファミレスに行った時のことを思い出した。
あの時、御善くんは姫君を幼馴染で許婚って言ってたけど、今日のあの子との様子を見るとまるで…
「あの子の方が御善くんの許婚じゃないかって思えちゃうよ。」
「うん、そうだよ、実はあの子も許婚なんだ。」
「…え?」
一瞬、反応が遅れてしまった。
「俺の親と清澄の親が、俺と清澄姉妹二人を許婚にしたんだよ、だから俺には許婚が二人いるんだ。」
「そんなんあるの?」
「他では聞いたことがないね、親としてはどっちかと結婚してくれれば良いと思ったんだろうけど。」
「びっくりして何言って良いのか分かんない。」
「俺も説明しづらいから積極的に話さないんだよね。」
「あー、面倒臭いだろうねー」
しかも、許婚の両方と仲が良いようだし、どっちを選ぶのかとか、後々さらに面倒なことが待っていそうで、アタシだったら絶対他人に知られたくない。
これ以上、この話を続けたくなかったんだろう、御善くんが話題を変えた。
「そう言えば、鷹宮さんの用件だけど、どうしようか。」
「あー、そのことなんだけどさー」
アタシは覚悟を決めてショッピングモールでの顛末を正直に話した。
変に誤魔化して話をややこしくしても嫌だし、御善くんと話しているうちに完全に毒気が抜けてしまっていたのと、彼なら話しても大丈夫だと思ったからだ。
「結局、アタシの誤解だったけど、御善くんが姫君を裏切ってると思っちゃったら、そんな奴のためにアタシの友達が泣くことになるのは嫌だと思ったんだ、ホント、ごめん。」
「うん…、確かにそうだね、気持ちは分かるよ。」
そう言った御善くんの顔を見てドキリとした。
え? 御善くん、何でそんなに辛そうな切ない顔をしてるの?
しかしそれは一瞬で、彼は直ぐにいつもの表情に戻った。
「鷹宮さんは友達思いだよね、俺にはきっと出来ないよ。」
「え? そ、そんなことないと思うけど…」
先ほど一瞬垣間見た表情の残像がちらついて、しどろもどろになりかけた。
御善くんはそんなことを気にする様子もなく、話を進める。
「だといいんだけどね。鷹宮さん、俺は南雲さんに今までどおりに接したいんだけど、どう思う?」
「出来ればそうしてあげてほしい、そうじゃないと、きっと由香里も戸惑うし。」
「分かった、そうさせてもらうね、あ、もちろん鷹宮さんのことも。」
「うん、助かるよ、話を聞いてくれてありがと、じゃあ、アタシはそろそろ帰るよ。」
気がついたらまもなく19時になるところだった。
御善くんに駅まで送ってもらって、帰りの電車に乗った。
家の最寄駅からは明るい道を通って帰れるので、帰り道の心配はいらない。
由香里の気持ちを聞いた時は驚いたけど、正直まるで分からない訳じゃなかった。
アタシ自身、御善くんと話すのは楽しいし、今日だって休みだと知って寂しいと思った。
でもそれは、友達なら当然のことだろう。
そう考えていたら、ふと、先ほど御善くんが一瞬見せた暗い表情が脳裏を掠めた。
彼はあの時、一体何を考えていたのだろうか。
いつかそれをアタシたちに話してくれるだろうか。
ガタゴト揺れる電車の中、アタシの頭の中では、答えの出ない問いがぐるぐる回っていた。
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