第5話 帰宅

 ――そしてあれよあれよと時間が過ぎ、夕方前。


 荷台を引いて城門前のベンチに行けば、そこにはたくさんの荷物を置いて待っているコタがいた。


「あ、セージ!」


 コタは私を見るなり嬉しそうに声を上げ、手を振った。


 ……よせ、止めろ! 目立つだろう!!


 そう思ったが幸いにも周りに人はおらず、コタに気がつく者はいなかった。


「待ったか?」

「うーん、ちょっと?」

「しかしすごい荷物だな。私はこんなに頼んでないが」

「それが断ったんだけど、お店の人やら街の人が色々くれて」


 えへへっとコタは頭を掻いて言った。


「なるほど。ともかく荷物を乗せてさっさと帰ろう。私も疲れた」

「あ、帰りは俺が引くよ。帰りならいいでしょ?」


 キラキラした目で見られ、特に断る理由もなく、久しぶりの街で疲れていたのもあって私は荷台の引手を渡した。


「どうぞ」

「ありがとう!」


 ……お礼を言われることはないんだか。むしろ帰りの方が重いのに。


 そう思うがコタはニコッと笑った。


「じゃ、帰ろうか」

「あ、ああ」


 私はとりあえず頷いた。

 当然帰りも城門は並ぶ必要もなく顔パスで通れ、行きとは違う別のスクロール鞄から取り出した。開けたスクロールの魔法陣には《アルファーク家の前》と文字が組み込まれている。


《ヴィレ・レパロ!》


 同じ呪文を唱え、眩しい閃光の後、目を開ければそこは我が家の目の前だ。近くには私が置いた魔法陣が彫られた石碑が置いてある。


 ……全く移動魔法は便利だ。


 私は本日二回目の感謝を大魔女に捧げる。


「はぁ、疲れた」

「荷台は隣の小屋の中にいれておけばいい? 荷物はどうする?」

「荷解きは明日する」

「わかった。セージは先に家の中でゆっくりしていて」


 コタはそう言うと早速荷物を運び出し、家の隣にある小さな小屋に荷台を引いていった。そこには疲れなんて微塵もない。


 ……若さと言うやつか。


 そんなことを思いながら私はコタに任せて先に家の中に入り、明かりをつける。そして肩掛けカバンを床に置くと、コタが寝台代わりに使っているソファにどさっと座った。


 ……今日はなんだか一段と疲れたな。体力の疲れと言うか、気疲れだな、これは。もう二度とアイツを連れて行くまい。


 そう思っているともうコタが戻ってきた。


「セージ、小屋に入れてきたよ。お茶でも飲む?」

「ああ、頼む」


 一言いえばコタはお湯を沸かし、手早くお茶を淹れ始めた。私はそれを眺め、今日聞いた話を思い出す。


 ……ドラゴン殺しの騎士様ね。副団長の座を蹴って、第二王女も振った硬派な男。こんな辺鄙な森に来て、こんなおっさんの相手をすることなんてなかったのに。地位も権力も意のままだっただろう。やっぱ、馬鹿なのか?


 私はうーんと考えてしまう。

 どう考えても、王女と結婚して副団長になる方がうま味しかない。


「セージ、腕を組んでどうしたの?」


 考え込んでいる内にいつの間にかコタが紅茶を淹れたマグカップを手に目の前に立っていた。


「あ、いや。考え事をな」


 そう言いつつ私はマグカップを受け取る。そうすればコタは自然と私の隣に座ってきた。狭いんだが……。


「何を考えてたの?」


 コタは不思議そうな顔をして私に問いかけてきた。だから正直に答える。


「お前の事だ。今日、行った店先でお前が副団長の座を蹴り、第二王女との結婚も棒に振ったと聞いてな。なんでそんな馬鹿な事をしたのかと考えていたのだ」

「馬鹿な事なんかじゃないよ」


 私が言えばコタは少しむっとした表情を見せた。


「だがどう考えても、おかしいだろう。こんな森に住んでいるオッサンのところに来るより、副団長という名誉も地位もある役職に就いて、美しい女性を妻に迎えた方が人生ずっと良かったはずだ」

「それはセージの意見で、俺は違う」


 コタに言われて視線を向ければ、真っすぐとこちらを見ていた。その真剣な眼差しに私は内心少々たじろぐ。


「だが」

「セージ、俺が本当に欲しいものはここにある。だから俺はここにいる、それだけだよ」


 コタは最後ににこっと微笑み、私は柄にもなくドキッとする。コタの言う本当に欲しいものと言うのが、私だと気がついてしまったから。


「そ、そうか」


 私は照れ臭さを隠すために紅茶を啜る。そしてそんな私にくすっと笑いながらもコタは務めて明るい声で私に問いかけた。


「それより、今日の夕飯は何にしようか。今日は疲れちゃったから、何か胃に優しいものでも作ろうかな」


 コタはそう言って立ち上がろうとした。だが、私はある事を思い出してそれを引き留める。


「あ、コタ。待て」

「ん、なに?」


 問いかけるコタに私はすぐ近くの鞄に手を伸ばし、ゴソゴソと中を探る。そしてお目当てのモノを見つけて取り出し、それはコタに渡した。


「ほら、日ごろのご褒美だ」


 そう言って私が渡したのはチョコがけされたクッキーだった。二十年前、コタが好んで食べていたクッキーだ。今日立ち寄った店先でたまたま見かけて、その事を思い出し、思わず買ってしまった代物だ。

 だから喜んでくれるかと思ったが、コタは固まっている。


 ……あ、つい買ってしまったが、今は食べないかもな。


「悪い。いらなかったらいいんだ」


 私はコタからクッキーを取り返そうとした。しかし素早くそれを拒否した。


「いります! 貰います!!」

「あ、そ、そうか?」

「ありがとう、セージ。嬉しいな、俺が好きだったのを覚えててくれたなんて」

「あー、いや。そのたまたま見かけてな?」


 正直にその通りだ、と言うのは恥ずかしくて私は曖昧に返事をした。しかしそんな私をコタは突然抱き締めてきた。ぎゅっとされて、また私の骨が軋む。


「ぐっ!」

「セージ、ありがとう!」

「いや、わかったから離せ」


 私が叫ぶとコタはすぐに開放した。しかし熱っぽい視線がこちらを見つめる。だからその瞳にこちらまでドキドキとしてしまう。


「お、おい?」

「セージ、好き」


 そう言うとコタは堪らなくなったとでも言いそうな顔で、ゆっくりと私に近づけてきた。私は内心焦りまくる。


 でもその時、忘れかけていたある人の言葉が脳裏を過った。



【貴方に呪いを掛けたわ。解けるのは愛する人とのキスだけ。貴方に見つけられるかしら?】



 だから、私はコタの手を離れて立ち上がった。


「ふ、風呂に入る!」

「え、あ、セージ?!」


 コタは私を引き留めようとしたが、私はそのまま風呂場へと逃げ込んだ。


「はぁー」


 私は大きく息を吐き天を仰ぎ、心の中で呟く。


 ……忘れてはいけない事なのに忘れていた。どうあっても私とは一緒に生きてはいけないんだよ、コタ。……なぜならずっと昔、私は大魔女ヴェロニカに呪いを掛けられたから――。


 私は妖艶な大魔女ヴェロニカを思い出した。





 ――その頃、王宮では第二王女の従者・サバンの元に報告が入っていた。


「なに? ティーグレがラヴィンの街に現れたと?」

「はい。本日報せがありました。なんでも四十過ぎの男と一緒だったそうです」


 部下が告げると、サバンの表情は険しくなる。


「四十過ぎの? 他に誰かいなかったのか?」

「はい、話では聞いておりません。男は二十年近く前に森に住み、ラヴィンの街でポーションを薬屋に卸しているそうです。恐らく魔法使いか錬金術師かと」

「その男に娘は?」

「家族はいません。一人で暮らしているそうです」

「しかし、その男はティーグレの求める相手の事を知っていそうだな。奴はここを出て行く時、結婚を申し込みに行くと言ったそうだからな。おかげで第二王女様は今も臥せっておられる」


 サバンはそう言うと暫く黙った後、部下に告げた。


「数日後、私と数名でその者のところへ行く。ティーグレがいない隙をついて奇襲をかけて、ティーグレの想い人やらを吐いてもらおう……そして」


 サバンは両手を組んだまま、それ以上は言わなかった。


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