第3話 清澄家の食卓

「じゃあ、後でね。」

「ああ、19時までにそっちに行くよ。」


 清澄家は19時に晩御飯を摂るようにしているので、いつもその前に顔を出すことにしていた。

今晩は清澄家で食事をすることになったが、別に毎日ご相伴に預かっている訳ではない。

清澄家に遠慮しているのではなく、俺自身が料理好きなので出来るだけキッチンに立つ時間を作りたいからだ。

 食材を前にメニューを考えたり包丁を握ったりすると、不思議とストレス解消になったりする。

彩菜や彼女の妹に手料理を振る舞うと二人共いつも美味そうに平らげてくれるので、俺はその度に心底嬉しくなるし、もっと腕を磨いてさらに喜ばせたくなる。


 自宅で部屋着に着替えて、約束どおり19時前に清澄家のチャイムを鳴らす。

カチャリと玄関の鍵が解かれたので扉を開けると…


「ゆうくん、いらっしゃーい♪」


元気な女の子が俺の胸に飛び込んだ来た。


「こんばんは、すず、お邪魔します。」


 出迎えてくれたのは彩菜の妹・清澄涼菜きよすみすずなだった。

この子は俺が3月まで通っていた中学校の3年生に在籍している。


 姉の彩菜が若干近寄りがたい雰囲気の清楚系クール美人なら、涼菜は人好きのする可愛い系美少女だ。

ゆるくウェーブのかかった肩口までのアッシュブラウンのボブが良く似合い、猫目でキュートな顔立ちが目を惹きつける。


 俺は中3の時に彼女と一緒に通学していたが、周りの男子からは散々羨ましがられた。

ちなみにその前の年には彩菜を含めた三人で通学していたので、それに輪を掛けて妬まれもしたのだが。

 涼菜は来年、俺と彩菜が在籍する稜麗学園高校を受験する予定なので、合格すればまた三人で通学することになるだろう。

学園の男子から羨みや妬みの矢が飛んでくることが容易に想像出来るが、だからと言って他の誰かに場所を譲る気はないので、甘んじて受ける覚悟をしておこう。


 上機嫌の涼菜に手を引かれてダイニングに行くと、彩菜と母親の美菜さんがテーブルに料理を並べている最中だった。


「悠樹くん、いらっしゃい。もうすぐ食べられるからね。」

「美菜さん、こんばんは。いつもすみません。」

「もう、それはなしって言ってるでしょ? いつでも食べに来てくれて大丈夫だからね? 娘たちも喜ぶし。」

「ありがとうございます。」


 美菜さんの前だと、どうも畏まってしまう。

美味い手料理をいただけるのもそうだが、一人暮らしの俺はこの人には日頃から何かとお世話になっているので、頭が上がらないのだ。

清澄家の実質的な最高権力者でもあるし、敬意を払って然るべきだろう。


 ちなみにこの家の大黒柱である父親の翔太さんは、残業で遅くなるとのこと。

ここのところ暫く仕事が忙しいようで、最近はあまり顔を合わせていない。

以前、男女比1:3だと家に自分の居場所がないと愚痴をこぼしていたことを思い出した。

翔太さん、本当は単に家に帰りづらいだけなのかも知れない。


 ダイニングテーブルには、大皿に盛られた一口台に切り揃えられた根菜と豚バラ肉の煮物、小皿に分けられたほうれん草とニラの卵とじ、小鉢には小振りの冷奴、そして玉葱とじゃがいもの味噌汁と、美菜さんが得意とする和食が並んでいる。

一見すると誰でも作れそうな普通の家庭料理だが、いただいてみるとこれが実に美味いのだ。

 俺も年齢の割に、そして男の割には料理上手だと自負しているが、美菜さんの口に含むだけで幸せな気持ちになる滋味あふれる料理にはいつも感嘆している。

これをお袋の味だと言える清澄姉妹が羨ましい。

俺も少しでもこの味に近づけるように精進したいと思う。


 清澄家の女性三人とともに食卓を囲み、美菜さん謹製の料理に舌鼓を打ちながら、当たり障りのないおしゃべりに花を咲かせる。


「悠樹くん、入学から一月経ったけど、もう学園には慣れた?」

「そうですね。クラスには割とすんなり馴染めたし、今のところ順調ですよ。」

「ならよかった。彩菜は迷惑かけてない?」

「お母さん、やめてよ。私の方が上級生なんだから。」

「だってあなた、悠樹くんに勉強見てもらってるんでしょ? 一体どこが上級生なんだか。」

「あやには学園のことを色々教えてもらってますから、おあいこですよ。」

「あはは、絶対あやねえの方が沢山助けてもらってるよねー」


 2週間前に晩御飯をご馳走になった時も、彩菜が美菜さんと涼菜に弄られていた。

この家ではさしもの『学園の姫君』も形なしと言ったところだろう。

ただ、今日はいつもと違って、涼菜も美菜さんに弄られる側に回ったようだ。


「涼菜は涼菜で、悠樹くんと一緒に学校に行けなくて毎朝しょんぼりしちゃってるし、あなたたち、悠樹くんに頼りすぎよ?」

「だってー、去年はあやねえが居なくなって、今年はゆうくんまで居なくなったんだもん。寂しいに決まってるよー」


 家に帰れば三人一緒に居られるが、これまで学校では一人になることがなかったのだから、寂しさを感じるのは良く分かる。

先ほど図書室で、彩菜も一人で学園に通学していて寂しかったと言っていた。


「ごめんな、すず。一緒に居てあげられなくて。」

「あー、違うよー、あたしが我慢できないだけ! ゆうくんのせいじゃないから。」

「来年は一緒に学園に行こうな。」

「すず、私も待ってるからね。」

「うん! 来年絶対合格するから、二人共待っててね!」

「うふふ、三人共仲良しでお母さん嬉しいわ〜」


 普段一人で食事をしている俺にとって、清澄家は暖かい家庭の雰囲気を味わうことが出来るとても有難い場所だ。

いつかは俺自身が、こんな暖かい場所を作れれば良いなと思う。

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