第32話 遊びに来てね
今日は日曜日、私とすずはお昼過ぎにゆうの家に来ていた。
昨日は生理が重過ぎて寝込んでしまったけど、今日は薬が効いているのかだいぶましになった。
とは言うものの流石にまだ本調子ではなく、”重過ぎ”が”重たい”程度になったくらいだが、寝込むほどではなくなったのが少し嬉しい。
こうしてゆうの家に来ることが出来たしね。
私は今、ゆうの両腿にうつ伏せに被さるように体を投げ出してダレている。
「なあ、この体勢、余計辛くならないか?」
「うん、ちょっとお腹が圧迫されるけど、寧ろゆうの温もりが良い感じの癒しになるんだよぉ…。」
ゆうの体温がじんわりとお腹に沁みてきて、満たされる感じがなかなか良い。
ふわ〜っとリラックスしていると、ゆうが私の腰に掌を当ててゆっくりと摩り始めた。
う〜ん、やばい、これは気持ち良過ぎる。
ってか、ゆう、優し過ぎだよ?
私このままじゃ、蕩けて液体になっちゃうかも知れない…、でも、まあ、それもありかも…。
「んん〜、ありがと、ゆう、とっても気持ち良い。」
「それなら良かった。摩るのはここだけで良いのか?」
「うん、そこが一番良い感じ…、ふぅ〜」
「あやねえ、ホントに気持ち良さそうだね、あたしも生理の時にお願いしようかなー」
「すずはそんなに重くないだろ、まあ、して欲しけりゃするけど。」
ゆうのおかげでふわふわ気分に浸っているうちに、徐々に眠気が差してきた。
意識がとろんとしたところで、彼は昨日神崎姉弟と会った時のことを話したくれた。
「そっか、愛花ちゃん、そんなこと言ってくれたんだ…」
私の意識は、予想外のことに一瞬覚醒しかけたけど、じんわりとした心地良さに包まれて、そのまま微睡の中へゆっくりと降りて行く。
愛花ちゃんのことで思いついたことがあるけど、ゆうとすずにはあとで話すことにしよう。
月曜日の朝7時、彩菜が登校準備をしてうちに来ていた。
今日も三つ編みにして学園で過ごすつもりらしい。
彩菜はダイニングチェアに座り、背もたれに被せるように艶やかな黒髪を垂らしている。
俺は美容師のように彼女の後ろに立ち、髪を扱いやすいように広げて下ろす。
「本日はいかがいたしましょうか?」
「今日は後ろ1本でお願い。」
「はいよ、今年はまだ飽きが来ないんだな。」
「うん、寧ろ嵌ったかも。毎日変えてみるのもいいよね。」
「それやるの俺なんだけど。」
「ゆうも楽しいでしょ?」
「…うん、楽しい。」
この作業、実は相当楽しい。
元々、ちまちまと手元を動かすのは苦にならない質だが、彩菜の手入れが行き届いた綺麗な髪は滑らかで触っていて気持ち良いし、素直なストレートなので思いどおりに扱い易くて、弄ってるうちに楽しくなって来るのだ。
今日は大括りの三つ編みだけど、色々とアレンジを加えてみるともっと楽しくなりそうだ。
もっとも、姫君が早々に飽きてしまえばそこでお役御免になってしまうのだが。
髪を三等分して編み始めながら、彩菜に声を掛ける。
「調子はどうだ?」
「うん、絶好調とまでは行かないけど、学園に行けるくらいには動けるよ。体育は無理だけどね。」
「そうか、なら良かった。」
「ねえ、ゆう。」
「ん?」
「愛花ちゃんが言ってくれたこと大切にしないとね。」
「そうだな。」
「今度さあ、愛花ちゃんに遊びに来てもらおうか。」
「…突然だな。」
「私は昨日から考えてたんだけどね。」
「一応聞くけど、清澄家に、だよな?」
「ん? ここだよ?」
「マジで?」
「大マジ。愛花ちゃんと、もう少し話をしておきたくてね。」
「それは分かるけど…。」
「それと少し、ゆうの事情も知っておいてほしいと思ったんだ。」
「……」
「だめかな。」
「…分かった、俺は大丈夫だよ。」
「じゃあ、今度の土日辺りってことで声掛けてみようかな?」
「ちょっ、流石に早くない?!」
「善は急げってね♪」
こう言う時の彩菜は行動が早い。
きっと、多少強引にでも、今日中に神崎さんに約束を取り付けるだろう。
彩菜は今回のメインテーマを明言しなかったが、俺たちが抱えている事情を説明することになるのは間違いない。
彩菜が考えなしにこの話を持ち出すことはあり得ないので俺は口出ししないし、そもそも俺はこの件に触れることは出来ない。
全てを詳らかに話すことはないと思うので、取り敢えず彩菜に委ねてみようと思う。
話をしているうちに髪が編み上がった。
お仕舞いに、尻尾の先に濃紺の大きめのリボンを結ぶ。
今回も綺麗に仕上げることが出来た。
次回、姫君はどのような形をお望みになるのだろうか。
午前の授業が終わって昼休み、私は背中の凝りをほぐすように軽く伸びをして、机の上を片付ける。
鞄からお弁当を取り出して包みを開けようとしたところで、購買でパンを買って来たらしい鷹宮さんが教室に戻って来て、私に声を掛けた。
それにしても鷹宮さん、買って来るの早くない? いつ購買に行ったの?
「神崎ちゃん、姫君が呼んでるよー」
「え? 私ですか?」
今日は月曜日なので、清澄先輩は御善くんと一緒に図書室で司書当番をしている筈。
それがなぜ、この教室に来て、私を?
彼女を待たせる訳にはいかないので、取り敢えず教室を出ることにする。
学園の姫君の呼び出しにクラスメイトが何事かと注目しているけど、そんなこと気にしていられない。
それよりも、なぜか付いて来ている鷹宮さんと南雲さんが気になった。
「お待たせしました、清澄先輩、何か御用ですか?」
清澄先輩が笑みを浮かべて視線を下ろして来る。
私は当然、彼女を見上げることになるのだけど、この身長差、ほんの少しコンプレックスを刺激された。
「愛花ちゃん、ごめんね? 今ちょっとだけ良い?」
「はい、大丈夫ですけど…。」
「あのね、もし良ければ何だけど、今度の土日のどちらかで、うちに遊びに来てくれないかと思って誘いに来たの。」
「…私をですか?」
「うん、ホントにもし良かったら何だけどね? 一昨日のこともあるし、愛花ちゃんともっと仲良く出来たらと思ってたから。どうかな?」
「あ、あの、それって、御善くんや涼菜さんも居るんですよね。」
「そうだね、愛花ちゃんと私たち三人のつもりだよ?」
「えっと………、はい、分かりました、土日どちらでも大丈夫です。」
「ホント?! 良かったー、じゃあね、日曜日の11時にしようと思うけど良い?」
「はい、分かりました。ええと、どちらに伺えば良いですか?」
「あとでメッセージ送るから、それに付ける地図で確認して? あ、何だったら、ゆうを迎えに行かせようか?」
「い、いえ、大丈夫です! もしも道に迷ったら連絡します。」
「じゃあ、突然ごめんね? 日曜日、よろしくね♪」
「はい、楽しみにしています。」
清澄先輩は踵を返し、軽い足取りで戻って行った。
きっと図書室を抜け出して来ていたのだろう。
それにしても、まさかお家に招待されるなんて思ってもみなかった。
正直面食らっている。
しかも、当然の如く御善くんも居るのだ。
彼への気持ちを自覚したばかりなのに、まだどう接すれば良いのか分からないのに…。
教室では何とか平静を装えるんだけど、日曜日までに気持ちの整理が付くだろうか。
教室に戻ろうと振り返ると、鷹宮さんと南雲さんがニヤニヤしながら、少し離れたところに立っていた。
きっとこれから色々聞かれるんだろうなぁ…。
お弁当、食べる時間があると良いけど…。
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