第36話 たしかに目の前には何も無かった

〜古多摩町 太田サキ〜


丘は上から見ると、規則正しい形をしていた。

きれいな円形の丘。その一箇所。

そこだけ、妙に・・形がはっきりしている。

土が、広場のようにむき出しになっているのだ。

「したへ~~まいおりま~~~す」

カナが下降していく。

カナは、佐川が一言。

「ここでは、人間も空をとべるのだよ」

といっただけで、空を飛んだ。

単純なのか、佐川への信頼なのか、私には判断がつかない。

けれど、あらためてカナはすごい!と感じた。

そして、自分と比べてしまい・・すこし落ち込んだ。

「洞窟・・いや古墳だな・・」

佐川が言う。

広場に降り立つと、丘には、ぽっかりと穴が開いていた。

穴、というよりは通路。石が人工的に組み合わさっている。

何かが、口を開けている。そんな妄想を掻き立てる形だ。

「いくしか、無いんだよね・・」

誰にというわけでもなく話しかける。

「入り口が開いてるって事は、歓迎されてるみたいだしな。」

「こわいけど~~~いくときは~~いく~~それはいま〜〜」

カナの声はむしろワクワクしている感じに聞こえる。顔も同様だ。

佐川が近くにあった木の枝を取って、2、3回振り、感触を確かめた後に、ゆっくりと穴に近づいていく。

カナが佐川の後を追ってテコテコ歩いていく・・・特に怖がっている様子はない。完全に出遅れた私はその後ろ姿達を追っていく事になった。

外から見た丘の大きさは、それほどではなかった・・だが、やはりというか夢なのだから当たり前と言うべきか、内部の大きさは違うらしい。

綺麗に並べられた石の道はうっすらと光を帯びていて、歩くたびにその色を変化させる。

おかげで通路はぼんやりと明るかった。

はじめは恐る恐る進んでいたものの、いつしか皆の歩くリズムは安定していく。

何か危険なことはないだろうか?

クスタは無事かな?

ここはどこだろう?

