2-2
視界を遮るものが何もない、砂利が敷き詰められたガタガタの田んぼ道をゆっくりと自転車で進んでいく。こんな道を自転車で走るのは当然リスクがあるが……
「頼むからパンクしないでくれよ……」
この道なら誰にも会わなくて済むんだ。
当然、舗装された道だってあるのだけれど、この道を進むのが花火大会に向かう上での最低限の妥協策だった。
会場に着いてしまえばそうも言っていられないのかもしれないが。
もしかしたら、誰かに会ってしまうかも知れない。そんな恐怖が時折、顔を覗かせつつあったのだけど、今はただ前を向いて自転車をこぎ進める。
背後から差す容赦ない西日が、俺の背中を後押ししてくれているようだった。普段は顔を合わせないようにしているのに心が広いな、太陽は。
そんな事を考えながら自転車を漕いでいたら、遠くでパン、パンと二度、花火大会を知らせる空砲が打ちあがった。
後一時間で、花火大会が始まる。
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自転車を会場近くの公園に停めて、待ち合わせ場所に移動する。
それは商店街の入り口の看板前。
そこには既に到着していた見慣れないやすみの姿、そして傍らにはやすみに良く似た女性の姿もある。
声をかけるべきか躊躇していると、やすみがこちらに気がつき二言程、傍らの女性と会話を交わす。
女性はこちらに視線を向けると、一度お辞儀をしてやすみから離れていく。
良くわからずに俺も会釈を返していると、やすみがおぼつない足取りでカラカラと音を鳴らしながらこちらに近づいて来た。
「こんにちは?こんばんは?どっちかな?」
まだ太陽は完全には沈んでいないけれど時間は六時前、この場合は後者が正しいだろう。
「うーん、こんばんはじゃないか?」
「じゃあ、こんばんは!________で、何か言うことは無いの?」
やすみはその場でくるりと体を一回転させると、得意気な笑みを浮かべしゃなりとお辞儀。
「とても似合ってる。やすみって感じだな」
やすみが得意気になるのも無理はない。今日のやすみは普段のパジャマ姿とは違い浴衣姿なのだ。
白を基調とした淡い湊色のアサガオが咲き誇り、落ち着いた色彩は普段のやすみより幾分か大人びて見せる。
普段は肩口にかかる艶のある黒髪も、後ろ手にお団子でひとつに纏められている。
やすみはフフンと得意気に鼻を鳴らし控えめな胸を張る。
「さっき一緒に居たのは姉ちゃんとか?」
「え?違うよ、お母さん」
「はっ!本当かよ!?やすみのお母さんめちゃくちゃ若いな」
「おー、お世辞上手いね。お母さんが聞いたらきっと喜ぶよ」
「お世辞じゃないよ。実際に見た感想だ。それに美人だし」
「えへへそうでしょ?私と同じで美人なの」
そう言いながら舌を出しておどけて見せるやすみはいつものやすみで、年相応な少女の見せる表情だ。
そんなやすみの額に軽く手刀を打ち込んで商店街のさらにその先の会場を指差す。
「あほか、こんなところで話し込んでても仕方ないから早く行くぞ」
来たことはなかったのだけど聞いたことはあった。早く会場で席取りをしないと落ち着いて見ることができなくなってしまうと。
「いててー、暴力をふるうのは良くないと思うな」
俺の言いたい事が伝わっていないのだろう。やすみは動こうともしなければ、まだこのやり取りを続けようとしているように見える。
「そんなことやってる場合じゃない。場所が無くなるぞ」
花火大会はリア充がはびこる戦場なのだ。席取りは戦争と言っても良いくらいだと聞いた。
そこまで聞いてもやすみは動かない。むしろ涼しげな笑みを浮かべ、顔の前で人差し指を何度か振ってみせる。
「まだまだ甘いね、ワトソン君」
「ワトソン君……?誰だそれ。それに何が甘いんだよ」
鼻をフフンと再度鳴らすと、得意気に言ったんだ。
「とっておきの場所をお母さんから聞いてきたの」
で、ワトソン君って誰?
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