最終話
『あらあら、見せつけてくれるわねっ』
どこからともなく声が聞こえてきて私達はハッと振り向いた。
そこにはずっと一人の妖艶な女性が机の上に座っていた。
鮮やかな赤の巻髪に新緑のような瞳。真っ赤な紅を指した唇は魅惑的で。つばの広い黒の帽子に胸元がばっちり開いたセクシーな黒のドレスを着る姿は生前と何一つ変わっておらず、私は思わず驚き叫んだ。
「ヴェ、ヴェロニカ!?」
『久しぶりね、セージ』
そう大魔女ヴェロニカは手をひらひらと振ると、にっこりと笑った。でもその手は良く見ればうっすらと透けている。
……生身の体ではない?
そう思っていると隣に立つコタが私に問いかけてきた。
「セージ、あの人は? ヴェロニカってまさか」
「そう、そのまさかだ。大魔女ヴェロニカだよ。……でもどうしてあなたがここに?」
私が聞くとヴェロニカは驚いた顔を見せた。
『どうしてってセージの呪いが解けたからよ。呪いが解けたら、あなたに一言言おうと思ってこうして思念を残していたの。でも、まさか私の呪いを解くのに五百年もかかるなんて思ってもみなかったわ。けど、ようやく貴方の最愛を見つけられたようね』
ヴェロニカは笑いながら言った。だから私は尋ねた、ずっと聞きたかったことを。
「ヴェロニカ、どうして私にあんな呪いをかけた。私はずっと」
『残していく貴方が心配だった』
「え?」
戸惑う私にヴェロニカは優しく微笑んだ。
『私がいなくなった後、一人になるセージが心配だったの。だからあなたを愛し、守ってくれる人が現れるまで身を守るようにと呪いを掛けたのよ。まさか苦しめるなんて思わずにね』
「私を、守る為に?」
『そうよ。私がいなくなった後、一人寂しく死んじゃうかもって思ったから。だから恋人ができるまでって事で呪いをかけたの。……ただ誤算だったのは私が死んだ一年後ぐらいには恋人でも作るかと思っていたのに、セージが随分と奥手で全然恋人を作らなかったことね』
「じゃあ、私を想って呪いを?」
私が問いかければヴェロニカは静かに頷いた。
『ええ。……でもセージ、貴方には余計に辛い思いをさせたわね。ごめんなさい』
ヴェロニカは申し訳なさそうに謝った。
……そうか、そうだったのか。どうして呪いを掛けたのかずっとわからなかったが、そういう事なら腑に落ちる。優しかったヴェロニカがどうして私に呪いをかけたのか。彼女なりの愛情だったのか。
そう思えば、自分がどうして呪いをかけたヴェロニカを憎めなかったのも分かった気がする。こうなる予感がしていたのかもしれない。それに五百年の時は長かったけれど、おかげで私はヴェロニカの言う通り、最愛に出会えた。
「いいや、私を想ってくれての事だったらいいんだ。それに五百年をかけてもいいぐらいの奴に出会えたから」
私はちらりとコタを見る。するとコタは嬉しそうに笑い「セージ!」と声を上げた。
『そう、よかったわ。セージ』
私達を見てヴェロニカは微笑んだ。そして満足したかのようにその姿がぽわぽわと光の粒になって消えていく。
「ヴェロニカ!」
『セージ、幸せになってね』
ヴェロニカは嬉しそうにしながら私に言い、その姿はあっという間にパッと散って消えてしまった。
「ヴェロニカ」
……あの言葉を言う為だけに思念を残していたのか。全くお人好しな魔女だよ、君は。
私は懐かしきヴェロニカとの日々を思い出しながら、くすっと微笑んだ。
でもそんな私をコタが急にぎゅっと抱き締めた。
「コタ?」
「……俺の方がセージを好きだから」
むすっとした声で言われ、私は思わずプハッと笑ってしまう。
「なんだ、ヴェロニカに嫉妬したのか?」
私が聞けばコタは口を閉ざした。だが、肯定を示しているのも同じだ。
「勘違いだよ。私とヴェロニカはそんな仲じゃない。戦友というか相方と言うか……。私の秘密を知りたいか?」
私が尋ねればコタは驚いた。
「え、秘密って?!」
食い気味に問いかけるコタに私は微笑む。
「今日の夜は長くなるぞ」
「いいよ、長くても! セージの事、もっと知りたい」
「物好きだな。じゃあ話してやろう。だけど……さっきの続きはいいのか?」
私が尋ねるとコタは目を瞬かせ、そして嬉しそうに笑った。
「勿論、キスをしてからだよ」
コタはそう言って私の頬に手を当てると、今度こそ私達は唇を重ねた。
――そしてその後、コタにヴェロニカだけが知っていた私の秘密を教えたのだった。
◇◇◇◇
――翌朝。朝日の光で私は目を覚ます。全く、昨日の騒ぎが嘘のように爽やかな朝だ。
……ふぁぁーっ、良く寝たな。
大きなあくびをして、背をぐーっと伸ばす。そして首を回し、顔をぐしぐしと手で擦る。
だがその時、背後に熱い視線を感じた。
……なんだ?
