5-1

 既読の付くことのない画面を視界の端に捕らえながら、最後の悪あがきと世界史の暗記をしていた。


 いよいよ受験は明日に迫っていた。

 本来なら、返信がないことを気にしている場合ではないのだけどもしかしたら明日の受験の応援が来るのではないか、やすみと話せるのではないかと期待している自分がいる。


 移植手術を受けると決意したやすみは、半年前に都会の病院へと転院していった。


 最初のうちはよく電話をしたりしていたのだけど、次第に電話に出てくれる回数も減ってきて、メッセージに既読すらつかない日も多くなってきた。


 最初のうちは一日おきに、それが三日おきになり、最後に既読が付いたのは二週間前の事だ。


「はあー」


 そのせいか、勉強にも身が入らず気がつけばやすみの事を考えている。


 最初のうちはあんなに毎日のように連絡を取り合っていたのに、距離が離れてしまえばこんなものなんだろうか……いや、やすみに限ってそんな事をするはずがない。

 きっとないはずだ。

 んー……ないよな?


 ……もしかしたら、受験が近い俺を気づかって連絡を取らないようにしているのかもな。



 そうだ……きっとそうだ!間違いない!

 その証拠に、受験日が近づくにつれて、連絡の頻度が少なくなっている。

 

 なんて悶々とした気持ちのやり場のなさに一人悶えていると、俺の部屋の扉がノックされた。


「涼?入っていい?」



「あ、ああ、どうぞ」


 俺の了解を受けて、お母さんが部屋に入ってきた。

 手にはお盆が握られていて、その上には夜食と思われる俺の大好物、味噌おにぎりが鎮座している。


「あんた、さっきからなに一人でぶつぶつ言ってるの?

 お母さんの部屋まで念仏みたいに響いてくるよ」


 言いながら母さんはこちらにに近づくと、コトンと小さな音を立てて、味噌おにぎりが盛られた皿を机の上に置いた。


 どうやら無意識のうちに心の声が漏れ出ていたようだ。……恥ずかしい。


「あははは、世界史……のさ年号とか口に出しながら勉強すると覚えやすいんだよね。ミンナでゴーなんちゃって」


 咄嗟についた嘘にしては、よくできているのではないだろうか


「ふーん。そう。あんまり無理しないようにね。もう明日本番なんだから、ジタバタしてないで早く寝るようにしなさいよ」


 諭すような事を言ったお母さんの視線はとても柔らかい者で、俺の事を気にかけてくれている事がひしひしと伝わってくる。


「うん。ありがとう。大丈夫。十一時までには寝るようにするから」 


「皿はお母さんが洗うから、流しに置いとけば良いからね」


「わかった。ありがとう」


 それだけ言い終えると、母さんは部屋から出ていった。


 時計の針は二十一時を示している。

 あと残り二時間、ラストスパートと行きますか。


 味噌おにぎりを口に運びながら、携帯電話を手に取り、延々と既読の着くことのないアプリを落とし、電源を落とした。

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