2-1
胡乱気な瞳の持ち主がこちらを見つめていた。
そして、また俺も同じような目付きでその人物の事を見ていることだろう。
なぜそんな事がわかるのかと言えば、俺の事を力ない瞳で見ている人物は俺自信で、鏡の前で身嗜みを整えている最中だからだ。
自分から言い出した事なのに、これから行わなければならない事が、とても億劫な事に感じられて、バックレてしまっても良いのではないかとも一瞬脳裏を過ったのだけれど、嬉々として待つやすみの姿を想像すると、それは憚られた。
「……しゃーない。覚悟を決めて行くか」
自分を鼓舞する為、両の掌で頬を打つとジンジンとした感覚と共に頬が赤く染まっていく。
「少しは見れる顔になったか……」
先程まではあまり良いとは言えなかった顔色も荒療治で少しはましになったと見える。
誰もいない部屋、一人気合いをいれて振り返る。窓から射し込む光が、とても眩しい。
普段なら昼間はカーテンを閉めきって太陽の光を見ることもない。活動時間も人が寝静まってからと決めていた。
まだ日も沈んでいない時間に家を出るのは中学三年のあの日以来か……
「ごちゃごちゃと考えてても仕方ないしな……」
まして、自分から言い出した事なのだ。責任がある。うだうだしているのは時間の無駄だ。
「よし!」
俺は一人気合いを入れると、その勢いのままに自室を飛び出した。
_______________________________________________
ある日の事だ。やすみは唐突にこんな事を言い出したのだ。
「ねえ、涼君。花火大会って行った事ある?」
「花火大会……?あー、小さい頃、母さんに連れられて行ったことが一度だけあったかな」
それは、かなり昔の事だった。保育園に通うようになるよりもさらに前の古い記憶。
たしか、あの日は雨が降りだして花火を見ることなく帰ったんだったけ……
やすみはむーと唸り、唇を尖らせると続けて
「いいなー。私、花火大会見たことないんだ……やっぱり生で見ると迫力凄いの!?圧倒されちゃう感じ!?」
興味深々に目を輝かせながら聞かれても、俺はその答えを持ち合わせていない。なんせ、
「俺も
「なーんだ。つまんないのー」
一気に俺から興味を失ったのか、手に握られている携帯電話へと視線を移す。
そんなやすみの気を引く為か、でもなと前置きをしてから俺は得意気に続ける。
「遠巻きになら見たことあるぞ。毎年のように」
隣の市では花火大会が毎年開催されているのだ。田舎町だから遮るものが何もないお陰で、その恩恵に預かれるのだ。
とは言ってもここから隣の市までは10キロ以上離れているせいで大輪の花と言える代物ではないが……音が、遅れて、聞こえてくるよ。
狙い通り、携帯電話に奪われていた視線がこちらに向く。
「えっ!?本当に!?でも……」
やすみは考え込むように視線を繰り、頤を下げる。そして一拍あってこちらに向き直り疑惑の目を向ける。
「遠巻きってどのくらい?」
「このくらい」
親指と人差し指を使って円を描く。その直径おおよそ三センチ。
「ちっちゃ!それ、見たって言えるの?私は言えないと思う。でも、それでも羨ましいな……」
サイズを確認して吐き捨てるように言うも、それでも羨ましいとやすみは言ったのだ、両肩をわかりやすく沈めて。
そういや、隣の市の花火大会は例年通りなら今月だったはずだ。詳しい日程はわからないが。
「……それなら、見に行くか?」
以前、やすみの願いを叶えてあげると約束をした。
命を救われたお返しが『花火大会に行く』こんな安いもので済むはずもないのだけど、落胆を隠せないやすみの姿を見ていたら、自然と言葉がついて出ていた。
「えっ、本気で言ってる?」
「ああ、本気だよ。でも、やすみにその気がないのなら無理にとは言わないけど……」
俺が言い終えるかどうかの瀬戸際で食いぎみにやすみは宣言をしたのだ。
「行く!絶対に行く。気が変わったなんて言っても許さないんだから!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます