第13話 『喫茶・路帆』
〜AM /PM ??? 太田サキ〜
工事の音がやけにうるさい。
作業服を着た体格のいい男たちが、夕日を浴びながら
駅前商店街の道を掘り返している。
「ああやって工事している人たちの一部は、政府の依頼で埋蔵金を探しているんだ。」
クラスの男子がそう噂していた。
「じゃなきゃ、あんなにいろいろなところで年中工事なんかする必要がない。」
きっと言っている本人も、違うとわかっている噂だろう。
そんなことを思い出しながら、道を歩いていく。
工事しているのは喫茶店の前。
『喫茶・路帆』
おじさん・・というには年をとりすぎたマスターがやっているお店で、簡単な洋食もメニューにある。
「なんだ、お店あるじゃん。」
なんでそんなこと思ったんだろう。そして口に出したのだろう。
サキは路帆の扉を見つめながら、考え込んでいた。
カランコロンカラーン。
鐘の音が響き、背広姿の男性が店から出てきた。
マスターの声が店の中から聞こえる。
「ウインナーコーヒーってのは、生クリームが乗ってんだよ。ソーセージは入ってないよ」
サキはなんだか懐かしくなってクスリと笑った。
ここのマスターは小さいころに私が勘違いしたことを良く覚えていて、
あうたびに、「ソーセージコーヒーのんでいくかい?」と声をかけてくれる。
「うわ~~、おいしそ~~。でも何でういんなあーっていうんですか~~」
奥から間延びした声が聞こえてくる。
工事の音はいつの間にか消えていた。
扉は開いたままだ。思わず扉に近づく。
店の中、カウンターに一人の女の子が座っている。
コウモリのカチューシャ。黒いコート。縞々のニーソックス。
どこかで鳥が羽ばたく音が聞こえた。
〜午前五時四十八分 佐川鷹志〜
電話がなっている。
佐川鷹志は、ベットの枕元にあるメガネを手探りで探し出し、時計を見る。
午前5時48分・・・
カーテンの隙間からは、空が薄紫色に変わっていくのが見える。
日の出が近いのだろう。
鷹志はスマートフォンの通話ボタンを押し、布団にくるまった。
「俺が裁判長じゃなくて良かったな。危うく死刑にするところだった」
「お~~たかし~~?ねてたの~~?」
「育ちたい良い子は、寝てる時間だよ。カナ君」
「おつかれだね~~」
「いや、そうでもないさ」
「ちょっと~~聞きたいことがあって~~」
「ふうむ。なんだね」
「ういんなあこ~ひ~ってなんでういんな~~なの~???」
「なるほど、カナ君にとっては、ものすごい疑問だねえ」
話しているうちに、頭の中はだいぶ冷静になってきた。
今話しているのはカナだ。それは間違いない。
しかし、たしかカナは、昨日謎の失踪をしたはずではなかっただろうか?
「ウイーンの人が飲んでいたコーヒーを真似たからって説が有力だが、俺は造るときにウイーーンって音がする自動のコーヒーメーカーができたときに、コーヒー通の人たちがこれはまずい!飲めたものじゃないってクリームを乗っけたのが始まりだと思うよ。」
「たしかに~~あの音はウイーーンってきこえる~~」
「ところでカナ君。もう家には帰っているのかな?」
「えっと~~。実は~~今日はサキのうちにとまるのだ~~ぱんぱかぱ~ん」
どうも話が飲み込めない。
いや、カナの話が飲み込めないのはいつものことなのだが、いつもは想像と分析で、何とかなるレベルだ。
雑音が通話に混じっているのが、妙に耳障りだ。
電話の向こうではカナが
「どんどんどん ぱふぱふ・・げほっ」とむせこんでいる。
「いいね~。女の友情をふかめるわけだ。」
鷹志は慎重に言葉を選びながら、質問を続けた。
「サキのうちってどこにあるの?」
「えっと~川崎から~南武線で二駅の~~こだま?ってえき~~。あ・・」
雑音がひどくなった。
「電波・・・ない・・かも~~。・・・」
それで、通話が切れる。
一呼吸おいて頭を整理した後、何度かカナにかけ直してみる。
しかし聞こえてくるのは。
「電波の届かないところに・・・」
無機質で、はっきりとした女性の声だけだ。
カーテンの隙間からはいった太陽光。
その光がカッターナイフのように部屋の床を突き刺していた。
しばらく考えていると、また電話が鳴る。
ディスプレイには太田サキの名前が表示されていた。
「佐川?」
「カナから、連絡があったのか?」
「え?なんでしってるの?」
「こっちにも、あったからな。」
「え?そうなの?・・・なんですぐ知らせてくれないの!」
「今さっきあったんだって!」
「今さっき!・・そっか・・よかった。無事なんだね・・」
「まあ、無事そうではあったけどな・・」
「あったけどな・・って何?」
「電波が悪くなって途中で切れたんだけど、その後何度かけてもつながらないんだ。」
沈黙。パソコンを立ち上げた音が、鷹志の部屋に低く。重く。響く。
作業を続けながら、サキにさっきからの疑問を質問をする事にした。
「サキの家って、矢向だよな?」
「え・・うん。そうだけど」
「南武線にコダマって駅あるか?」
また沈黙が流れる。
南武線の駅名をインターネットで検索して、名前が無いのを確認しながら
「カナが電話でそこにいるって言ってたんだけど・・そんな駅ないよなあ・・」
とサキに同意を求める。
「あるはず無いよ・・」
返ってきたサキの声は震えていた。
「もしもし・・どうかしたか?」
返事が無い、スマートフォンからはガタガタと何かを開けるような音。
「もしもし?」
もう一度聞いてみた。
やはり返事は無い。紙か何かをめくるような音が流れてくる。
しかたなく、スマートフォンをスピーカーに設定して、パソコンでコダマという文字を変換してみる。
こだま・コダマ・小玉・木霊・児玉・木魂・子駄魔・・・・
組み合わせは果てしなくなりそうだ。
「もしもし、佐川?」
「なんだ?」
どうやらサキが落ち着いたらしい。
「カナのいる場所がわかったかもしれない。・・・でも、うまく伝える自信が無いから、会いたいんだけど、大丈夫かな?」
落ち着いて、ゆっくりとしゃべるサキの声は、不安と困惑とが入り混じったような感じに聞こえた。
「わかった。家まで行けばいいのか?」
「来てくれるの?」
サキの声が一瞬うれしそうな音になった。
「カナも心配だしな」
そういうと、少し可笑しくなった。
「まるで、俺が委員長に、愛の告白をされるみたいだな、この会話」
「あんたってホント、なんていうか・・バカ!!」
耳がキーンとなる。少しは元気が出ただろうか?
「矢向着いたら電話するよ。じゃあまた!」
そういうと電話を切る。その切る寸前に、
「・・・でもありがとう。」
サキの声で、小さく聞こえた。
「さて、必要なものは何だろう?」
シャワーを浴びながら、考える。暖かいお湯が体の細胞を活性化させていき、隅々まで血がめぐっていく。
今わかっていることは、少しだけだ。
カナが消えた事 『こだま』という駅。
ウインナーコーヒー・・これはおそらく重要ではないだろう。
シャワーから出ると、固形総合栄養食を口にくわえて、服を着ていく。
考えるにも、情報が少なすぎだな。
とりあえず、サキに会おう。
サキの様子・・これが鍵なのかもしれない。
佐川鷹志は、なんとなくそう直感していた。
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