第326話

呆然とするミラージュの兵士達。


「い、今のは……?」


一人の兵士がそう呟くと、


「はっ!?お、追えぇぇ!!」


その指示に困惑する兵士達。


「追えと言われましても……」


既に自分達の上をジャンプし通り過ぎていった存在は、はるか先へと凄まじい速度で移動していたのだから。


呆然とする兵士達を余所に、ラグナはちょっぴりテンションが上がっていた。


『最初は怖かったけど、慣れてきたら楽しいかも!』


気分はバイクでかっ飛ばしている感じ。


魔力障壁を常に展開しながら爆走していた。


最初は魔力障壁を展開せずに移動していたのだが……


速度をあげればあげるほど、凄まじい風圧に襲われた。


それに砂埃が目に入り、移動を止めたことも。


それを解決するためのごり押しが魔力障壁だった。


魔力障壁を前方に展開する事で、直接自身に風が当たるのを防いでいた。


こうしてミラージュの兵士達を引き離し、ガッデスへと高速移動する事が出来ていたのだった。


ラグナが全力で向かっている事など知らぬガッデスでは、


「ありったけの武器を積めぇ!!」


「食料も積めるだけ積むんだ!!急げ、急げ!!」


「酒は積んだか!?」



「積めるほど酒なんて残ってないらしいぞ!!」


「なんじゃと!?くそっ、ミラージュの連中なぞ、皆殺しじゃぁ!!」


とやや酒不足気味のせいもあって国全体が殺気立っている。


そして不思議といつも以上に物事は進み、ドワーフ達にしては珍しくあっという間に反攻作戦への準備が完了した。


「よし!いつでも出れるぞ!」


「おう!俺達に任せときな!ガッデスの誇りにかけて、ミラージュのクソ共を蹴散らしてやるぜ!」


出陣の準備が完了したとの報告を受けたガッデス王は、兵士達の前へと姿を表すと、


「ガッデスの民よ!今こそ反撃の時だ!我らの力を見せつけてやれ!!」


「「おおぉぉ!!!」」


「ガッデス軍出撃じ「ちょっとまてぇぇぇ!!」」


ガッデス王が出撃の合図を出す直前、何者かが大声で声を被せて来たのだった。


「何ヤツじゃ!?」


合図を直前で止められたガッデス王は目をクワッと開きながら声をあげた人物がいると思われる方向を振り向く。


「誰が戦争なんて望んだんだぁぁぁぁぁ!!」


空を見上げると再びそんな絶叫がドワーフ達に大音量で降り注ぐ。


「上だ!!」


ドワーフ達は武器を上に構え、声の主が上空から迫って来ることに備える。


「おい、あれは……?」


「人間……の子供?」


「なんで子供が空から降ってくるんだ?」


何故子供がと困惑する兵士達を余所に、その正体に気がついたガッデス王は慌てて指示を出す。


「ぶ、武器をしまえぇぇ!!そして着地場所をあけるのじゃぁぁぁぁ!」


その言葉に兵士はハッとし、急いでその場から離れる。


「あ、危ない!!」


空から落ちてきた子供らしき物体はズドンという音と共に砂埃をあげて落下してきたのだった。


砂埃が徐々に晴れていく。


地面へと落下した子供がゆっくりと立ち上がるのが見えた。


そして、その子供はドワーフ達に死刑宣告とも取れる内容を叫ぶのだった。


「もうこの国にはぜぇーったいにお酒なんて持って来ませんからねぇぇぇ!!」


国民達は既にラグナがドワーフ達の命たる酒を運んでくれている事は知っていた。


そして目の前の少年がこの国の唯一の命綱だということも。


「な、なにぃ!?」


「ど、どういうことじゃ!?」


「酒を持って来ないじゃと!?」


動揺するドワーフ達。


「さ、酒が入って来なくなるのか……?」


カラン、カランと辺りで音が鳴る。


ラグナが叫んだ内容にショックを受けた兵士達が手に持っていた武器を驚きのあまり手放していた。


中には膝を付き脱力している者も。


「ぶ、無事じゃったのか……?」


ラグナが負傷したと報告を受けていたはずの国王はピンピンしている様子に驚いていた。


「怪我はしましたけど、もう大丈夫です!!それよりも、何で反攻作戦なんてしようとしたんですか!!」


ラグナの怒りはそこだった。


自分が原因で反攻作戦が行われるなんて許せない。


「それは……」



国民や兵士達の視線は王へと向く。


「あなた様がミラージュの兵士によって負傷したからと……」


キョロキョロと視線を彷徨わせているガッデス王に、


「たかが僕一人が負傷したからって反攻作戦をするような事なのですか!!」


「それは……」


確かに目の前の少年が言う通り。


「確かに……言われてみれば確かに……」


亡くなったならともかく、命を失うような怪我では無かったと報告を聞いただけ。


何故自分はミラージュを滅ぼすべく動こうとしたのか……


国民や兵士達も困惑する。


「な、何で俺達はこんな事を……?」


「なんでだ……?わかんねぇ……」


「でもなんか……」


「戦わなきゃって気が……」


「そうそう、何かそんな感じがしたんだよな……」


兵士達の険しかった表情がみるみると変わっていく。


まるで憑き物が落ちたかのように。

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