第3話 転移魔法のスクロール

 ――しかし三週間後。


「セージ、ご飯できたよ」

「セージ、森で鹿を狩ってきた」

「セージ、掃除をしておいたから」

「セージ、肩でも揉もうか?」

「セージ、紅茶を淹れたよ。どうぞ」


 ……いや、めちゃくちゃ快適なんだが。そしていつの間にかタメ口に。


 私は淹れたての紅茶を啜りながら、窓辺でぼんやりと外を眺めた。外ではコタが洗濯物を干している。


 ……良く働くな。いや、働き過ぎでは??


 あれ以来コタは宣言通り、狭い家に住み込み、居間にあるソファにでかい体をはみ出して寝ている。そして朝早くに起きて私の為に朝食を作り、私の為に洗濯や掃除、家事を全て行ってくれている。

 おかげで部屋の中は常に綺麗で快適、コタの作る料理はおいしく。その上、あれからコタは『結婚』の文字を言わずに傍にいるだけで、基本的に静かだ。勿論、ある程度の会話はするが、会話の時も煩くなくて実に良い。


 ……うーん、ここまで快適になるとは。というかもはやこれでは同居と言うか、家政夫と主人と言う感じなんだが。


 そう思いつつ、私は紅茶の入ったマグカップを片手に仕事場である作業部屋に籠る。部屋には多くの薬草と瓶、そして鍋が置いてある。なぜかというと私が生業にしているのはポーション作りだからである。そして主に回復ポーションを作り、それを街の薬屋に下ろしている。

 私のポーションはなかなか良い値が付くのだ。まあプラスアルファ、森で採取した薬草も売ったりしているが。


 ……そろそろポーション作りの材料がないな。ポーションを入れる小瓶も少なくなって来たし、明日は久しぶりに街に行って色々と買い出しをするか。

 私は材料棚と備品箱を確認して、買い物リストを作っていく。


 ……一応、あいつにも街に行くことは伝えておかないとな。


 しかしその事を夕食の時に言えば、当然コタは付いていくと答え。

 面倒だったので『駄目だ』と言ったが、無言でうるうるとした目を終始ずっと向けられたので結局寝る前には『もー、わかったよ!』と仕方なく連れていくことになったのだった。



 ◇◇



 ――翌朝。朝食を食べた後、太陽の照り付ける庭に私はいた。


「準備はいいか?」


 私はポーションを入れた箱を一人で引く用の荷台に乗せ、隣に立つ身軽なコタに尋ねた。


「セージ。その荷台、俺が引こうか?」

「いや、いい。これは私の大事な商品だから」

「わかった」


 私が言えばコタは素直に聞き分けた。昨日もこれぐらい素直に聞いてくれたらよかったんだが、と思うがそれは口にせずに肩掛けに入れていた鞄からスクロールを取り出し、開く。そこには魔法陣が描かれ、《ラヴィン街城門前》と場所の名前が組み込まれていた。


 これは本来高度魔法に準ずる転移魔法が簡単に使えるスクロール。


 ラヴィン街の城門前にはこの魔法陣と同じ陣が彫られた石碑が建って折、このスクロールに呪文さえ唱えればその石碑の前まで移動ができる。そしてスクロールを持ち呪文を唱えた人物の肌に触れているモノも一緒に移動ができるのだ。それは物でも人でも。


 数百年前に偉大な大魔女が誰でも使える様にと作った代物である。全く便利で感謝に耐えない。これがなければ一日歩かねば街に着かないのだから……まあ隣にいる奴は更に距離のある王都から歩いてきたらしいのだが。


「セージ、どうかした?」

「いや、呪文を唱えるから私の右手の上に手を乗せなさい」

「はい」


 そう返事をすると、荷台の上に触れている私の右手の上にそっと手を重ねてきた。ごつごつして私より大きな手、剣士の手を。そして頬を染める……いや、なぜ頬を染める。しかし突っ込むのも面倒なので、見なかったことにした。


「乗せました」

「では、行くぞ。手を離すなよ」


 私はそう告げ、開いていたスクロールに呪文を唱えた。


《ヴィレ・レパロ!》


 呪文を唱えればすぐにスクロールに描かれている魔法陣がクルクルと動き、光輝いた。そして一瞬の閃光の後、眩しさに目を瞑り、目を開けた時には辺りの景色は一変していた。


「着いたな」


 目の前には大きな石碑。その下には《ラヴィン街城門前》と書かれ、街に入る城門前の草原に私達は立っていた。

 そして周りは私達と同じようにスクロールを使って移動してきた商人や旅人が何もなかったところに出現する。人に当たらないよう安全装置がスクロールには組み込まれてはいるが、邪魔になるので私は早速荷台を引いた。


「移動するぞ」

「はい!」


 私が言えば返事をして、雛の子よろしく後を大人しくついてきた。


 ……今日一日、こうして私に付いてくるつもりか。何もなければいいが。


 私はそう思ったが、当然何もないわけがなかった。

 ラヴィンの街は王都ではないにしろ、二番手ぐらいには大きな街なので城門には必ず門兵が立っている。そして身分証の確認と武器を持っていないか身体検査、街に何の目的で入るのかを聞く。なので、なかなか警備の整っている治安のよい街である。だが、そのおかげで入るのにとても時間がかかる。

 その上、街に入ろうとする人数は毎日多いので、朝から城門の前には長蛇の列。比較的早く来たのだが、今日も今日とて一時間コースの待ちになりそうだった。


 しかし先に身分証だけの確認をしに来た二人の門兵が私の隣にいる、奴の身分証を見た途端、声を上げた。


「ま、まさかあのティーグレさんッ!?」


 その声に周りはざわめき、二人の門兵はコタを門まで案内すると言い始めた。


「セージ、先に入っていいって」


 コタはにこっと笑うとそう私に言ってきた。どうやらドラゴンを倒した有名騎士様は顔パスでいいらしい。なので私はありがたく便乗させてもらった。

 しかし街の中に入れば噂を聞きつけた人々がコタに駆け寄り、話しかけ、道を塞ぐ……鬱陶しいったらない。


 なので私は荷台から袋と日用雑貨の買い物リスト、金の入った財布をコタに押しつける様に渡した。


「ここからは別行動だ。これを買ってきてくれ。終わったら城門前のベンチに集合だ」

「あ、セージ!」


 コタは寂しそうに私を呼んだが、無視して荷台を引き、早々に人の群れから離れた。


 

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