第45話 本当の恋

 アタシ・鷹宮麻里亜はクラスメイトの南雲由香里と一緒に、通学路線の途中駅近くにあるショッピングモールに来ていた。


 アタシと由香里は中学からの付き合いで、同じテニス部で汗を流した間柄だ。

二人とも稜麗学園高校に進学してアタシは帰宅部になったけど、由香里は部活でテニスを続けている。

 本来ならこの時間、由香里は部活がある筈なのだが、昨日他の部員と一悶着あったそうで、部室に顔を出しづらいらしい。

今日、二人でここに来たのも、由香里に誘われてのことだ。


 特に目当てがある訳でもなく、モール内を二人で駄弁りながらブラブラしていると、ふいに由香里が足を止めた。


「え…」

「どしたの? 由香里。」

「御善くん…」

「御善くん?」


 由香里が見つめる方向を見ると、行き交う人たちの中に同じクラスでアタシの前の席に座っている御善くんが居た。 

彼は一人ではなくて、凄く可愛い女の子と一緒だった。


「誰だろう、あの子、学園で見たことないよねー」

「うん、御善くん、お休みしてあの子と会ってたのかな…」


 学園の全ての女子を知っている訳じゃないけど、あれだけ可愛い子なら評判になっていてもおかしくないと思う。

御善くんと女の子の周りを歩く人たちが、二人をチラチラ見ながら通り過ぎて行くのがそれを証明していた。


 それにしても、姫君といいあの女の子といい、御善くんの周りって美少女ばかり集まって来るのだろうか。

神崎ちゃんも成長すれば美少女って感じだし…って、ヤバっ、これ神崎ちゃんに言ったら殺られるヤツだ。


「由香里さ、こっそりつけてみない?」

「え、まりちゃん、だめだよ。」

「だって、気になるっしょ。」

「気持ちは分かるけど…あ、待って。」


 御善くんたちがモール内をゆっくりと移動し始めた。

二人がウインドーショッピングをしている姿は、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。

 女の子は御善くんの左腕を胸に抱いて、指を恋人繋ぎに絡めている。

彼女が御善くんを見上げる眼差しは恋する乙女以外の何ものでもなかったし、彼女を見つめる御善くんの表情からは優しさが溢れていた。


「羨ましいなぁ…」


 アタシの隣で、由香里がぽつりと呟いた。


「わたしもあの子くらい可愛かったら、隣にいられたのかなぁ…」

「由香里?」


この子はいったい何を言い出したのだろう。


「わたしさあ、彼氏と別れたんだよね…」

「はあ? いつ? なんで?」

「いつは昨日、なんでは…」


由香里は視線を仲睦まじい二人に向けたまま、眩しそうに目を細めながら言う。


「わたし、御善くんのこと、好きになっちゃったんだよねぇ…」

「由香里…」


 実はこうなるんじゃないかと思っていた。

朝、登校して教室に入ると、由香里は必ず御善くんの側にいて、楽しそうに話をしていた。

 中学時代の由香里は大勢でワイワイやるのが好きなタイプで、特定の誰かと頻繁に話をすることはアタシ以外にはなかった筈だ。

最近はアタシとの何気ない会話の中でも、御善くんの話題が増えた反面、彼氏の話を聞かなくなっていたので、もしかしたらと思っていたのだ。


「ちょっと前からギスギスしてたんだ。わたし、ついついあいつと御善くんを比べてイライラしちゃって、そしたら向こうから別れようって言われちゃった。」

「由香里は、それでいいの?」

「別れようって言われた時、全然ショックじゃなかったんだよねぇ…、寧ろそれにビックリしちゃったよ。」


 由香里は、女の子に笑顔を向ける御善くんから目を逸らすことなく、淡々と言葉を紡ぐ。


「その理由を考えた時にね、その時はひょっとしたらって感じだったんだけど、今日御善くんが学園に来ないって分かった時に確信しちゃった、神崎さんのこと言えないね。」


 そんな由香里の横顔は、アタシが今まで見たことがないくらい、眩しく輝いて見えた。

それは決して雲間からさす陽光のためだけじゃないだろう。

 由香里はこれまでも男の子を好きになったり、この間彼氏ができた時も、とても嬉しそうにしていたけれど、これほど女の子らしい表情を見せたことはなかった。


 多分由香里は、初めて本当の恋をしたんじゃないだろうか…。


アタシは何も言えず、御善くんと女の子が笑顔を交わし合うのを眺めていた。




「神崎さんは、御善くんに告白したんだよね…」

「由香里はそういうのやめときなよ?」


 アタシと由香里は御善くんたちを追いかけるのをやめて、少しの間、何をするでもなくふらふらとモール内を彷徨ってから、ゆっくりと駅に向かっていた。

夏の夕方、日の入りにはまだ時間があり、駅の方からショッピングモールに向かう人たちが途切れない。


「しないしない、わたし、そんな度胸ないし。」

「そうじゃなくてさ…、あー、もー!」


 アタシは少し苛立っていた。

お相手がいる男の子を好きになってしまった由香里も由香里だけど、御善くんも御善くんだ。

姫君という人がいながら、他の子にもさらっと殺し文句を口にして、そうかと思えば別の美少女とイチャイチャしてるとか、あり得ないでしょ。


 今度会ったら何か言ってやらなきゃ収まらない。

でも、由香里がいるところでは流石にまずいだろうし。

ならいっそのこと…


 アタシはスマホを取り出し、メッセージを打ち始めた。

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