第2話 持続する降霊術
セージュが野沢須恵子から潔彦の訃報を受けたのは、七月七日の二十二時過ぎである。
五日だけでなく翌六日、そして七日も、遂にセージュは潔彦に面会することが叶わなかった。セージュと入れ違いで病院を訪れていた須恵子も同様であったらしい。結局、最後に潔彦と会話らしい会話をしたのは孫の礼八ということになる。
「礼八くんから聞いたよ。叔父さんの病院に通ってたんだってね。会えなくて残念だったわね」
潔彦の葬儀の翌週、須恵子はセージュと高円寺のビストロカフェで落ち合った。セージュは親族ではないからと葬儀への参列を辞退したが、須恵子の話では、火葬場も葬儀場も人数規制が相当厳しかったらしい。参列を希望してもできなかったかもしれない、とのことである。
「僕は確かに潔彦とは会えなかったけれど……実は少しだけ話はできたんです。本当に少し」
須恵子に対してばつが悪いのか、随分と歯切れ悪く言う。須恵子は華奢なビールグラスを片手に持ったまま眉根を寄せた。
「どういうこと?」
「実は談話室で潔彦を待っているとき、僕は少し悪戯をして遊んでいたんです。ああいった大きな病院でゆっくり過ごす機会もあまりないし」
「大体わかったわ。オカルト系の遊びってことね」
「うん……降霊術を少々」
遂に白状し、はあ、と大きな溜息をついたセージュは、液晶タブレットを取り出し須恵子の前に置いた。画像フォルダを開いて見せると、須恵子は「あら」と驚いたような声を上げる。
「これって、こっくりさん?」
ひらがなの羅列の上に「はい」と「いいえ」の文言。更に鳥居のようなマークがひとつある。まるでテンプレート画像のようだ。須恵子が学生時代に流行した「こっくりさん」の様式がこれと全く同じであったかは覚えていないが、過不足はないように思える。
「この画像データもすべてデジタルで作りました。完全電子版です」
「あまり自分のフォルダの中に入れておきたくない画像データだけど。サステナブルの波に乗ったわね」
「そう、サステナブルゆえに遊んだ後の処理に関するルールには添えないんです……けど、それ以外は従来のこっくりさんと同じように使えます。タブレット上に十円玉を置いて、指を乗せて質問をする」
「やっぱり令和になっても十円玉が定番なのかしら。若者の貧困化が進んだ影響とかで五円玉にサイズダウンしたりはしないの? 今って何でもかんでも昔より小さくなってるじゃない」
「リアルな現場のことは僕もあまり知りませんが、他のコインでは駄目なんです」
「そうなの? そういうルールだったかしら」
須恵子は財布から十円硬貨を取り出し、タブレットの上にパチンと置いた。人差し指を乗せて適当に左右へ動かしてみたが、紙の上で硬貨を動かす時と大きな違いがあるとは思えない。
「他のコインも試してみましたが、五円や百円では駄目でした。ただ指を動かしているのと同じように画像をスライドさせてしまうんです。青銅が良いということなのかな……。そういった事情で、トラディッショナルこっくりさんは百円や五円を代用することも可能でしたが、デジタルこっくりさんは必ず十円硬貨でなければ成立しないんですよ」
「デジタル化したことで、かえって十円玉ルールに必要性が生まれたというわけね」
須恵子はふっと吹き出すように笑い、再度財布を開いた。確かに百円硬貨を使うと、十円のようなスムーズな動きにはならない。セージュに言われるまで考えたことも試したこともなかったが、なかなか面白い発見だと素直に感心してしまった。
「もう少し大きいタブレットなら文字が見やすくて助かるかな。いますごく老眼鏡が欲しいもの」
「文字の配置やフォーマットサイズを変えて改善してみます」
セージュはキャロットラペをフォークで弄りながら答えた。
「うちは氷中見の神様をお守りする家だからって、こういうのに厳しかったからね。子どもの頃はこっくりさんで遊んだことなんてなかったなぁ」
「僕も潔彦に怒られました」
「それっていつの話?」
「最近ですよ。五日にお見舞いへ行ったとき。こっくりさんは一人でするものじゃないし、どうせ何も出ない……出たら儲けのつもりでこれを弄っていたら、どうしてか潔彦を呼んでしまって。だから実はそのとき、もう長くはないのかしらと思いました」
須恵子はビールグラスに口を付けたまま、しばし目を伏せる。口元は見えないが、セージュにはその表情が寂しげな笑顔のように感じられた。
「叔父さんとどんな話をしたの?」
「どうでもいい世間話ばかりです。たとえそれが最期だとしても、わざわざいつもと違うことを話すのは勿体ないと思ったから。けど、もしかしたら僕は潔彦と向き合う最後の機会を避けてしまったのかもしれない。僕は臆病かな」
「そうかも」
須恵子はぬるくなったビールを飲み干し、テーブルの上に空のグラスをコトンと置いた。ビニール製のテーブルクロスの上に、グラスからぽたぽたと水滴が落ちる。
「だけど、世の中の人は大抵、セージュくんと同じくらい臆病なものよ。だって人が死ぬって怖いことだもの。生死って、台風とか深海とか酷暑とか、そういうものに近い気がするの。逃げられないし敵わないところがね。そりゃあ誰だって怖いし、避けたいと思うわよ」
そう言ったあと、須恵子はしばしセージュの顔をじっと見据えて沈黙していた。が、すぐに肩の力を抜き、ふわりと朗らかに笑む。
「叔父さんはセージュくんのことをすごく可愛がっていたと思うのよ。九十四歳だっけ? さすがにもう長くないって自覚はあったでしょうね。退屈な話をしようが悪戯して怒られようが、なんでも良いんじゃない? 最期にあなたと一緒に過ごす時間があって、叔父さんきっと嬉しかったわよ。ね? そう思いなさい」
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