もう一人の私・・様々な事を考え、時に話し合う。

その多くは答えが出せずに・・やがてその話も、尽きる。

そんな距離を歩いているのだが、道に変化は無い。

大きく螺旋を描きながら、ゆるやかに下へ、下へと、石の配列が並んでいる。

疲れはないが、自然とみんな無口になっていった。

また、同じくらいの距離を歩いたころ、先頭の佐川が足を止めた。

「どうしたの?」

「何も無い」

「じゃあどうして進まないのよ」

「だから何も無いんだって」

覗き込んでみると、たしかに目の前には何も無かった。

何も無い。文字そのままに、何も無いのだ。

石畳も、穴の続きも無く。

何かに削りとられたかのように、闇だけがある。

「どうなってるの~~~??るの〜〜??」

カナが私と佐川を交互に見る。

佐川は持っていた木の枝を、何も無い空間につきさしてみた。

「・・・・・・!!」

その空間に触れた部分から、木の枝は闇に溶けて見えなくなる。

あわてて、佐川が木の枝を引っ張る。

佐川の手の中に、差し出す前と、同じ長さの木の枝があった。

「どうやら、道が無いというよりも、闇のカーテンみたいなものがある感じだな」

佐川が木の枝を確認しながら言った。

「夢の中で見た、闇の世界・・・この中にクスタがいるのかしら・・」

独り言をつぶやきながら思い出す。

夢の中のクスタは暗い闇の中、一人ぼっちだった。

「ど~~する~~~?あたしは~~みんながいくなら~~~いかねばならぬなら〜〜いく〜??」

カナがいう。今度は、ちょっと不安そうだった。

どうしよう。

どうしたらいいんだろう。

私には、決められない。

闇というのは、本能的に危険な印象を受ける。

見ているだけで、何かが潜んでいそうな・・飛び出てきそうな・・

そんな気がしてしまう。

だけど、おそらくクスタと・・もう一人の私は、この中にいるに違いない。

もう一人の自分。

それが近くにいることはなんとなく感じる。

あの太田サキなら、迷わず決めて、闇の中を進んで行っただろう。

ワタシは大きな深呼吸を一つすると、カナの手を握った。

反対の手を佐川に差し出す。

闇の中、離れ離れにならないように。

「落とし穴でもあったら大変だからな。」

佐川がそういうと、ほんの少し浮き上がって私の手を握る。

「こうすると~~サキと~~同じ高さ~~」

カナが浮き上がりながら、微笑む。

手を握ると、しっかりと握り返される。

三人は、同時に、闇の中へ溶け込んでいった。



闇―――――――無音――――――闇。

上も下もわからない。佐川の声も、カナの声も聞こえない。

声をだすが、出した瞬間に・・・闇に溶けてしまう。

自分の体の中だけで、音が聞こえる。 

ただ、握っている手の感触だけが、存在している。

カナの手は、少し震えていて、時折ギュッと握ってくる。

そんな時は、やさしく握り返してみる。

手だけのコミュニケーションなのに、いつも以上に心が近く感じる。

佐川の手は、同じ感覚で力が入る。

3・3・7。

佐川なりの確認なのだろうが、ふざけているようにしか思えない。

ただ、こんな状況でもふざけられる佐川は、頼もしい存在でもある。

進んでいるのか、戻っているのか、自分が今立っているのかもわからない。

そんな闇の中を、もう一人の自分が感じれる方向へ・・飛ぶ。

すごく近くに感じたり、遠くなったりしたが、方向は変わらない。

・・・??

ふと、何かを感じて、動きを止めた。

―――――闇が、震えた?

そんな感覚を覚えた瞬間、足元から、闇が吹き上げてきた。

カナの手が離れそうになるのを、必死でつかむ。

闇は、ますます強く、濃くなり、もう耐えることができない。

手だけは・・離さないように・・

吹き飛ばされる瞬間、私はそのことだけを考えていた。

・・・・・・・―――――――――

暗闇に舞い上げられ、暗闇に落ちる。

自分の周りを、暗闇が回っているだけではないか?

そんなことを考える。

もう一人の私、その感覚だけが、自分の位置を知る唯一の手がかりだった。

私は、二人をちゃんとつかんでいるのだろうか・・

手のほうを見る。もちろん、見えるわけが無い。

そんな中、私の目は不思議なものを見た。

金色に光る目。

猛禽類を思わせるその目は、闇を切り裂き一点に向かい・・・消えた。

消えた場所から、一筋の糸。

これは、光。

糸が束ね合わさり・・太く、強くなっていく。

光のほうへ・・意識を集中して飛び上がる。

光の糸と光の糸が、織り合わさり、それが布になり、正方形を描く。

そこへ飛び込んだ瞬間。

膨大な量の、色と、音が、飛び込んできた。

一番強い色はオレンジ。これは・・日の光。

緑・・木々のざわめき。せみの鳴き声。鳥の声。鐘の。青・・海。空。

赤・・・・炎。黒の煙と灰色の砂・・・波の音。紅葉。黄。茶。

白・・雪景色と静寂。鈴の音。鐘の音。黒・・いや星空。

様々な季節の音が押し寄せては、消え・・そして静けさを取り戻す。

最後に残ったのは・・風が木の葉を通り抜けていく音だけだった。

「ここは・・・」

あたりを見渡す。

森の中に、ぽっかりと出来た庭。そんな印象を受ける。

芝生が広がり、円形のテーブルのようなものが置かれている。

そこから十字に道が伸び、また円形のテーブル。

「どこだ?ここは・・」

後ろから声がかかった。

振り返ると佐川がカナを背負っている。

「よかった、無事だったんだ!」

佐川に言うと

「また、この状態だけどな・・」

とカナを見て、いった。

「カナ!」

近寄って見てみる。

「ふも~~うも。うむ。」

妙なことを言いながら寝ている。

ほっぺたをつつくと、口がモグモグ動いている。

「ノンキなもんね・・」

私はほっぺたをつつき続けながらため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る