そう思って振り向けば、コタが私をじっと見ている。
……なんでそんなに私を見てるんだ? あれ? なんだかコタが大きく。あっ!
コタの姿がいつも以上に大きく見え、そこで私は気がついた。
気を抜いてうっかり本来の姿に戻っている事に!
「にゃっ!(げっ!)」
「本当に黒猫だ! 可愛い!!」
コタはそう言うなり私の体を持ち上げて、顔を擦りつけてきた。
「にゃ、にゃーっ!(や、やめろー!)」
そう叫んで離れようとするが、大の男から一匹の猫が離れられるわけもなく、コタはすりすりと顔を私の腹に擦りつける。
「柔らかいなぁ~! 昨日聞いた時は驚いたけど本当黒猫なんだね、セージ!」
コタは満足したのか顔を擦りつけるのを止めて、私を抱えたまま言った。
――そう私の秘密。それは本当の姿が黒猫だということ。
私は幼い頃、母猫とはぐれヴェロニカに拾われて育てられた。
それ以来ヴェロニカの使い魔の猫として生き、変身魔法を覚えて人間に化けるようになった。色々と人間の姿の方が便利だからな。でもその姿でいる内に、ヴェロニカの片腕やら、賢者やらと呼ばれるようになってしまった。私は本来、ただの黒猫だというのに。
……ま、もはや人間の姿でいる方が多いので本来の姿が猫だという事を忘れてしまう時もあるがな。
「――いいか! 今度私をこねくり回したら許さないからな!」
人の姿に戻った私は服を着込んで言った。しかしコタはニコニコしている。
「聞いてるのか!?」
「聞いてるよ。でもセージがあんなに可愛い黒猫ちゃんだなんて」
「か、かわ!? 目がおかしいんじゃないのか!?」
私は恥ずかしさのあまり顔を背けて口悪く言う。でもそんな私の頬にコタはキスをした。
「な!」
「呪いを解いてもキスをするって言ったよ?」
「だからって!」
「ね、セージ。そろそろ俺達、互いの人となりが分かったと思うんだけど。どうかな?」
コタはニコニコしたまま聞き、私は思い出す。結婚の申し込みの時に、私が言った言葉を。
『ともかく結婚は互いの人となりを見てからにしようじゃないか!』
「それはっ」
私が言い淀むとコタは私の手を握ってきた。
「大人の男になったし、ドラゴンも倒した、互いの人となりも分かったけど……他に何かある? まあ、あっても俺には関係ないけどね」
ニコニコしながら言われて私はぐうの音も出ない。きっと何を言ってもこいつは諦めないから。
「……全く、本当にお前と言うやつは信じられないやつだ」
「それほどでも」
「褒めてるわけじゃない。……だが約束は守ろう」
私が告げればコタの瞳が一段とキラキラと輝いた。
……この瞳を向けられた時が運の尽きだったのやもしれん。だが悪くはない。
私はフフッと笑って、嬉しそうなコタの顔を見つめた。
最愛の笑顔を。
◇◇
――――そうして二人は結婚し、森の家で仲睦まじく暮らした。
相変わらずセージのポーションは薬屋で良く売れ、家具職人になったコンスタンテが作る家具は丈夫さが有名になり、予約待ちになるほどに。
そして時折は仕事がてらラヴィンの街に二人で赴き、外食や買い物を楽しんだりした。ごく稀に、
恋の相談をしに第二王女が突然遊びにくるという珍事も起こったりしたが。
二人はそんな楽しい生活を送った。そして穏やかに過ごし、ゆっくりと年を重ねて数十年。
年老いたセージが先に亡くなり、その数年後、コンスタンテも後を追うように亡くなった。
だがセージが亡くなって数日、生前のコンスタンテの周りでは不思議な黒猫が見かけられるようになった。その猫はパッと現れてはいつの間にか消え、妙な黒猫に周りの人は不吉だと言った。
しかしコンスタンテだけは。
『そうか。俺には姿を見せてくれないけど、その猫なら良く知っているから大丈夫だよ。恥ずかしがり屋でちょっと臆病な可愛い黒猫だ』と笑い飛ばしたらしい。
そしてコンスタンテが亡くなってからは、まるで一緒にあの世に旅立ったかのようにその猫も見られなくなったのだった――。
終わり
呪いをといて 神谷レイン @rain-kamitani
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます