ラジオから彼女の好きだった曲が聞こえる

リュウ

第1話 ラジオから彼女の好きだった曲が聞こえる

 私は、機械警備業務に従事する警備員だ。

 機械警備業務は、対象の施設に設置されているセンサーが、侵入などの異常を探知しすると、警備会社の指令室に通報される。

 指令室は、その施設の異常を確認するため、警備員を送る。

 その警備員は、異常を探知してから25分以内に現場へ到着しなければならない。

 その為、警備業務を契約している施設に25分以内に到着できるような位置に待機しなかればならない。

 私は、路上駐車をして待機していた。


 若い女一人と男三人のグループが、前からやってきた。

 酒でも飲んでいるのだろうか、大きな声でじゃれあっている。

 素面でもああなのだろうと見ていると、男の一人が暴れだした。

 目に付くものを蹴飛ばし始めた。

 仲間は、それを見て馬鹿笑いしている。

 女が居る。それだけで、悪乗りが始まる。

 私も若い頃はそうだったと苦笑いしながら、車をゆっくりと動かした。

 ぐるっと回ってくれば、彼らも居なくなるだろう。

 彼らに絡まれてはかなわないと思ったからだ。

 トラブルに巻き込まれてら、こちらに徳になることは全くないからだ。

 元の位置に戻ると、彼らの姿はなかった。


 社内を青く照らすデジタル時計は、もうすぐ午前零時になろうとしていた。

 午前零時。または、午後24時。

 今日と明日の境目。2時間後は、草木も眠る時間となる。

 幽霊、悪魔、魔女、妖怪が跋扈する時間帯。

 今は、輩が跋扈する。妖怪たちもやりづらいに違いない。

 ラジオのスイッチを入れる。

 ラジオから流れてきたのは、昔のあの曲だった。

 あの頃の曲。

 彼女の好きだった曲。

 もう、あれから40年あまりも経っていた。

 私は、彼女と結婚していた。

 あの頃の私は、若くて最悪だった。

 仕事が長続きせずに職を転々としていた。

 当然、暮らしも良いとは言えず、彼女とケンカしたものだった。

 ある日、ケンカして家を飛び出した彼女は交通事故に遭い他界してしまった。

 お腹には、子どもがいた。

 私は後悔していた。

 なぜ、あの時、彼女を無理にでも止めなかったのだろうと。

 少しでも時間をずらせたら、事故に遭わなくてすんだろうと。

 今、思い出してもどうにかなりそうだ。

 あれから、何も手がつかず、浮浪者同然の生活をしていた。

 ある時、浮浪者を救済する団体に声をかけられ、警備会社に就職した。

 贅沢は出来ないが、食っていけるようになった。

 今も一人で生きている。

 変化のない毎日をただ過ごしていた。終わりのない仕事を続けている。

 何の為に生きているなんて、考えることも忘れてしまった。

 生きていなくてもいいのかもしれない。

 私が居なくても、世の中は回っていくのだから。


 今日は、3月28日。

 彼女が無くなった日。

 本当に済まないと思う。

 何もしてやれなかった。

 酷い男だったと思う。

 私は、目を閉じて彼女の好きだった曲を聴いた。

 彼女が口ずさんでいたこの曲を。

 好きだった。愛していた。

 ゴメン。

 私がわがままだった心の底からそう思う。

 

 

 私は、追いかけていた。

 忘れ物を届けに。

 視線のずーっと向こうに、母娘らしき二人が歩いている。

 あの娘の忘れ物。

 長い砂浜を歩いている。

 カゲロウが二人の姿を揺らす。

 やっと追いつき、私は声をかけた。

「遅かったじゃない」

 女は、からかう様に言った。

<私を待っていた?>

 僕は、忘れ物を渡そうと右手を差し出した。

 だが、何も持っていなかった。

 確かに右手で持っていたはずなのに。

 私の差出した右手に女は、手を優しくのせた。

「行きましょう」

「えっ」

「あなたは私を追いかけてきたじゃない。

 だから、一緒に行きましょう」

 私は、女の子の左手を引き、女は女の子の右手を引く。

 女の子は、女と私の顔を交互に見て、微笑んだ。

 私たちは、自然と繋いだ手を振っていた。

 幸せな親子の様に。

 なんだか、とても楽しく思えた。

 私は女を見た。女も楽しそうだ。

 そして、僕らは歩き続けた。

<これでいいんだ>

 僕は、そう思った。


「何やってるの!起きなさい」

 彼女の顔が頭の中に広がっり、声が聞こえた。

 私は、驚いて目を覚ました。

 動悸がする。

 窓を開け、呼吸を整える。

 この真夜中、私は何者かに誘われていた別の世界へ。

 どうやら、私は彼女に助けられたらしい。

「ゴメン、また、心配かけた」

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ラジオから彼女の好きだった曲が聞こえる リュウ @ryu_labo

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