第43話 あの人たちが、そうしてくれたように

〜約束を果たす時 太田サキ〜


サキはクスタの真正面に飛び出て言った。

「ごめんクスタ!忘れてた!あなたの事。ずっとずっと」

とにかく謝るしかない・・誤りは私の方だった。だから謝り続ける。

クスタの暗い目がこちらを向く。

「クスタってつけたのは私だった。だから・・本当にごめんなさい」

「今更・・なんだよ・・」

クスタの声はよく聞こえないが、目の奥に光が灯った・・気がした。

「少しは動揺するかな〜〜そうなったらやりやすくなるかな〜〜って思って言っただけなんだけど・・・まさかの新展開か?」

「かこの〜〜おとこ〜〜??つまり〜〜もとかれ〜〜??」

「違う!もう、とにかく・・やらなきゃならない理由がハッキリしたよ」

そう。ハッキリした。なぜ私なのか・・撒いた種、出た錆。自業自得。

覚悟が足りてなかった。どこか他人事が残っていた。でも、もう大丈夫だ。

できる。やるのだ。覚悟を決めて、佐川に『三角縁神獣鏡』を渡す。

「サキ、いけるのか?というかやって貰わないと・・」

「そろそろ〜〜限界かも〜〜」

「うん。二人ともありがとう。」

「それじゃあ・・サキ頼んだぞ!決めてくれ!」

「ご〜ご〜サキ〜」

佐川とカナが飛び上がりながら言葉をくれる。それに私は左手を挙げた。

挙げた手に集中・・・手に蒼い光がともる。

その蒼い光が空中にいる佐川の元へ・・『三角縁神獣鏡』に伸びていく。

蒼い光は鏡に飲み込まれ――膨れ――深青を含み四散して――――カナの元へ

そこからカナの纏う金色の光と混じり――クスタの閉じ込められた球体へ――

私の元へ――そして空間全体に――混じりあった色が走る

金色の球体を中心に――十字と円と四角――蒼・金・深青そして黒――

複雑に入り混じり組み込みあった立体曼荼羅が描かれる。

光は空間を走り、佐川とカナとに伝わり、そこからまた私へと流れ込んで・・

世界を包み満たす大いなる循環が完成した。

「やめて・・いやだよ・・とじこめられるのはもういやだ・・」

球体の中で、クスタが弱弱しくささやく。

ないているのかもしれない。

「だいじょうぶだよ。」

私はクスタに語りかける。

「閉じ込めたりはしない。私の中に入ってもらうの。だから、うまくいったら、ずっと私と一緒だよ。」

「・・・・ほんとう?」

クスタがつぶやいた。

「約束したよね・・一緒に外に出ようって」

「約束・・」

「うん。だから、今はおやすみなさい。」

十分な光を纏って、球体の中へ飛び込む。

強烈な光、いや、これは、闇が吸い込まれていっているのだ。

闇が無くなった場所から・・光が取り戻されていく。

クスタはゆっくりと目を閉じていく。

瞳が閉じきった瞬間、それは起こった。

光の逆流。

閃光。

循環に亀裂が入る。音もなく世界がズレる。

網が破られ、曼荼羅が破壊される。

吹き飛ばされる佐川とカナ。

一瞬の出来事だった。

その一瞬で、すべてが消えていく。

すべてが霞んでいく。

カナと佐川の意識が遠ざかっていく・・・そして・・・。

・・・・―――――――。

何も無い空間。

私の前には、ワタシが立っていた。


まわりには何も無い。色も、匂いも、何もかもが、透明の世界。

そこに、ワタシと私の、ふたりっきりだった。

ワタシは、私をにらんでいる。こんな顔できるんだ・・間抜けにもそう思う。

「私たち、ひとつの体に、戻ろう。」

私は語りかける。

「いやだ!今まで散々閉じ込めておいて!」

ワタシが言う。

「閉じ込めてなんか・・」

そういいながら、気がついていた。閉じ込めていた。

確かに、私はワタシを閉じ込めていた気がする。

様々なものを我慢してきた気がする。

あきらめていた気がする。

「ワタシが、本当の太田サキなんだ!あんたなんか・・・他人の顔色をうかがって、そいつに合わせた自分をつくって!そんなのワタシじゃない!」

ワタシの言葉は私に突き刺さる。的確に弱い所をえぐってくる。

「でも、そうしないと・・私は私でいられなかった。居場所がなかった」

