第4話 薬屋

 ……やれやれ。門を簡単に抜けれたのは楽だったが、人に邪魔されて結局同じぐらいの時間になってしまったな。


 そう思いつつ、私は馴染みの薬屋に向かった。

 城門からは大通りを歩いて十分程度だ。私はすぐに薬屋に着き、荷台からポーションの箱を抱えてドアを開けた。

 すると六十過ぎであろう薬屋の親父がすぐに私に気がつき、声をかけてくる。


「お! 久しぶりだなぁ、アルファークの旦那。ちょうどポーションが切れそうなところだったのよ、タイミングいいな」


 薬屋の親父はにかっと笑って言った。ここの親父はいつ来てもこんな感じなので気兼ねしなくて助かる。


「久しぶりだ。ちょうど作り終えたので持ってきた」


 私はレジのカウンターに置き、蓋を開ける。そこにはいつも納品しているポーションがずらりと並ぶ。


「助かるよ。特にアルファークの旦那のポーションは効きがいいって人気だからな。作り方に何か特別な方法でもあるのかい?」

「いや、特には」

「ハハッ、まあ特別な方法を使ってても言わないか! とにかくありがとな、今お代を用意するから待っててくれ」


 親父は大きな口を開けて笑って言うと、ポーションの箱を持って奥に消えた。ポーションの代金はそれなりにするので金庫からお金を取ってくるのだ。

 なのでいつもこの短い時間を待つことになる。でも、退屈ではない。


「にゃー」


 足元を見れば、そこにはこの薬屋で飼われている灰色猫がすり寄ってきた。他の動物は苦手だが、猫は好きだ。私は身を屈ませ、よしよしとその狭い額を撫でる。


「相変わらずよく可愛がってもらっているようだな」


 毛艶のいい状態を見て言うと、猫は返事をするように「にゃ」と嬉しそうに答えた。しかしそこへ薬屋の親父が空き箱を持って戻ってきた。


「お待ちどーさま。おや、リロ。また表に出てきたのか? 本当、お前はアルファークの旦那が好きだな? アルファークの旦那だけですよ、リロがこんなに懐くの。うちの孫にも懐かないっていうのに。何か持ってるんですかい? またたびとか」


