第12話 声が震えて、泣き出しそうになる
〜PM8:12 太田サキ〜
玄関のドアの鍵が閉まる。そしてまた開く。
そんな音をサキはリビングで聞いていた。
もともと開いていたドアを、開けようとして、閉めてしまったのだろう。
ドアを開けて父と、自称・薫が帰ってきた。
「無用心だぞ~。鍵は閉めとかないと、かわいい子供たちに何かあったかと思うと・・父さんは心配で心配で・・酒も飲めやしない。土産だぞ〜〜」
かなり飲んできた様子。
手には寿司折を持っているが、中身が何かはわからない。
あれは父の『マイ寿司折形土産用弁当箱』だからだ。
「ただいま~~。あれ?彼女は?」
薫(母)は酒豪だ。
お酒を飲んでもいつもと変わらない。・・つまりいつも、ふざけた女性だ。
「電話も通じないし、待ち合わせ場所にもいなかった。」
サキはカップラーメンのゴミを捨てながら、口を尖らせてそういった。
「あら~。家には電話してみたの?」
「してないし、向こうから連絡してこない限り、するつもりも無い。」
そういって、リビングの椅子に膝を抱えて座り、テレビをつける。
待ち合わせ場所にカナはいなかったし、何度かけても「電波の届かないところに・・」と無機質な女性の声が聞こえてくるだけだった。
薫はそんなサキの様子を見た後に、テーブルの上で開いたまま放置されている
スマートフォンを見て、クスリと小さくわらう。
薫は自分のガラケーを取り出し電話をかけ始めた。
「・・もしもし・・・・・」
一瞬薫の空気が変わった気がした。
どこに電話をかけているのだろうか?
電話を切ると薫は、急に真面目な声でいった。
「サキ、カナって子は彼氏がいるの?」
急な質問。
「え、と、いないと思う。好きな人はいるけど・・」
つい正直に答えてしまう。
「その人に、カナが一緒にいるか聞いてみなさい。」
薫はそういってサキのスマートフォンを机から取り、渡してくる。
薫があまりにまじめに言うので、思わず、佐川に電話をかけていた。
暫くの着信音の後、佐川の声がスマートフォンから聞こえる。
「だれだ!」
「え・・サキだけど」
着信でわかるはずなのに、思わず、答えてしまう。
「どちらのサキさんで?」
「同級生の太田サキです。」
「いつの同級生かな?」
「今の、同じクラスの・・」
「ほお・・出席番号は?」
「3番です」
「君は炊飯ジャーについてどう考えている?」
・・これはからかわれている?
「どうした?答えないのか?では魔法瓶に・・」
ようやく気がつき、声のトーンを落として言う。
「そっちこそ、質問にこたえなさい。今、カナと一緒にいる?」
暫くの沈黙。
「いや、ハロウィンの後はあっていないけど、何かあったのか?」
何かあったのか?と聞かれて、恐ろしい考えで心がざわつくのを感じた。
何かあったのかもしれない。
カナは嘘をついて私を呼び出したり、何も言わずに待ち合わせから帰ったりするような人間ではない。と思う。裏に佐川がいないならなおさらだ。
むしろ迷子になったり、誰かに連れ去られたりするほうが、可能性がたかい。
今、何時だろう?・・・時計は8時21分・・
最後の着信から、ずいぶん時間がたってしまっている。
「おい、どうした?」
電話から佐川の声が聞こえる。
私は電話を握り締めたまま、薫に聞いた。
「電話していたのって、カナの家?」
薫はうなずき。そして、こういった。
「留守電になってたわ・・」
「それって、帰ってないってことだよね!」
声が震えて、泣き出しそうになる。
「その様子だと、彼氏と一緒ってわけではなさそうね。あんたはもう一度探してきなさい。」
薫の言葉に、我をとりもどす。
コートと自転車の鍵を掴むと、体はすでに外へ飛び出していた。
〜PM9:01 太田サキ〜
「で、カナがいなくなったかもしれないわけだ。」
「誰かに誘拐されたのかも・・」
「いや、カナには護身術を仕込んである。よっぽどの相手じゃない限り大丈夫だ」
「え?そうなの?でもよっぽどの相手だったら・」
「とにかく今出来ることをやろう。一旦整理してみようか」
佐川は冷静だった。
「電話があったのが、四時半ごろ。で、今は9時か・・」
自転車を飛ばし、矢向駅に着いたがカナの姿は見当たらず、もう一度電話をかけてみようとスマートフォンを見ると、ディスプレイは「通話中」となっていた。
佐川は切らずに待っていてくれたらしい。一瞬、通話料金が頭によぎるが、何よりも相談できる相手がいることが、サキにとってはありがたかった。
「こっちもカナの友達関係に、電話してみるよ。」
そういって佐川は電話を切る。交友関係の広い佐川なら、当てにできるだろう。
とりあえず、佐川からの連絡を待っている間に、矢向駅から伸びる商店街のお店を一軒一軒たずねて回ってみることにした。
携帯の写メを店員に見せる。
今日とった写真の中で、カナはお得意の角度で微笑んでいる。
店員は奥の店員にも聞いてくれるが、どうやら見ていないらしい。
店を出ると、泣きそうになりながら、通りを見渡す。
この先の店は飲み屋ばかりで、カナは立ち寄りそうにない。
でも開いている店には念のため聞き込みにまわる。
さらにその先・・・ここから先は、店自体がなくなってしまう。
街灯も少なく・・暗い道が続いている。
そのとき、握り締めていたスマートフォンが振動して
「ひゃっ」
サキは思わずスマートフォンを落としそうになる。
振動とともに流れる「もりのくまさん」の陽気なメロディー
・・・今は気分をイラつかせる。
「カナ?」
短く呟き慌てて確認するが、ディスプレイの表示は母だ。
「サキ、いったん帰ってきなさい。」
そういうと通話はすぐに切れた。
自転車にまたがり、家へとこぎ始める。何も考えられない。
帰る途中・・踏み切りの上に大きな黒い鳥がとまっているのが目に入った。
〜PM11:56 太田サキ〜
「こっちも収穫はなし、誰もしらないってさ。」
佐川の声も元気が無い。
「とりあえず、カナから連絡があるかもしれないから、きるね・・」
自分のベットの上で、膝を抱えながら、佐川との通話を終える。
カナは見つかっていない。
カナの家も、何度かけても留守電で、誰も出ない。
時計は12時を回ろうとしていた。
自分にできることは、待つことだけだ。
スマートフォンを開き、もう一度確認する。
新着メッセージ・・一軒。
いつ着たメッセージだろう?きていたのかもしれないが、どうも覚えが無い。
何気なくあて先を見ると・・カナだ。
・・・カナ?一瞬見間違いかと思う。
やはりカナのスマートフォンから送られているメッセージだ。
送信時刻は16:46分。
ちょうど私が駅に向かっている時間だ。
『件名 駅前の☆
用件 路帆っていうコーヒー屋さんにいるよ~。ういんなーこ~ひ~ってなんだろ~??』
間違いなくカナから送られてきたメッセージだろう。
小さなことだったが、大きな手がかりに思えて、大急ぎで薫に報告する。
しかし薫は、眉間にしわを寄せてこういった。
「路帆ってお店、サキが中学のころにつぶれて、今は違うお店になってるはずだけど・・」
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