2-5
「今日は本当にありがとうね」
俺の手首を掴んでいた手を離すのと同時に、やすみは笑顔で告げた。
花火を見ていたときに見せた影は今は鳴りを潜め、いつもの全開スマイルだ。
それはきっと、先ほどの会話を気にさせないようにする為のやすみの気づかいだった。
「……ああ」
情けない事に、それに気がつきつつも俺は先ほどの感情を引きづっていた。そして隠そうともしなかった。
「……本当にごめんね?」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、嫌みのない上目使いでやすみは言った。
「いや、別に、もう大丈夫だから」
「むー、ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん……今日はもう、解散にした方が良さそうだね。涼君とはもう、喧嘩したくないからさ」
言い終えるとやすみは身を翻す。
『ごめんなさい』そう言えばすむはずの話だ。わかっているはずなのに、俺の唇がその六文字を紡ぐことはない。俺が一方的に悪いのは、火を見るよりも明らかなのに。
「……一人で大丈夫か?」
やすみは振り返らずに答える。
「うん。お母さんに連絡すればすぐ来てくれるから」
「そうか、じゃあ、またな」
「うん。またね」
商店街の方角へと去っていくやすみの背中を見送る________
「あれ、涼!?涼だよな!?」
背後からどこかで聞いたことのある声が俺の名を呼んだ。やすみを見送るのを中断して俺は振り返る________
「やっぱり!お前、どんだけみんなが心配したと思ってんだよ。連絡しても返さない、家に行っても出てこないし________」
知った顔だった。小、中学と一緒だった幼馴染み。野球部のキャプテン。クラスの、いや学校中の人気者。
そして________________________俺を裏切った男。
「や、
「『や、泰明』じゃねえよ!にしても良かった。元気そうで。浜田も、高橋も…みんな、本当に心配してたぞ」
過去のチームメイトの名を連ねながら俺の肩に手を置く。そして俺に触れると泰明は怪訝な視線をこちらへと向けた。
「ど、どうしたよ?大丈夫か?」
泰明が俺の何を心配しているのか、それは顔色が冴えないせいなのかもしれないし、呼吸が浅く早くなっているせいかもしれない。はたまた、体中が小刻みに震えているせいなのか……
「やめてくれ。やめてくれ……もうやめてくれ!」
勢い余って俺は、泰明を突き飛ばした。不意に押された事で、よろけながらも泰明はなんとか体制を立て直すと、声を荒げた。
「おい、なにすんだよ!?」
俺が学校に行けなくなった、群衆の視線に恐怖するきっかけになったあの日の記憶が蘇る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。俺がミスしたから、そのせいで……」
「って、おい……どうしたよ?」
心配そうな声色で泰明はこちらに一歩距離を縮める。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
ふと、誰かが優しく俺の背中に触れた。
「大丈夫!?涼君。あなたは誰?涼君に何をしたの」
やすみだった。俺の異常に気がついて戻ってきてくれたようだった。
「君こそだれだよ?涼の彼女……とか?別に俺は何もしてない」
「私は……やすみ。涼君は私の大事なお友達。何もしてないのに涼君がこんなになるはすがないじゃない!何か酷いことをしたんじゃないの?」
「ふーん、
「嘘。挨拶をしただけでこんなになるはずがない!」
やすみは俺の右腕を強く握る。
「涼君、あっち行こ」
そう言うや、やすみは俺の腕を引いた。誘われるがままに俺は歩きだす。
「あのさ、やすみちゃんだっけ?まだ涼との話、終わってないんだけど」
「……」
「って無視かよ……まあいい。涼、近いうちに家に行くから、ゆっくり話をしよう!」
遠くになりつつある場所から、泰明はこちらに向けて叫んでいた。
それを後目に、やすみは俺を落ち着かせるように優しい声色で耳元で囁いた。
「涼君、もう大丈夫だからね」と
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