第4話 食後のひととき

 晩御飯を平らげて食後のお茶をいただいていると彩菜が徐に切り出した。


「ねえ、ゆう、そろそろ行って良い?」

「わーい、行こ行こー♪」


 彩菜の言葉に、涼菜が元気な声を繋げる。

これから俺たち三人で我が家に行くことが決まった。


 最早いつものことだが、清澄姉妹がうちに来ることについて俺に拒否権はない。

というか、そもそも清澄家にはうちの合鍵を預けているので、いつでも出入り自由なのだ。

実際、姉妹は俺が居ない時でも構わずにリビングで寛いでいたりする。

俺の家なら親の目もないので、好き勝手に過ごせると言う訳だ。


「OK、じゃあうちに行くか。美菜さんご馳走様でした。」

「あら、もう少しゆっくりして行けばいいのに。名残惜しいわ。」

「またお邪魔しますよ、それじゃあ今日はこれで。」

「はい、娘たちをお願いね。」


 姉妹とともに席を立ち、美菜さんへ晩御飯のお礼を言う。

その後の美菜さんとの遣り取りは、これまで度々交わしている恒例のものだ。


 俺は清澄家を後にして、姉妹を連れて我が家の玄関扉を開けた。

三人でリビングに入ると、姉妹は早速ソファーに飛び込んで寛ぎ始める。

我が家自慢の大きめのL字型ソファーは、姉妹二人に占領されてしまった。


「はあ〜、やっぱりここが一番落ち着くよねぇ。」

「ホントだよー、何だかほっとするんだよねー。」


 まるで自分たちの家に帰って来たかのように、ぐで〜っとリラックスしている姉妹の様子に苦笑しつつ、ダレた姿を眺めていると…


「ゆうくん、こちらへどうぞ♪」


涼菜がソファーのL字の角の座面をポンポン叩き、俺が座る場所を指定した。

ご指示に従って腰を下ろすと、右から彩菜が、左からは涼菜が、俺の腿に頭をコテンと預けて来た。

所謂、膝枕というやつだ。


「ふふ、さっきのは訂正だね、ゆうと居るのが一番落ち着くし、とっても嬉しい。」

「うん、そうだよね、ゆうくんが居てくれるのが嬉しいんだよねー。」

「俺は、あやとすずが一緒に居てくれるのが嬉しくて堪らないけどな。」


可愛いことを言ってくれる清澄姉妹にお返しのように声を掛けると、二人は揃って笑顔になって俺の腿に頬ずりして来た。


 俺の家に居る時の姉妹は、とにかく甘えたがりになる。

二人共、俺にピッタリくっ付いたまま、まるで人懐っこい猫のように可愛く擦り寄ってくるので、俺もついつい甘やかしてしまう。

たまにお互いスキンシップが過ぎて愛撫のようになってしまうこともあるくらいだ。


 普通の幼馴染の男女とは少し距離感が違うとは思っているが、俺たちは物心ついた頃からこんな状態なので、最早当たり前の感覚になっている。

流石に他の人の前でこのような姿を晒すことは憚られるので、人目のない俺のうち限定の戯れ合いなのだ。

 俺は一軒家に一人暮らしなので寂しさが紛れるし、何よりも姉妹との触れ合いが癒しになっているので、この先もきっとやめることはないだろう。


 両の手を姉妹の頭にそっと置いて髪を梳くように撫でると、二人共、ふにゃりと目を細めてくすぐったそうにしている。

こんな可愛い仕草をされると益々二人に触れたくなる。

掌を頬や首筋に沿わせたり、指の腹で耳たぶや唇をなぞったりして柔らかく滑らかな感触を楽しんだ。


 暫くそうしていると、涼菜が小さく寝息を立て始めた。

どうやら気持ち良くて眠ってしまったようだ。

それに気づいた彩菜は体を起こし、目を細めて涼菜を見つめていた。

やがて彩菜は涼菜の頬に手を伸ばし、優しく撫でながら呟く。


「すずは可愛いよね。」

「そうだな、でも、あやも可愛いよ。」


俺は涼菜を愛でていた左手を彼女から離し、彩菜の頬にそっと添えながら囁いた。


「ふふ、ありがとう、嬉しいな。」


彩菜が抱きついて来て首筋に唇を触れる。

そのまま徐々に下にずれて行き、鎖骨の辺りに…


ちゅっ…


…跡を残した。

彼女は自分がつけた赤みを人差し指で摩り薄く微笑む。


「これは可愛いって言ってくれたお礼、今日は嬉しいことを言ってくれる度につけちゃうからね?」

「それは困ったな、跡だらけになっちゃうよ。」


俺は部屋着を脱いで上半身を晒して彩菜が喜びそうな言葉を幾つも並べた。

その度に彼女は跡をつけて行く。

彩菜は何度目かのマーキングをしてから、徐に俺を見上げて問いかけた。


「ゆう、首はダメ…だよね?」

「あやの好きにして良いよ。」


この答えも『嬉しいこと』だったようだ。

彩菜は俺の首筋に唇を触れて少し逡巡してから、ぺろりと一舐めした。


「やっぱり見えちゃうといけないよね、今日はこれでお仕舞い。」


彼女は愛おしそうに自分がつけた跡を人差し指でなぞって行った。





 永遠に味わっていたくなる心地好い時間にも、やがて終わりは来る。

俺たちはいつ迄もこうして居られる訳ではないのだ。


「あや、すず、もう帰る時間だよ。」


俺は清澄姉妹に優しく声を掛けた。


 あれから彩菜もいつのまにか眠りについていた。

姉妹は俺の声を聞き、とろんとした表情でゆっくりと体を起こす。


「さ、家に帰ろうな。」


それを聞いた姉妹は、俺を左右から挟むようにギュッと抱きしめてから、名残惜しそうに体を離す。


「うん、そうだね、そろそろ帰らなきゃ。またね、ゆう。」

「ゆうくん、明日もまた来るね。」

「ああ、二人共、待ってるよ。おやすみ。」


 俺たちは今日で終わりな訳じゃない、明日もまた会える。

それを確認するかのように額を寄せ合い、微笑みながら約束の言葉を交わした。

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