2-4
打ち上がりつづける花火をブランコに二人、並んで座り、ただただ見上げていた。
時間にしたら三十分くらい。いや、もっと長い時間だったのかもしれないし、短い時間だったのかもしれない。
時間の感覚すらも無くなるような夢の時間。
その間、俺達の間で言葉が交わされる事はいっさいなかった。でも、気まずいと感じる時間ではなく、むしろ心地よさを感じる時間。
しかし、花火に見とれているやすみの横顔には憂いの感情が見てとれた。
その表情の裏側にどんな感情をしまい込んでいるのか、隠しているのかが気になったのだけれど、それを聞き出す度胸は俺にはない。
そんなやすみの横顔を
「涼君ってさ、夢……とかあるの?」
「……夢?」
やすみはこちらに向き変える事もせず、花火を見る視線は外さずにもう一度言ったのだ。夢は何か、と。
「夢か……なんで急にそんな……」
本当はすぐに答える事は出来た。でも、それを口にする事は憚られた。
今の俺には口にする権利はない。途方もない事、既に諦めた夢。
「花火を見ていて思ったの。彼等は産み出されてほんの一瞬しかこの地上で輝く事は出来ない。それなのに、こんなにも暖かい気持ちにさせてくれる。一晩だけの夢を見せてくれる」
言い回しからして、彼等とは花火を比喩表現した物なのだろう。しかし
「________こうやって現実に見せられる夢と人が抱く夢はまた別物だろ?」
「そうかな?私はそう違わないと思うの」
「どうしてだ?」
「どっちも儚いってとことか」
「どういう理屈だよそれ。こじつけじゃないか」
「いいじゃん。こじつけでも。ちょっと気になっちゃったの、それだけじゃーダメ?」
やすみは歳の割には幼く見える顔立ちで、こちらを見据える。憂いを帯びた笑みがどこかアンバランスで、懸念を憶える。
そんな瞳で見つめられたら、断れるはずがなかった。
「ダメ、じゃないけどさ……だったら先に、言い出しっぺのやすみが、言うのが礼儀ってもんじゃないか?」
やすみに逆に問い掛けたのは、せめてもの抵抗だ。俺の中では終わってしまっている事。口にするのを少しでも先送りにしたかったから。
「私の夢か……私の一番の夢はね、有名な小説家になる事」
「小説家……か」
「そう。小説家。一応ネットにも投稿したりしてるんだよ」
言いながら携帯で文字を打つような仕草を見せる。その姿は、いつもやすみが病院の屋上で携帯をいじっている姿と重なった。
「ネットに?それは凄いな。もしかして、いつも携帯いじってたのって……」
「そうだよ。でも、いつもではないけどね。書いていた事もあったと思う」
「そうだったのか……にしても凄いな。やすみには立派な目標があって」
「でもね、小説家になるのが一番だけどー、他にも夢はあるよ!普通に学校に通いたいとか、そんでもって運動部のマネージャーやるとかね。どっか遠くに行ってみたい。ずーっと遠くの星を見てみたい!とか」
言いきってから、寂しい笑みを浮かべ、まあ無理なんだけど、と付け足す。
どう返したらいいものか思慮していると
「________じゃあ次、涼君の番」
「俺の番か……俺の夢はな________プロ野球選手になる事、だった。おかしいだろ?笑えよ」
俺の答えが腑に落ちなかったのか、やすみは懐疑の感情を瞳に宿らせて小さく呟く。
「……だった?」
「そうだ。過去形だ。もう終わってしまったことだ。だから、こうして夢として語るのはおかしいかもしれないけどな……」
「なんで?なんで、終わったなんて言えるの?」
「終わったもんは終わったんだ……」
「私達はまだ16歳なんだよ?まだまだ、これからじゃない。だって________」
「もう、やめてくれ!」
やすみの言葉を遮るように、気がつけば俺は叫んでいた。
俺の絶叫と重なるようにその日一番大きな締めの花火が夜空に打ち上がっていた。
けたたましい破裂音が辺り一帯に響き渡っているはずなのに、公園にいる俺とやすみの間だけは静寂が支配していた。
永遠にも思えた沈黙の後、複雑な笑みを浮かべたやすみが先に口を開く。
「……ごめんね。そうだよね。他人が口出しするのはおかしいことだよね。本当にごめんなさい」
「……」
俺は何も答えなかった。こんな事で、やすみに謝らせているのも何か違うような気がしたのだけれど、唇を噛み締めて下を向いた。
「もう、帰ろっか。今ので終わりみたいだし」
言って、やすみが俺の手を引いた。従いはしたが、それに何も答えない。頷きもしない。
本当はやすみの方が苦しいはずなのに、気丈に振る舞うその姿に胸がきゅっと締め付けられた。
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