第38話 みんなでお勉強

 その日の放課後、愛花さんと南雲さん、そして鷹宮さんが、連れ立って図書室にやって来た。

鷹宮さんは南雲さんの話を聞いて物見遊山について来たのだ。

いつもの読書テーブルには既に俺と彩菜が座っていた。


「お疲れ様です、彩菜さん。」

「あ、愛花ちゃん、お疲れ様、昨日はありがとう。」

「こちらこそありがとうございました、今日は相席させてもらいますね。」

「うん、どうぞご遠慮なく。」


 愛花さんはすっかり気心の知れた彩菜と挨拶を交わしている。

彼女の一歩後ろでは、南雲さんと鷹宮さんが所在なげに佇んでいた。


「あや、こちらは同じクラスの南雲さんと鷹宮さん、今日は二人も相席するから。」

「うん、よろしくね、南雲さん、鷹宮さん。」

「「よ、よろしくお願いします。」」


南雲さんと鷹宮さんは緊張で少しうわずりながら、彩菜へ挨拶を返した。


「二人とも、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。」

「え、だって、ねえ?」

「うん、それはムリ。」


 そんな二人に苦笑いしつつ、座るように促す。

今日の配席は、彩菜の前に愛花さん、その隣に南雲さん、さらにその隣、俺の前に鷹宮さんという具合だが、実際には対面の俺と彩菜がほぼくっ付いているので、線で結ぶと短辺が極端に短い台形になっている。


 俺と愛花さんは、それぞれの対象者を相手に試験対策に掛かり始めた。

鷹宮さんは一応苦手科目の古文の教科書をテーブルに置いてはいるものの、他の四人の様子を興味深げに眺めている。


「ねー、御善くん。」

「うん、どうしたの?」

「御善くんは勉強しないの?」


 手元に何も置いていない俺を見て、鷹宮さんが不思議そうにしている。

この遣り取り、以前愛花さんともやったな。


「俺はあやの試験対策を手伝ってるんだ、あやが判らないところを教えるだけだから。」

「え、2年生に教えるの? 何それ。」


 俺の話を聞いて鷹宮さんが目を丸くするのは分かるんだけど、南雲さんまでこちらを見て驚いている。

案の定、彼女は愛花さんに注意されていた。


「あやが成績を上げたいって言うから去年予習したんだよ、そろそろ3年生の範囲を始める予定なんだ。」

「…御善くんさ、もう飛び級で良くない? 何でアタシらと一緒の教室にいんの?」

「それって俺をハブろうとしてる? ひょっとしてイジメ?」

「いやいや、違くて、アタシは御善くん居ると楽しいから。」

「なら良いけどね。」

「でもさ、御善くんは授業聞いてももう判ってる訳じゃん? それってつまんなくない?」

「そんなことないよ、復習になるし、先生の説明が俺の理解と違えば修正する機会になるしね。」


ただほとんどの場合、修正するのは教師側の説明内容なのだが…。


「なんかアタシらと次元が違い過ぎて呆れるわ。」

「自分のことだったらしないけどね、あやのためだから。」


 俺は常に彩菜と涼菜のことを優先している。

俺自身のことなど二の次だ。


「くー、何でもないことのように言うね、それも惚気ってことで良い?」

「俺に聞かないでよ。」


 どうやら鷹宮さんは古文を諦めたようだな。

南雲さんもこっちに聞き耳立てていると…、ほら、愛花さんに怒られた。

このテーブルで集中力を切らさないのは、彩菜だけだな。


「それにしてもさ、姫君、すっごい集中してんね。」

「うん、放っておくと3時間でも4時間でもぶっ続けで机に向かってるね。」

「げっ、アタシにはムリ! あ、2枚目解き始めた。」


 俺は彩菜が解き終わった1科目めを手に取り、解答を再確認する。

解答中の手元を見た限りでは、誤答はなかったはずだ。


「うん、流石だ、全問正解だね。」

「え、見ただけで正解かどうか分かんの?」

「俺が作った問題だからね。」

「……は〜、もう何でもいいや。」


また呆れられてしまった。

これ作るの大変なんだけどな…。


「あや。」

「なに?」

「2科目めが終わったら休憩だ。」

「はい。」


 まもなく彩菜は2科目めを終えてシャーペンを置いた。

彼女はバツが悪そうに縮こまって上目遣いでチラッと俺を見る。


「ごめんね、ゆう、またやっちゃった。」

「ん、分かってるなら良いよ。」

「うん、ありがと。」


俺が彩菜の頭を軽く撫でると、彼女はホッとした様子で頬を緩めてふわっと笑みを浮かべた。


 休憩していた愛花さんたちが、俺たちの遣り取りに注目していた。

それに気づいた彩菜が苦笑いしながら説明する。


「あはは、変なとこ見せちゃった、私、集中し過ぎると止まらなくなっちゃうんだよねー」

「「「はあ…」」」

「短くてもちゃんと休憩挟まないとダメだって、いっつもゆうに怒られちゃうんだよー」


 休憩せずにぶっ通しで集中し続けると終わった時の反動が酷い。

最悪立ち上がれなくなってしまい、家ならまだしも、学園だと俺がおぶって帰る羽目になる。

 ただ、愛花さんたちが注目していたのはそこじゃないだろう。

三人分の生暖かい視線に、彩菜はようやく気づいたようだ。


「あれ? みんなどうしたの?」

「あや、気にしなくていいよ。続きをしよう。」

「そう? 分かった。」


 この雰囲気の後始末は俺が引き受けるべきだろう。

うっかり撫でてしまった俺の方が悪いんだしな。

 この際だからと彩菜をもうひと撫ですると、彼女はふにゃりと相好を崩して喜んでいた。

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