5-2
言葉にするには難しい達成感を胸に秘め、流れ行く景色をぼんやりと眺めていた。
つい半年前に決意した、受験の全日程を終えた電車での帰り道だった。
俺は全てやり終えた。受かっていようが受かっていまいが後は神のみぞ知る、いや、紙のみぞ知る。
勉強に付き合って貰った泰明や浜田、野球部の面々に連絡をしなきゃなと思い至って、試験中は落としていた携帯電話の電源を入れる。
三十秒程のラグがあって液晶が立ち上がると、何件かの連絡が来ていた事が通知されていた。
お母さん、泰明、そして……
「はっ!?」
周囲に人が居ることなんて忘れて大声を出してしまった。
目の前に座っているおばあさんは肩をピクリと震わせて目を丸くしている。
でも、今の俺にはそんな事はどうでもよかった。
《やすみ》の名前を、通知を目にしてしまったらいてもたってもいられなかった。
お母さんと泰明には悪いのだけど、二人の通知は見なかった事にして、やすみからのメッセージを真っ先に開いた。
『本日、少しお時間いただけませんか?』
真っ先に目に入ってきた文字列にはそう記されていた。
やすみの方から俺にアプローチをかけてくるなら、断る理由なんて俺にあるはずがない。
にしても固い文章だな。やすみと俺の関係性上、違和感のある言葉使いだと思ったのだけど、その文章には続きがあった。
『娘の事で大事なお話があります。
美優紀の母より 』
やすみじゃない……?
美優紀?誰だ?みゆきと読むのだろうか?
そんな知り合い俺にいただろうか?
小学、中学と同級生の顔を思い浮かべてみても、美優紀と書いてみゆきと読む同級生に心当たりはない。
人違いの間違いメッセージかもと思って差出人を確認してみても、間違いなくやすみの携帯電話から送信された物のようだ。
久々にメッセージを返してきたと思ったら、……やすみのやつ俺をからかってるのか?
だったら俺も、とすぐに返信をした。もちろんイタズラにはイタズラで対処するのが流儀ってもんで
『送る相手を間違えていませんか?
自分にはそんな知り合いがいないもんでね』と
送信されると同時に既読が付くも、一分ほど待ってもメッセージが送られてくる気配はない。
イタズラを失敗した事でヘソを曲げてしまったのかもな。
「まったく。しょうがないやつだな」
こんな独り言を口走りながらも、顔がどうしようもなくにやついている事は、鏡を見なくても自覚できた。
久々にやすみからメッセージが返って来たことがそれほど嬉しかったのだ。
こういう時は、男が折れるしかないと、なにかで読んだ事がある。
だから俺は、
今度はメッセージではなく、文字通り電話の着信だった。
もちろん電話をかけてきているのはやすみ。
しかし、今は電車の中で出るわけにはいかない。
周りの迷惑にならないようにすぐに切るボタンをタップして、やすみに一言だけ、『すぐに掛け直す』とメッセージを送信した。
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