第19話 許婚と婚約者
「あのね、わたしテニス部なんだけど、先輩に御善くんと同じクラスだって言ったら、どんな人って聞かれちゃって。」
「俺のこと? 南雲さんは何て答えたの?」
「その時は、首席合格した背の高い人としか答えられなかったんだよね。わたし、御善くんと話したことなかったでしょ?」
「そうだね。寧ろ話したことある人の方が少ないかな。」
学園に入学してから2ヶ月近く経つが、俺は普段控えめにクラス付き合いをしているので、まだ一度も話をしていないクラスメイトが多数いる。
特に女子とはほんの数人程度しか話をしていないと思う。
と言うか、神崎さんとばかり話しているような気がする。
「あはは、そんな感じみたいだよねぇ。でもほら、神崎さんと仲良いでしょ? だからまず神崎さんに御善くんのこと聞いてみたんだよ。」
「え、そうなの?」
「すみません…」
神崎さんが小さな体をさらに小さくして恐縮していた。
「神崎さんは変なことは言ってないよ? 図書室でいつも二人の世界を作ってるとか、御善くんの清澄先輩を見つめる目が優しすぎるとか、まあ、神崎さんのことだからだいぶ控えめに言ってると思うけどねぇ。」
神崎さんがコクコク頷いている。
控えめじゃなかったらどんな表現になるんだろうか…。
「アタシも下校するときに御善くんたち見かけたことあるけど、手ぇ繋いでてなんか雰囲気良いし、二人とも背ぇ高くて並んでるとバランスピッタリだし、すっごくお似合いだなーって思ったよ。」
朝はなるべく早い時間に登校して下校は17時くらいになることが多いから登下校の生徒にあまり会わないのだが、流石に誰もいない訳ではない。
「ホントだよねぇ、わたしたち1年生でも話題になるくらいだもん、多分学園中が注目してるんじゃないかなぁ。」
「俺としてはあまり騒いでほしくないけどね。この間、あやの同級生にも同じこと言われたよ。」
「あ、そうなんだ…、って、え? なんか、さらっと『あや』って言った? いつもそう呼んでるの?」
「うん、昔からそうだし、今更変えるのもね。」
「あー、ってことは、最近知り合った訳じゃないんだね。じゃあ、清澄先輩とはいつ知り合ったの?」
「俺たちは幼馴染なんだよ。生まれた時からほとんど一緒にいる感じかな。」
「うわー、人生のほとんどが一緒ってことだ! じゃあさ、付き合い始めたのっていつから? 幼馴染がみんなラブラブな訳じゃないでしょ?」
「俺とあやは付き合ってないよ。」
「「「え?」」」
女子三人が絶句した。
側から見れば恋人同士に見られるのは分かっている。
噂であればそれをいちいち否定するのも面倒なので放っておくが、直接聞かれれば違うとしか言えない訳で、この辺がやり辛いところだ。
「御善くん、ほんとにお付き合いしてないんですか? 私、恋愛には疎いですけど、お二人を見ると恋人同士にしか見えません。」
「あのさ、アタシ、先輩から聞いたんだけど、姫君が許婚がいるって言ってたって、それって御善くんなん?」
「あ、恋人から婚約者にランクアップしたから『恋人』としては付き合ってないってこと?」
「確かに俺とあやは許婚だよ。でも婚約者じゃない。」
「あれ? 許婚と婚約者って同じじゃないの?」
「俺とあやは同じだと思ってないんだ。結局、結婚するかどうかを決めるのは自分たちでしょ?」
神崎さんと南雲さんは俺の答えを聞いて首を傾げる。
きっと頭の中に『?』が大量発生しているのだろう。
今の話を聞いてスマホを弄っていた鷹宮さんが、画面を見ながら俺の言葉を受ける。
「あーなるほどねー、法律上婚姻は本人同士の合意がいるってことかー」
まさにそのとおりだった。
俺も彩菜も(もちろん涼菜も)、親(他人)が決めた許婚と当人たちが結婚を約した婚約者は明確に違うものだと思っているが、拠り所はそこにあった。
単なる解釈論かも知れないが、俺たちにとっては重要なことなのだ。
俺は清澄姉妹を大切にしているし、姉妹が俺を想ってくれているのは分かっている。
これだけを見れば、俺と姉妹はいつ婚約しても不思議はないだろう。
けれど、婚約となれば姉妹のどちらか一人とせざるを得ない。
なぜなら、結婚という法的手続きが前提となるからだ。
三人での幸せを求める俺たちにとって、例え表面上のことであっても、それは耐えられないことだった。
しかし、この場でそれを説明しても、理解は得られないだろう。
俺はもっともらしいことを言って、この場を濁すことにした。
「ごめん、今の言い方じゃ分からないよね。俺が言いたかったのは、俺たちは高校生でお互いにまだ責任がとれる立場じゃないし、そもそも結婚できる年齢にもなっていないから、軽々しく結婚を約束することはできないと思ってるってことだよ。」
俺の言葉を受けて真っ先に反応したのは、神崎さんだった。
多分俺の意図を察して、話を合わせてくれたのだろう。
「そうですね。私たちはついこの間まで中学生だった子供ですからね。婚約とか結婚について考えるのはもう少し後でも良いような気がします。」
「そうかもねぇ、わたしも彼氏と結婚の話なんかしたことないし、そもそも3年後にまだ付き合ってるかどうかも分からないもん。」
「ちょっと由香里、アンタ付き合い始めたばっかで何言ってんのさ。」
「あはは、そだよね。あ、御善くん、ごめんね? 色々聞いちゃって。わたしたちが聞きたいことはこんなところかなぁ。」
「いや、俺の方こそ混乱させるようなこと言ってごめん。おかげでこんな時どんなことを聞かれるのか分かったから、次に活かすよ。」
「そう言ってくれると助かるよぉ、これ以上ここに居るとまたなんか聞いちゃいそうだし、そろそろ出ようか。みんな良い?」
皆、特に異論はないらしく、これでお開きになった。
結局、付き合っているか否かの話はうやむやになってくれた。
許婚のくだりは少し話しづらい部分もあって多少神経をすり減らしたものの、突拍子もない質問は飛んでこなかったので、概ね想定内と言って良いだろう。
多分彩菜も同じようなことを聞かれているだろうから、帰宅したら擦り合わせをしておこう。
各々支払いを済ませたところで、俺はトイレに行きたくなり、女子三人には先に帰ってもらった。
ところがこれが失敗だった。
トイレから出てきてドリンクバーに差し掛かった時、学園の制服を着たおっぱいが…もとい、あかねさんがカップにコーヒーを注いでいた。
これは非常にまずい。
「あれ〜? 許婚くんもここでご飯食べてたの〜? 彩菜〜、許婚くんがいるよ〜」
有無を言わさず俺を引っ張って行くあかねさんに逆らうこともできず、この後、彩菜とともに質問攻めの第2ラウンドに突入する。
さすが2年生、聞かれる内容が1年生と比べてなかなかにエグかった。
彩菜と二人でお互いが入る店舗名を交換しておくべきだったと後悔したが、後の祭りだったのは言うまでもない。
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