第16話 時計は16時48分を指したまま、止まっていた
〜PM16:23 太田サキ〜
音楽がなり、ドアが閉まる。いつも通り、なんの変化もなく電車は動きだした。
いつもの定位置にサキは立っているが、今日は一人ではない。
隣には、頼りになるのかならないのか不明の男、佐川がいる。
でも正直にいうと・・佐川がいなかったら、夢だと信じ込んで、何も行動に起こさなかっただろう。
佐川はメガネを中指で押し上げ、オレンジ色の光線を乱反射しながら、
「さて・・どうでるかな?」
とつぶやいている。何かの設定だろうか?
外の景色を見ながら、鞄をきつく握り締める。
鞄の中身は、古多摩町の地図。それから防災グッズの詰め合わせ・・これは父が用意していたものを借りてきた・・・何かの役に立つかもしれない。
後は、カナがおなかをすかせているかもしれないので、食料をつめた。
何を持っていくか悩み、部屋をひっくり返している間、
佐川はなにやらネットで調べ物をしていた。
しかし、準備が終わる頃には、薫とお茶なんか飲んでいる。
自分のやるべきことを解っている人は、ああなのだろうか?
佐川と居ると、自分と比べて落ち込む事が多い。
「おかあさんに、ちゃんと話してくればよかったかな?」
不安が押し寄せてくる。
「もう一度、心当たりを調べてくる、と言っておいたんだろ。大丈夫さ」
「でも、もしかしたら・・」
「行って、カナつれて、帰ってくる。それだけの事だよ。」
そう・・たったそれだけのことだ。『夢の中の町』でさえなければ。
尻手~~しって~~
アナウンスが入り、尻手駅へ到着する。
「尻なのか手なのか、尻の方という意味か・・・もっと詳しく教えてシリー」
いまいち緊張感の無い佐川に対してサキの緊張は高まっていた。
「次の駅。高架から地上へ戻った所にある・・はず。」
できれば、見つからないでほしい。でもカナは見つけたい。
矛盾した思いが心をギュっとつかむ。
「よし・・保険をかけるか」
そういうと佐川は、スマートフォンで何か操作をしている。
電車が動き出す。
窓の外は・・なんだか、明るすぎて、建物の輪郭がはっきりしない。
次第に地面が近づいてくるのを、なんとなく眺めていた。
不意に・・寄りかかっていたドアが開き、サキの身体は外へ倒れこんでいく。
地面が斜めに見える。首が絞まる。何がなんだかわからない。
「おい・・」
後ろから声がした。
振り返るとコートの襟を佐川がつかんでいる。
「どうやら・・一面はクリアーしたみたいだ。」
そう言う佐川の手を振り払い、見上げてみると
オレンジ色の光が差し込む中・・・駅の看板には「古多摩」と書いてあった。
駅は無人だった。
木造のホームだけが高い位置にあり、そのまま改札へとつながっている。
「えらくレトロだな~。映るかな・・」
佐川はそういって、スマホで写真を撮りながら改札へ歩いていく。佐川が歩くたびに、木がきしむ音が響く。
私はしばらくあたりを見渡していたが、佐川の後に続いた。
「さっき何していたの?保険って?」
佐川にきいてみる。
「ああ、カナに電話してみたんだ・・コール音だけで、出なかったけどね」
「なんで?急に?」
「この町とつながる可能性が高いだろ。」
平然と言う。
「あんたはいったい、何者なの?」
思わずつぶやくが、保険のおかげか否か、今「古多摩」駅に二人は立っている。
それだけは確かだった。
不思議と、不安な気持ちは消えていた。
というよりも懐かしい気持ちでいっぱいだった。
「正面の商店街に、路帆があるよ。」
自然とサキが先導する形になる。
工事をしている痕跡があるが、ここにも人の姿はない。
私たちの長い影だけが、町でゆらゆらと揺れている。
「休業中になっているぞ?」
佐川が後ろから覗き込んだ。
路帆のドアには、確かにその札がかかっている。
「おじさんが、病気で倒れたからね」
言った後、はっとした。
そう、このお店は、それが理由でなくなってしまう。
不安な気持ちが押し寄せてきた。
急いでドアを押すと・・
カラン コロン カラーーン
ドアは抵抗無く開いた。
路帆の店内にオレンジ色の光が差し込む。
「カナ?いるの?」
声をかけるが、反応は無い。
突然店内の電気がついた。
驚き、振り返ると・・佐川が、壁のスイッチを押していた。
「びっくりさせないでよ!」
おもわず声を荒げる。
「お、おお。悪かった。そんなにびっくりするとは思わなかったんで・・」
佐川は面食らった様子で答えた。
私も、なんで自分がこんなに緊張しているのかわからなかった。
「あ・・こっちこそ怒鳴って・・ごめん。」
「いいさ。それよりカナはいないみたいだな・・」
佐川が店の奥まで調べて、帰ってきた。
力が抜けて、おもわずカウンター席に座り込む。
「もしかしたら・・帰ったのかな?」
希望が口からこぼれる。
「だといいけどな・・」
佐川はそういうと、腕時計を見た。
電波を受けて時間を調節する、最新式の腕時計。
そう佐川が自慢していた時計だ。
「おい・・」
そういうと、佐川は時計を見せる。
「あ・・」
時計は16時48分を指したまま、止まっていた。
「日没だな・・・」
スマートフォンを出して見ると。圏外。
「とりあえず、カナを探すか」
「そうね。今は帰れそうにないし、ここが全てじゃないからね」
そう自分に言い聞かせて、店から外へ出た。
町は相変わらず、夕暮れ前。
佐川と一軒一軒店を調べて歩く。
サンエイストアー、和菓子の夢見堂、古本屋青春堂、オモチャのトミヤ、
おかしなことに、町にはやはり人がいない。
「何で人がいないのよ!いいかげん・・おかしくなりそう。」
「やっぱりな・・そうか」
愚痴っていると、佐川が不明なことをつぶやく。
独り言みたいだ・・佐川は手帳になにやら書き込むと・・動きを止めた。
目線の先には駄菓子屋がある。
?????
私の動きも止まる。見間違いだろうか?
・・・・店の奥で何かが動いた気がする。
佐川を見ると、佐川もうなずいた。
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