第6話 強制転移
――それから数日。
私は考え、ある一つの結論に辿り着いていた。
……やはり、最初からこうするべきだったんだ。
「セージ、どうしたの?」
夕食後、コタは私の顔を覗いて尋ねてきた。でも私の顔は浮かない。その表情を読み取ってか、コタは気まずそうな顔をして謝った。
「セージ、この前のこと怒ってる? あの時は急にごめん。つい気持ちが抑えきれなくなって……もう二度とあんなことをしない。絶対約束するよ」
しゅんっとした顔で私に言った。耳は今出していないのに、なぜか垂れた耳が見える気がする。
「いや、その事はいいんだ」
私が告げるとコタはパッと顔を明るくさせた。しかし次の私の言葉でコタの表情はより暗いものになった。
「コタ、やはり君とは結婚できない。すまないが明日、出て行って欲しい」
私がハッキリ告げると、まるでこの世の終わりのような顔をした。
「どうして!?」
「言葉の通りだ。君とは結婚できない、それだけだ」
「でも昔、約束してくれたじゃないか!」
「……それは、急にこんなオジサンな私と結婚したいと言った君を遠ざける為の嘘だったんだよ。まさか本当にドラゴンを倒してしまうなんて思わなかった」
「そんな、そんなの酷いよ!」
「わかっている。だから……もう私達は二度と会わない方がいい。ここにラヴィンの街に行く為のスクロールと、少ないが約一か月分の給料を入れてある。これを持って明日出て行ってくれ」
私は用意していた袋をテーブルの上に出して言った。
「一か月分の給金!? 俺はそんなものが欲しくて」
「わかっている。これはお礼みたいなものだ」
「いらないです。どうしてこんな急に? やっぱりあの日の事を怒ってるんですか?」
「……そうじゃない。私達は一緒にいない方がいいだけだ」
私が告げるとコタは眉間に深い皺を寄せた。
「そんなの納得できない!」
コタは絶対に聞かないという風に答えた。だから私は最終手段を使うしかなかった。
「そうか。なら、さよならだ」
私はそう言うと袖に隠していた杖を取り出し、呪文を唱える。
《フェリッセ・エリクサーム》
そうするとコタの立っている場所に魔法陣が現れた。
「セージ、何を!」
「強制送還魔法だ。お前をラヴィンの街へ送る」
「ま、待て! まだ話は!!」
コタは叫ぶが、私は聞かなかった。
「さようなら、コンスタンテ」
その言葉と共にコタは私の目の前から消えた。ラヴィンの街に送られたのだ。そして私はコタの荷物と先程渡した給金を一緒に包んで、同じように魔法で送りつけた。今頃、コタの元には荷物が届いているだろう。
「さて……面倒だが、また引っ越さなければな」
私はソファに腰を下ろし小さく呟いた。でもソファにはすっかりコタの匂いが染み付いてしまっていて、なんだか悲しくなる。
……仕方のない事なんだ。私は一つの場所に留まれないのだから。
「はぁ」
天井を仰ぎ、私はため息を吐いた。
――一方、強制転移させられたコタと言えば。
この前と同じようにラヴィンの街の城門近くに建てられた石碑前に送られ、数秒後、自分の荷物と渡された給金も届いた。それを見て思わず悪態をつく。
「セージめッ!」
ぐっと拳を握り、苛立ちを露わにした。
……俺がこれで諦めるとでも? そっちがそうなら、こっちももう手加減しないぞ!
そう思うが、その時タイミング良く後ろから声をかけられた。
「あの、もしや貴方はティーグレ様では?」
妙齢の紳士に声をかけられ、苛立ちながらも振り返ればその紳士の後ろに見慣れた紋章付きの豪華な馬車があった。
「……まさかッ!」
◇◇
「はぁ」
私はポーション作りの為のガラス瓶を箱に仕舞いながらため息を吐く。
魔法を使って家ごと引っ越すので荷造りは必要ないのだが、移動の衝撃で棚から物が落ちたりするので、壊れやすいものはいつもこうして箱に入れているのだ。
でも全く作業がはかどらない。コタの事だから全力でこの家に戻ってこようとするだろう。だから朝が明ける前に引っ越さなければいけないのだが……気が進まない。
……何度やっても気が乗らないな、引っ越しは。いや今回は特にだろうか?
そんなことを思いながら、もう何度目の引っ越しだろうかと考える。
何十回もあちこちを転々とし、これまでいろんな場所で生活をしてきた。でも私にあれほど執着してきた人間は彼女以外、あの子が初めてだった。
「一体、私の何が良かったのか」
一人呟きつつ、私は箱に蓋をした。
しかしその時、外に違和感を覚える。
……三人、いや五人いるか? こんな夜更けに誰だ? 動きに統率があって無駄がない。手練れか?
実は感知魔法を周囲にかけているので、侵入者の存在にすぐにわかった。
……狙いは私か、コタか。……恐らくコタだろうな。有名になれば命を狙われやすくなる。だが、もういないと言っても引き返しはしないだろう。それに目的が命かどうかわからない。様子をみる、か。……全く、こんな忙しい日に。
私は冷静に考えつつ、ふっと蝋燭の火を消した。
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