 薬屋の親父は不思議そうに言い、私はすくっと立ち上がる。


「いや、そういう訳ではないが、昔から猫には好かれる性質でね」

「そうなんですか。あ、こちら今回の代金です、あと前回ポーションを入れてきてくれた箱」

「ありがとう」


 私は先に札束のお金を受け取り、数を数える。薬屋の親父の事は信頼しているので、本当は数える必要はないが、まあフリみたいなものだ。


「ピッタリだな。ではこちらで月光草を一束と人魚の鱗を五枚、耳なし兎の乾燥肝を一つおくれ」


 私は貰ったばかりのお金からいくつかの札を出して薬屋の親父に言う。ここではポーションに使う材料も取り揃えているのだ。


「今、人魚の鱗は三枚しかないですけど、それでもいいですかね?」

「構わない」

「では、ただいま」


 薬屋の親父はカウンターの後ろにあるずらりと並んだ材料棚から迷うことなく頼んだものを出す。もうどこに何があるのか体がわかっているのだろう。

 でもその様子を眺めていると、ドアが開いた。振り返れば、この薬屋の奥さんがエプロンを付けたまま立っていた。どうやら着の身着のまま出て行って、今帰ってきたようだ。


「あら、いらっしゃい。アルファークさん」

「こんにちは、奥さん」

「ポーションを納品しに来てくれたのかしら、ありがとう」

「いえ、こちらもここで扱っていただき感謝してますよ。……ところで、どこかおでかけを?」


 私が話の流れから何気なく尋ねると、奥さんは目をキラキラさせた。なにやら嫌な予感。


「それがね、アルファークさん! 今、この街にあの有名なドラゴン殺しの騎士様が来てるのよ!」


 嬉々として言う奥さんに私は内心ドキリとする。まさか一緒に来たとは言えまい。


「へ、へぇ? そうなんですか?」

「実はアルファークの旦那が来る前に城門を今朝通ってきた常連さんが見たって話でねぇ。こいつはその話を聞いて、野次馬よろしく店をほっぽり出して見に行ったんですよ」

「だってあの有名な騎士様よ? どんな青年か気になるじゃない!」


 御年六十過ぎであろう奥さんは腰に手を当てて言った。


「へいへい。でも、もしかしたらアルファークの旦那も見てるかもしれませんよ」


 薬屋の親父に言われ、私は思わず棒読みで「そうかもしれないなー」と返す。

 今朝どころかここ三週間、毎日その顔を見ているのだから。

 でも適当な返事をした私に奥さんはきらりと目を光らせた。


「あら、もしかしてアルファークさん。騎士様のお話をよく知らないんじゃない?」

「え、まぁ」


 私はつい正直に答えた。まあ実際、知っているのは号外に載っていた記事だけだし、本人から詳しく聞いたことはなかった。


「良く知らないんじゃ。そんな反応になるのも仕方ないわ~! あのね、私の聞いた話じゃ、人々を苦しめるドラゴンを許せず、倒す為だけに騎士になったそうなのよ! その上、随分謙虚な方らしくねぇ。今回のドラゴン討伐で負傷した副団長の代わりにその座を勧められたらしいですけど、それを断ったとか。自分がなるより友人が適正だと言って!」

「へ、へぇ~?」


 ……『いや、それ私がドラゴン倒してこいって言ったからです』とは言えまい。それに副団長の座を譲ったのも面倒くさかったからでは。……そもそも謙虚とは。人の家に押しかけて結婚を申し込み、ずうずうしくも住み着く奴が謙虚か??


 私は噂話の尾ひれ背びれを間近で聞かされ、目をそぞろに動かす。だが奥さんは私の気持ちなど露も知らずに話を続けた。


「しかも騎士様は今回ドラゴン討伐の褒美に、あの美人と噂の第二王女様との結婚を王様に勧められたらしいんですけど、それも断ったらしいって話で。その理由が、好きない人がいるからって! 代わりに報償だけ貰って、あっさり騎士を辞めたとか。もう、今時珍しい硬派な人よね~ッ! 王族と結婚すれば、名誉も地位も確立されたものなのに、それを断るなんてなかなかできることじゃないわ!」


 奥さんは惚れ惚れとした顔で呟いた。


「で、本人を見てきたんだろ? どうだったんだ?」

「そっれが、もー、イイ男だったわよぉ! 私があと四十年若ければアタックしてたわ!」


 奥さんは頬に手を当てて言った。まるでその姿は乙女のよう。というか、四十年若返えらなくても、差し上げますと言いたいところだ。


「そうかい。なら午後はちゃんと仕事してくれよ? 全く……すみませんねぇ、アルファークの旦那。うちのがうるさくて」

「い、いや、元気があっていいんじゃないか?」


 私は少々顔を引きつらせながら言った。そして薬屋の親父が用意してくれた材料をポーションが入っていた空き箱に入れ、代金を支払った。


「また、よろしくお願いしますよ」

「ああ、また足りなくなりそうな時に持ってくるとしよう」

「お待ちしてますね」

「にゃー」

「ああ、また」


 私はお金を鞄に入れると空き箱を抱え、二人と一匹に別れを告げて薬屋を出た。


「ふぅ」


 思わずため息が出る。


 ……第二王女との結婚ねぇ。第二王女と言えば確かに美人だという話だ。その話を断って私の元に来るとは……馬鹿なのか?


 そう思いつつ私は材料が入った箱を荷台に乗せ、ゆっくりと引き始める。


 ……ともかく、買い出しが終わるまで出会わないことを祈ろう。ま、あっちは人だかりができてるだろうから遠目で見てもすぐにわかるだろう。絶対に避けて通ろう。


 心に決めて私は次の店へと向かったのだった。


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