動揺を隠せない。私の体が、透明に透けていく。

「そんなの、逃げてるだけ!心の中ではひどいこと思っているくせに、後でイライラするくせに、文句をいうくせに!その時だけ笑うなんて、嘘くさい!」

私のほうが、作られた自分・・やっぱりそうなんだ。

ワタシにはごまかせない。隠せない。嘘をつけない。

私の体が、どんどん現実感を無くしていく。

「やってみたいことも、はなからあきらめて、ルールを守って頭のいい振りして!それで何か得られた??」

何が得られたのだろうか・・私自身が感じていたこと。無理やり押さえ込んできたことが突きつけられる。

そんな中、私は感じ取っていた。これは、やっぱり私なんだと。

「仮面をかぶって、大人の仲間入りをしたつもり?そんな大人だったら、なりたくない!ならなくていい・・」

ワタシは涙をながしている。心の奥底に大切にしまってあったもの・・

「この世界から、出れなくたっていい。ワタシはワタシのまま、ずっと・・」

ワタシが泣きながら、言葉に詰まる。

私は、泣いているワタシに言った。これは答え合わせだ・・

「それだと、ひとりぼっちになっちゃうよ。」

いつだっただろう・・・見たことがある。

「あんたなんか!嫌い!みんな嫌い!私の前から消えて!」

ワタシが叫んでいる。なぜ・・・その答えは知っている。

この答えをもう、私はもらっている。体に暖かい何かが満たされていった。

「私は、私のことが好き。確かに昔は嫌いだった。でも今は、違う。やってみたいこともある。だから、消えることは出来ない。」

一言。一言。言葉にしていく。

「あなたはワタシ。私にはあなたが必要なの。明日が楽しみで仕方が無かったあの頃、見るものすべてが新しかったあの時。私たちはひとつだった。」

私の体は、透けることをやめて元の形を、取り戻していた。

良かった。これで、答えを渡せる。

私は、ワタシを抱きしめた。

強く。自分に出来る限りの思いをこめて。

あなたが必要だと伝わるように。

大切だと感じられるように。

強く、強く、抱きしめた。

自然と涙がこぼれる。

悲しくも無い。うれしいわけでもない。

ただ、自然と・・心が動いて、涙になる。

涙はほほを伝い、空間に、波紋を落とした。

あたたかい。暖かい涙。

あの人たちが、そうしてくれたように。

わたしはわたしをしっかりと抱きしめ続けた。


光――――闇。

色。音。匂い。感覚――――心。

すべてが混ざり、ひとつの形をとる。

何かが、話しかけてくる。

それは巨大な炊飯ジャーだった。魔法瓶もいる。

私の中の魔法使いたち。

その奥に。原始的なひかり。生命の塊。

十字と円が広がり、形をつくる。あれがすべての原型で、私自身。

つながっている部分。


小さく・・ワタシが・・言った。

「できるかな?私たち。」

私は答える。これは答え合わせ

「一歩ずつやっていこうよ。」

「転んだらどうする」

「起き上がってまた一歩」

「怪我をしたら」

「治ってからもう一歩」

「道が違ってたら」

「それもまた楽しい。楽しんだら違う道を探そう」

「疲れたら」

「休もう。休んだっていいと思う。」

「いつまで休むの」

「歩きたくなるまで・・でも歩く前に相談するね」

光と闇が混ざり合い溶けていく。

意識が深く、深く。もぐっていく。

そんな中、わたしたちはとても楽しい夢を見た。


自転車に乗った少年が、追いかけてきて、言う。

「おまえ、実におもしろい・・変なやつだな。」

その少年にわたしは言う

「いきなり何?!」

「作文だよ!じゃあな!」

少年はそういって、そのまま去ってしまう。

「あんたのほうが変なやつだ!」

わたしは後ろ姿にそう叫ぶ。

少年は手を振る。

かっこつけているつもりだけれど、いまいち決まっていなかった。

その姿がおかしくて、わたしは思わず笑っていた。


たわいも無い夢だけれど、妙に楽しい気持ちにさせてくれる夢だ。

そしてまた、意識が・・落ちていく。



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