第5話 ほぼ、毎日見ている。

〜PМ4:35 太田サキ〜


川崎アゼリア・・・現在、日本で3番目に大きな地下街・・・

初めて来た時は、なんだか素敵で面白くワクワクさせてくれる所だった。

でも1人で来て、何度となく迷ううちに、嫌いな場所のひとつになった。

どの角を曲がっても同じ景色というのが、サキを混乱させる。

特に入っている店舗が変わったりすると混乱に拍車がかかる。

時計のデジタル表示を見ながら、ハロウィンのパンフレットを抱え

川崎駅へ向かう矢印の看板をたどりながら

『私は何でこんなことをしているのだろう?』

とふと疑問に思う。

歩くリズムに合わせて、疑問は不満に変わり、諦めへと落ち着く。

確かに私は部活に入っていないし、放課後、特に予定もなかった。

しかも川崎は、帰り道の乗換駅。定期もある。

「だからといって、ハロウィンの下調べを全部私がやる理由にはならない!」

いつのまにか、考えていることが口からこぼれていた。


ホームルームが終わり、今日は何をしようと考えながら帰り支度をしていた。

そこを佐川に呼び止められたのが始まりだ。

「待ちたまえ委員長!・・君に大事な任務を言い渡す」

口の前で手を組んだ佐川が椅子に座って、重々しげに言うと

佐川のメガネが光った。・・確かに光っている。

後ろではカナが、スマホのライトを使い逆光?のような演出をしている。

カナはどこへ向かっているのだろう?

少なくともそこは恋人のポジションでは無い。

「・・やだ!」

小さく言って、サキは帰り支度を続けた。

「ふふふ・・・そんなことを言ってもいいのかな?」

意味ありげに佐川が右手をあげる。

そこにカナが一枚のプリントを渡す。そして佐川がそれを私に渡す。

カナが直接くれればいいのに。

プリントには小学生が書いたような文章と炊飯ジャーの絵・・炊飯ジャーと書いてあるから炊飯ジャーだとわかる。

そして・・太田サキという署名・・・

「楽しく読ませて・・モグァ!!」

喋ろうとした佐川の口にプリントを押し込み、よーくモグモグさせながら私は笑顔で言った。

「任務ってのは何??」

そして現在に至る。


「だいたいあんた達のデートじゃない!」

独り言は直そうと思っている癖のひとつだけれど、今はそんなこと関係ない。

「『お願いは聞いたけど、やると了解はしていない!』っていってやろう・・」

驚くカナと佐川の顔が浮かぶ・・・しかしうまく言えるだろうか?

・・多分無理だろう。

ブツクサひとり言をいいながら地下街を歩く。

長いエスカレーターをあがり、短いエスカレーターもあがる。

時計台が見える。その左右が改札と切符売り場。

奥がラゾーナ。巨大ショッピングモール。

左に曲がり、無意識に鞄から定期券を出し、自動改札を叩く。

ピっと電子音がしてドアが開く。

右へ進むと南武線。いつもと同じ道を通り、ホームへと降りる。

と、ちょうど電車が出て行った後らしい。止まっている1番線の電車に乗り込む。

南武線は1番線と2番線。

川崎駅が始点で終点のため、電車が、どちらかに一台は止まっている事が多い。

もう一台が反対のホームに到着すると、この電車が出発する。

大体がそんな時刻表だ。

短い時間しか乗らないので、席には座らず、かどに寄りかかって外を見る。

いつもと同じ場所・・発車のメロディーがなり、ドアがしまる。

動き出した景色をながめながら、私はまた、夢の事を思い出す。


この景色。そう、大体いつもこのぐらいの時間。太陽が低くなり、日差しが一直線上に、目に飛び込んでくる。

小さいころの私はいつもこの場所に立っていて、まぶしそうに目を細めながら外を見ていたのだろう。

次は~尻手~しって~

聞き取りづらいアナウンスが、耳に入る。

次は尻手駅。

この駅も不思議な駅だ。変な名前であるし、変な場所にある。

前に父がくだらない事を言っていた

「尻手駅の駅員は痴漢を捕まえたくてしょうがないんだ。すぐにニュースになるからな」

くだらないと思いつつネットで調べたら過去に捕まった人がいた。

ニュースにもなっていた。ちょっと時間を無駄にした気がした。


電車が止まり、反対側の扉が開く。

何人かの乗り降りがあり、扉がしまる。

ほんの少しの不安を抱きながら、高架になっていた線路が、地面の高さまで降りていくのを目で追う。

アナウンスが入る。

次は~やこう~矢向・・

「ふ~~~~」

止めていた息が漏れる。

そう、次は矢向。

矢向までは、川崎から2駅。

なぜ夢の中の私は3駅だと思っているのだろう・・・・

いや、夢の中では確かにもう一駅あるのだ。

矢向と尻手のあいだにもう一駅。

そしてその駅では、武蔵小杉まで左のドアが開くはずの南武線で・・

・・右のドアが開く。

・・・・所詮夢のはなしだ。

プシーーー。

気の抜けた音がしてドアが開く。


その夢を最近は『ほぼ、毎日見ている。』

夢が何かを意味しているような気がして、ふと考え込んでしまうのだ。


🎵〜〜♪〜〜ドアガシマリマスゴチュウイクダサイ。

電子音声が響く。

ハッとわれに返り、ドアから外へすべりでる。

危うく乗り過ごす所だ。

周りを気にして、ちょっと早足になる。

改札を出て左、開いたばかりの踏切を渡る。

・・・渡りきったところで、ようやく足取りがいつものペースを取り戻した。

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