4-7

「________」


 どう答えれば、言い訳をすればいいのか咄嗟にはわからなかった。だから俺には口を紡ぐ事しかできなかった。


 やすみは俺の最も恐れていた言葉を口にしたのだ。


『こうして遊んでいられる時間も減っちゃうね』


 優しいやすみらしい俺への気づかいなのだろう。でも俺は……


 それに付け加え囁くように口にした『でも、ちょうど良かった』


 その言葉の意味はわからなかったのだけれど、俺にとってきっと、良くない事なのだという事は嫌でも察しがついた。


 何も言葉を紡ぎ出せない俺を一瞥してからやすみは、いつもとは違う柔らかな笑みを浮かべ空を見上げた。


「何度も同じ物見て退屈でしょ?……付き合わせちゃってごめんね」


 急になんの事を言い出したのかと思ったのだけど、一通り思い巡らし、繰り返し見ているプラネタリウムの事なのだと思い至る。


「いや、別にそんな事は……」


「でもね、これを最後のわがままにするから、今日だけは付き合って欲しいな」


 そんなのやすみが願うなら当然の事で、やすみが望むのであらば、今日だけとはいわずいくらでも時間は作る。


 俺のそんな提案は受け入れられる事はなく、やすみは頭をゆっくりと左右に振り、こう続けた。


「ううん。今日だけでいいの。今日、ここには勇気を貰いに来たの。……あと、ちょっとの確認作業」


「勇気?」


「そう。勇気。……さっきしたさ、北半球と南半球の違いの話にはまだ続きがあってね」


「たしか……見える星と見えない星があるって言ってたやつか?」


「うん。南半球から星空を見上げるとね、私たちが普段見上げている、北半球から見た場合の星空とは上下を逆さまにしたように見えるの。不思議だよね」


 両手の人差し指と親指を合わせて四角いモニターを上空に作り出すも、そこに一つも星はない。


「私ね、気がついたんだよ。人間も星空と同じで、見る角度によって見方が変わるんだなって事に。例えば涼君」


 俺の名を言い終えるのと同時に何も映っていないモニターに俺を捕らえる。


「俺?」


 俺から見ればモニターにはやすみが映し出されている格好だ。


「うん。それは私でもあるし、涼君でもある。……涼君と花火を一緒に見に行った日、泰明君と初めて会って、なんてひどい人なんだろうと思ったの」


 やすみからすれば初対面の泰明。

 対峙した俺が一人で勝手に過呼吸を起こした……


 端から見ていたやすみからしてみれば、何をされたのだ?と良い印象を持つことは間違いなくなかっただろう。


「それは、……実際は違うんだ。泰明はあの日も俺を心配して、無視をしても良かったのにわざわざ声をかけてきてくれたんだ」


「うん。わかってる。……二回目に野球の試合で会った時は、全く印象が違って見えた。皆から慕われていて、話してみれば、何より優しいしね。……そこで、ふと思ったの」


「何をだ?」


「私はね、こんな体だから……回りの人達の負担にならないでいたい。ずっとそう思って過ごして来たの。

 そんな私の考えが見え透いているから、回りの人達は私を憐れんで、優しくしてくれる。負担になっている。ずっとそう思って過ごして来たの」


「それは違う________」


 わかってるよ、と俺の言葉を遮り


「でも、違うんだって事に気がついたの。お母さんもお父さんも、友美さんもそして……涼君も。

 なんで、涼君は私の残りの人生を一緒に過ごしたがるんだろう?

 今以上仲良くなっても、私は居なくなってしまうのに。

 お父さんは私の医療費を払うために、無理して毎日夜遅くまで働いてる。どうせ居なくなってしまう者の為に。

 お母さんは、こんな私にずっと変わらず接してくれた。

 移植手術をしないと決めた日も。私のそんな決断を尊重してくれた。

 友美さんは、市内の病院で、私を担当してくれた看護師さんだった。友美さんは辞めてしまって、私は手術を拒んで、最期は仲良くお話ができる友美さんのいる病院に行きたいと泣きついたら直談判してくれた。


 みんな、なんでそんなに優しくしてくれるのか、それは憐れみだと思っていたの。

 でも、それは私から見た場合で、第三者が私達の関係を見たらどう思うのだろうって」


「そんなの……俺は、やすみと……」


 言いかけてやめた。きっとやすみは俺のの気持ちには気がついている。

 それだけじゃない。お父さん、お母さん、そして友美さんの気持ちにも。


「私、生きていてもいいのかな?

 生きたいと望んでもいいのかな?

 みんなの負担にならないかな?」


 やすみの小さく震える肩ごしに見える、今にも泣き出しそうな空は、まるでやすみの心模様を映し出しているようだった。



「そんなの……いいに決まってるだろ!

 俺も、やすみの母ちゃんも、友美さんだってそう思っているさ。むしろ生きていて欲しい、そう願っている。


 ……この先、何十年後。おばあちゃん、おじいちゃんになっても、やすみとこうやって笑って過ごせたら良いのになってずっと思ってたんだよ俺は」


「うん」


「だから、来年もまた花火を見に行こう」


「うん」


「その次の年も、ずっとずっとだぞ?」


「うん。うん」


「約束だからな。あとから嘘はなしだからな」


「うん。わかってる」


 俺はやすみに手を伸ばし、引き寄せ抱き締めた。

 しばらくそうしていたのだけど、やすみは俺にされるがままに大人しくしていた。力をいっぱいに込めたら壊れてしまいそうな小さな体は、もう震えてはいなかった。

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