第281話

「アージュは魅了魔法という魔法を開発、会得した事により半日ほどですが目を合わせた相手を魅了状態に出来るようになったのです。」


ルテリオ様の説明にラグナは恐怖を感じる。


『念には念をって事で勇者には思考低下の薬物も飲ませたって事か。』


そこまでされるといくら勇者と言えども魅了魔法に掛かってしまう。


「聖女アージュは、その後に神の子を授かったと全世界に宣言しました……」


聖女じゃなくてやってることは性女だよな……


そんな事を思いつつ続きを聞く。


聖女アージュが妊娠を発表したことにより、ミラージュの国は更に繁栄する。


「誰の子供を妊娠したんだって当時は大騒ぎだったわ。時期的にヒノが怪しいと噂が広まっていたけど……何も覚えていないヒノは必死に否定していたわ。そして女神サイオン様との連絡が取れなくなったのもその頃。マリオン様や他の女神様、神様との連絡も一切取れなくなったの。」


ルテリオ様の表情が暗いものになる。


「あの頃のヒノは思い出すだけでも辛いわ。サイオン様と連絡が取れなくなり不安が広がる中、いくら否定してもアージュの子供の父親はヒノだと民に広がっていくんだもの……本人としては辛いわよね……」


確かにその状況は辛すぎるな……


愛する人とは連絡が取れず、必死に否定しても信じてもらえない。


それは想像を絶するほど精神的にキツいものがあるだろう。


当時の事を振り返り、悲痛な面持ちで語るルテリオ様。


「そんな状況の中、ついにアージュは娘を出産するわ。」


アージュと同じ青い瞳を持ち、髪の毛の色は黒……


ヒノと同じ黒髪。


更に肌の色もヒノとそっくりだった。


「それは……」


「そうよ……もういくらヒノが否定しようが無理だったの。」


勇者ヒノと聖女アージュとの間に産まれた子供だと世間に認知されてしまった。


「そしてアージュは正式に公開するわ、勇者ヒノと愛し合った結果産まれた子供だと。」


これは……


なんとも言えない。


勇者が可哀想なんて簡単な言葉じゃ片付けられない……


その当時、ヒノはどんな気持ちだったのか……


俺は……


俺なら耐えられないかもしれない。


ヒノの心情を考えると心が苦しくなる。


「ヒノさんはその後、どうなったのですか……?」


「……勇者としての面影が無くなるほど荒んだわ。私が会った時にはまるで別人のかのように……」


その話を聞いた時、思わず声が出そうになる。


リオさんからはそんな話を聞いたことが無かった。


「それはそうよ。彼女が魔道具の中で眠りについた後の話だもの。」


「そうだったんですか……」


「話くらいは後にリオも聞いていたかも知れないけど、彼女が目を覚ましたのは魔道具の中に入ってから60年後。一番苦しんでいた時のヒノを直接は見ていないの。まぁ、そのせいで彼女も苦しんだんだけど。」


女神様や神様と連絡が取れなくなって数年。


ミラージュはヒノハバラを越す勢いで勢力を拡大していく。


その頃には聖女アージュは自らを大天使と名乗っていた。


そして自らの娘に聖女の称号を与えていた。


「ヒノが荒れに荒れたおかげでヒノハバラの国家運営に陰りが見えたわ。でも何とかここまで崩壊せずに耐えてきたのは、エチゴヤ商会がずっと国の運営を支えていたからなの。」


「エチゴヤ商会ですか……?」


言葉は良くないかもしれないけど、商会の規模で国家運営を支えられるのだろうか?


