第2話 住みますね?
……一体、何の冗談なんだ。私と結婚したいだと? 聞き間違いか? 大体、なんで私の居場所を知っている。ここは王都から離れているんだぞ? ……仕事のし過ぎで幻覚を見たのかもしれん。うん、そうだ。もう今日は早く休もう。休んで、忘れよう。
私は頭を抱え、フラフラと寝室に行こうとした。
しかし向かおうとした直後、ドンドンッとドアが叩かれ、「セージ?」と呼ぶ声と共にガチャガチャとドアノブが回される音が響く。しかもその音は段々力強くなっていき、仕舞いには古い鍵はバキッと壊され、ドアが開いてしまった。
「ヒッ!」
「あ、ごめんなさい。鍵壊しちゃいました、後で修理します」
そう申し訳なさそうに言いつつも、男は立ち尽くす私にずんずんっと近寄ってきた。私も175㎝と身長はある方だが、男は190㎝以上あるのか目の前に立たれるだけで圧が強い。なのに、じっとこちらを見てくる。
「な、なんだ」
「セージ、俺の事を忘れてしまいました? 俺コンスタンテ、いえ、コタです。昔、セージの向かいの部屋に住んでいた子供の。よく裏庭のベンチで一緒に過ごしたんですけど覚えていないですか?」
自己紹介され、うるうると悲し気な顔をされてはなんだか居た堪れなくなる。
『覚えていない、帰ってくれ』と言ったらいいのだろうが、罪悪感で口は反対の事を告げていた。
「あー、そう言えばそんな子がいたような」
私が答えると男、いやコタは嬉しそうに微笑み、ぐっと顔を近づけてきた。
「思い出してくれました?!」
「あ、ああ。……だが、それは冗談なのだろう?」
私は花束を指さし、顔を引きつらせつつ尋ねた。しかしコタは首を横に振った。
「冗談なんかじゃありません。セージとの約束を守ったので、俺はここに来たんです」
「約束?」
私はその約束を覚えていたがとぼけた。だが私のおとぼけを許さないとでも言うようにコタはハッキリと告げた。
「そうです。セージは二十年前、ドラゴンを殺せるぐらい強くなったら結婚するって約束してくれたんです」
にっこりと笑って言われ、私は二十年前のあの時の”後の事”を思い出す。結婚を申し込まれ、断る口実に私はこんなことを言ってしまったのだ。
『お前が大人の男になって、ドラゴンでも殺せるぐらいの強くなっていたら次こそ結婚してやろう』
「じゃあ、ドラゴンの首を撥ねた剣士というのは……やっぱり」
「結構大変でしたけど、なんとか頑張りました」
コタは照れながら笑って私に言った。
……あれは同姓同名とかじゃなかったのか。しかし頑張って殺せるものじゃないだろう、ドラゴンだぞ! それより、なんであの時の私はあんなことを言ったんだッ、大馬鹿者め!!
私は二十年前の自分に悪口を言う。だが、そんな私の手をコタがぎゅっと握った。
「ヒッ!?」
「セージ、俺は約束通り大人の男になったしドラゴンも殺せるぐらい強くなりました。だから今度こそ、俺と結婚して下さい」
熱意のこもった瞳で見つめられ、私はたじろぐしかない。大体、今までこんな風に誰かに熱烈に告白された事も求婚された事もないのだ。
……そもそも、そもそもだ! どうして私なんだッ!
「あ、い、いや、その」
どう返したらいいか、言い淀む。勿論、私に結婚する気はない。だが、この目の前にいる男は二十年前の約束を守りドラゴンまで殺してきた野郎だ。
……断ったら何をされるかわからん。
という事で、私が言えたのはこんな言葉だけだった。
「わかった! しかし、二十年も会ってなかったんだ。私はお前の事を全然知らないし、お前も私の事を知らないだろう。ともかく結婚は互いの人となりを見てからにしようじゃないか!」
……大分苦しい言い訳だが、どうだ?!
私はじっとコタを見る。するとコタは顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。
「んー、そうですね。確かにそうかもしれません」
……食いついた!
「そうだろう! だからしばらくはどこかで会ったりして」
「じゃあ、俺もこの家に住みますね?」
「え゛っ!?」
思わぬ逆襲に私は驚き、コタは人の好さそうな笑顔を見せた。
「一緒に住んだ方が互いの事をより深く、早くわかるからいいでしょう?」
「いや、それはそうかもしれないが寝る場所なんて」
「俺、どこででも寝られるので大丈夫です。訓練で野営もたくさんしてきましたから」
「し、しかし、そう、騎士をやっているんだろう? こんな森の中から仕事に向かうなんて」
「ドラゴン討伐できたので、騎士は辞めてきました」
「辞めたッ?!」
「はい、ドラゴン討伐の為だけに騎士団に入ったので。これからは元々趣味だった家具職人になろうかと」
「カグショクニン!?」
……いや、決して家具職人をバカにしているわけではない。ただ、こいつはドラゴンを倒したほどの猛者なんだぞ!? 王国騎士団は何をしてるんだ、大馬鹿かっ!?
「なので、一緒に暮らしても全然問題ありません。退職金はたんまりもらいましたし、ドラゴンを倒したおかげで特別報償も頂いたので、一生分ぐらいの金なら持ってます」
ニコニコ笑顔で言われて私は目をそぞろに彷徨わせる。
「だが、こんな森の中で暮らすなんて、きっとつまらないぞ。やっぱり街で暮らした方が」
「セージがいるなら街より全然楽しいです! ……それとも一緒に暮らしたくないとか? そうですよねセージは昔から孤独を愛する人でしたね。でも、一緒にいても苦にならないように頑張りますから!」
……頑張らなくていい事を頑張らんでよい。
そう声を大にして言いたかったが、言えるわけもなく。そもそもが自分が蒔いてしまった種な訳で。
「そうか。わかった」
私はもう考えることや抵抗する事が面倒くさくなって、そう答えた。しかし、そうするとコタは花束をテーブルに置くと空いた両手でぎゅっと私を抱き締めてきた。力強い腕に私の骨が軋む。
「ぐっ!」
「セージ、嬉しいです! これからよろしくお願いしますッ!」
「わ、わかったから離せ、苦しい!」
「あ、すみませんっ」
コタは謝るとすぐに私を解放した。正直骨が折れるかと思った、ふぅ。
「とりあえず、壊してしまったドアを修理しますね」
コタはそう言うと破壊したドアに向かおうとした。けれどその前にテーブルに置いた花束をもう一度手に取ると、私に差し出した。
「これはセージに買ってきたんです。受け取ってください」
花束を押しつけられるように渡され、私は仕方なく受け取った。花の香りがふわりと香る。
……別に花は好きではないが。
「ありがとう」
一応お礼を言うとコタは照れたように頭を掻き、その後ドアに向かうとすぐに修理を始めた。
……一体、何なんだ。
怒涛の展開に呆気に取られつつ私は花束を手に困惑するばかりだった。でも心のどこかでこうも思っていた。
……一緒に住めば、きっと目が覚める事だろう。一週間、いや二週間もすれば『なかったことにして欲しい』と言うに違いない。……それまで私の我慢が続けばいいが。
そう思っていた。
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