「今でもあの商会には数多の腕利きが在籍しているけど、あの当時から凄かったのよ。勇者ヒノを陰から支え続けたあのカリスマ性。エチゴヤの商売に対する姿勢に惚れ込み、部下にして欲しいと頼み込む優秀な人材が数多くいたわ。人材の宝庫だったエチゴヤだからこそ、崩壊せずにギリギリを保っていたの。」


しかしいくら優秀とはいえ、限界がある。


「いよいよ崩壊かもというタイミングで行動に移したのが、後にヒノハバラの王妃となる女性。彼女の名前はサナリィ。魔王軍に襲われていた村を私達が救援に向かった際にヒノが命を救った少女よ。彼女が勇者ヒノを立ち直らせたの。」


勇者ヒノによって命を救われたサナリィは、魔王討伐後にヒノハバラの王城にてメイド見習いとして働いていた。


ヒノへの恩返しがしたいと願っていた彼女は人一倍努力し、あっという間にメイドの見習いを卒業。


正式に雇われたメイドとして職務に励んでいた。


そしてその後、数年間。


勇者ヒノがずっと苦しんでいる姿をずっと近くで見ていた。


自分を救ってくれた勇者。


その彼が苦しみ続けている。


彼女は一大決心をする。


その日の夜も勇者ヒノは酒に溺れていた。


「俺はやっていないのに……どいつもこいつも……」


コンコン。


「失礼します。」


主からの入室の許可を貰う前に入室するサナリィ。


「誰だ、いきなり。ヒクッ、勝手に入って来るなんて無礼だぞ。」


酔っ払ったヒノが部屋に入ってきた人物にそう注意する。


「勝手に入室してしまい申し訳ありません。しかし、処罰される覚悟は出来ております。」


ヒノは強引に入室してきた人物の顔を見て驚く。


「サナリィ……」


ヒノはサナリィの顔を見るとすぐに自らの顔を背け


「出てってくれ……」


ただ一言そう言った。


しかしサナリィは退かない。


それどころかヒノの前に立つ。


そして……


パシン


「なっ!?」


顔を叩いた音が部屋に響く。


そして叩かれたヒノは動揺する。


「私を救ってくれた勇者様はそんな情けない顔はしない!!」


サナリィはそう叫ぶ。



「俺だって好きでこんな事をしてるんじゃない!誰も俺のことなんて信じてくれないんだ!それに……あれ以来サイオンと連絡すら取れないんだ……もう、どうだっていいだろう!」


ヒノはそう叫びながら酒を煽ろうとするが、サナリィがそれを制止する。


「そうやって逃げないで下さい!」


「お前に何が分かるっていうんだ!!俺の気持ちなんか分からないくせに!」


「分かりませんよ!私は勇者様に救われただけのただの村人です。勇者様の心の傷なんて理解出来るはずがありません。」


「だったら黙っててくれ!」


「嫌です!だって私、勇者様があんな売女と関係を持ったなんて信じてませんから!」


「……。」


心の底から信じられないといった表情のヒノ。


「勇者様、聞いてください。」


「……なんだ。」


「確かに世間では聖女アージュは勇者様の子供を妊娠したと発表しました。でも、勇者様はアージュ様とその様な事はしてないんですよね?」


「あぁ……アイツとそんな関係になるなんて一度も無い……」


「本当にそんな事実が無いなら突っぱねて終わりでいいんですよ。勇者様が悩む必要なんてどこにも無いんです。」


「……何度も否定たけど無理だったんだよ。」


サナリィはヒノの顔を優しく両手で包み真っ直ぐに見つめ、こう告げる。


「私だけは誰が何と言おうとあなたの事を信じます。」


その言葉を聞いた瞬間、ヒノの瞳からは涙が溢れ出す。


「それに私だけじゃ無いですよ?エチゴヤ様だって勇者様を信じているからこそ、必死に国を支えているんじゃないですか。」


「でも、俺は……」


サナリィはヒノの言葉の途中で彼の唇を自らの手で塞ぐ。


そしてそのままヒノを抱き締めた。


そして耳元で囁く。


「この国の人々はあんな噂に惑わされたりしていません。みんな勇者様を信じて必死に国を支えているんです。アナタが立ち直ってくれる事を信じて。」


ヒノはサナリィに抱き着いて声を上げて泣いた。


今まで溜め込んできた感情を全て吐き出すように。


サナリィは泣き止むまでずっとヒノを優しく抱きしめ続けたのだった。

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