閑話 1日遅れのメリークリスマス

今日は12月23日。


高校は終業式だったので午前中で終わった。


「ふぅ……」


やっと休みだというのに……


思わずため息が出てしまう。


皆でご飯でも食べて帰ろうと友達から誘われたけど、私は断ってしまった。


まだ、そんな気分になれないから。


あの人が亡くなって2ヶ月。


生前では、たまに喧嘩することもあったけど……


2人で出掛けると、店員さんにカップルと勘違いされる事も多々あった。


実はそう言われても嫌じゃなかった。


今思えば私はブラコンだったのかもしれない。


そんな存在の私の兄が……


キャンプ場で亡くなった……


意味がわからなかった。


初めてのソロキャンプだ!って浮かれていた兄。


それが最後に見た兄の姿だった。


ピンポーン


部屋でぼーっとしていると、チャイムの音が聞こえた。


私しか家に居ないので、動くのが面倒だと思いながらも玄関へと向かう。


「はーい。」


インターホンを押したのは宅配のお兄さんだった。


「春日井さんのお宅でしょうか?」


「はい。そうですけど。」


「翔弥さん宛てに荷物が3つですね。判子かサインお願いします。」


まさかの宛名に私は心臓がバクバクしてしまう。


そして思わず声が出てしまった。


「えっ……?」


「サインでも構いませんよ?」


「あっ……はい。」


震える手で受領書にサインをすると、荷物を玄関まで運ぶ。


「ありがとうございましたー。」


配達員のお兄さんを見送った後、玄関にある荷物を見る。


「どうしよう……」


兄の名前で届いた荷物。


どうしたらいいのかわからない。


荷物を玄関に放置する事も出来ないので、リビングへと運ぶ。


とりあえず両親にメール。


『兄さんの名義で荷物が届きました。とりあえずリビングに置いておきます。』


両親からすぐに返信が来た。


『すぐに帰ります。』


どうやら両親は仕事を早退する事にしたらしい。


2人とも、それで大丈夫なのだろうか……?


両親に連絡してから1時間。


家には家族3人が集まった。


荷物は大きい箱が2つに小さい箱が1つ。


「とりあえず……開けるか。」


父さんはそう言うと、慎重に箱に貼られたガムテープを剥がしていく。


箱の中の物を取り出す。


「何だこれ?」


箱の中にはクリスマス仕様にラッピングされた袋が入っていた。


父さんが袋の中に手を入れて取り出した物を見た私は、目から涙がぽたぽたと溢れ出てしまった。


兄が亡くなる少し前に2人でショッピングモールに寄った時に見た洋服。


ゴスロリ風なワンピースとカーディガン。


可愛いとは言ったものの……


値段を見て諦めていた洋服が袋の中から出てきたのだった。


「ど、どうした?」


突然泣き出した私に驚く父さん。


「これ……兄さんと一緒に出掛けた時に私が欲しいなぁって言った洋服なの……」


まさか兄さんがこんな事してくれてるなんて……


少し落ち着くまで待ってもらい、残り2つの箱を確認する。


大きい箱には女性用のロングコート。


これもクリスマス仕様にラッピングされていた。


そして小さい箱には……


「「えっ!?」」


動揺する両親。 


私もソレを見て動揺してしまう。


「婚約指輪だと!?」


お父さんがパニックになっている。


「お父さん、これは違うよ。婚約指輪じゃなくてペアリングだと思う。カップルでお揃いのリングを着けるんだよ。」


「「カップル!?」」


どうやら今度は両親揃ってカップルと言う言葉に驚いてしまったらしい。


「だ、誰と??あの子に彼女なんていたの??」


「たぶんだけど……クリスマスにそれを渡して告白しようとしてたんじゃないかな……」


脳裏に浮かぶのはあの人。


きっと兄さんはあの人に送るつもりだったんだろう。


だって私達家族は兄さんが亡くなった後の病院で不思議な体験をしたのだから。


あれは兄さんが亡くなった後、兄さんの会社の社長さんと彩華さんが病院に駆け付けた時の事だった。


あの時、病室の外で泣いている彩華さんの声が室内にいる私達家族にも聞こえていた。


すると普通ではあり得ない事が起きた。


『彩華先輩、俺の為に泣いてくれてありがとう。そして、何時もバカ騒ぎの相手してくれてありがとう。言えなかったけど先輩のこと好きでした!幸せになって下さい!』


幻聴かとも思ったけど……


両親の2人も驚いて目を見開いていたので、2人にも聞こえていたらしい。


「翔弥君!私もっ……私も君のことが好きだったよっ…」


そしてその声に対する彩華さんの返事に私達家族は更に驚いたのだった。


その後に私達家族にも何か一言あるのかと思っていたが……


バカ兄は社長さんに別れを告げて……


私達家族には何も言わずに不思議な体験は終了したのだった。


バカ兄め。


思い出してきたらムカムカしてきてしまった。


あの直後に彩華さんと社長さんに病室に入って来てもらったのだが……


何ともいえない空気が漂っていたのは忘れられない。


ピンポーン


そんな事を思い出していると再びチャイムが鳴った。


「はーい。」


母さんが対応すると


「宅配でーす。春日井さんのお宅で間違いないでしょうか?」


どうやら再び違う宅配業者からの宅配が来たらしい。


「春日井翔弥さん宛てに荷物が2つ届いています。判子かサインお願いしまーす。」


母さんは淡々とサインをすると、荷物を受け取っていた。


「またあの子名義で荷物が来たわね……」


またダンボールが2つ届いた。


とりあえず中身を確認すると……


「「なっ!?」」


片方はたき火をするときに使う台。


確か、たき火台って名前だったかな?


そしてもう一つは包丁。


しかも母さんの名前が彫られていた。


「あいつめ……」


父さんも目に涙を溜めながらたき火台を抱きしめていた。


母さんも同様に目に涙を浮かべながら、包丁をキッチンへと運んでいく。


どうやら兄さんは私達家族全員分のプレゼントを用意していてくれたらしい。


改めて家族全員が落ち着いた後、視線を向けるのは私達家族以外に向けたプレゼントの存在。


「とりあえず私が連絡するよ。」





朝から新商品のプロモーションについて話し合いが行われていたが……


「やっと終わった……」


まさか昼抜きで15時まで時間が掛かるとは思ってもいなかった。


とりあえずご飯にでもと思い立ち上がる寸前。


デスクの上に置いてあるスマホに着信が来ていることに気がつく。


ドクン


電話の相手の名前を見たときに心臓の鼓動が早くなったのを感じた。


春日井 はるな


翔弥くんの妹さんの名前。


少し震える手でスマホを持つと電話に出る。


「もしもし、彩華さんでしょうか?」


「そうだよ、久しぶりだね。どうしたの?」


「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


「聞きたいこと?いいよ?」


「彩華さんの指輪のサイズっていくつですか?」


「指輪のサイズ?薬指でいいなら判るけど。6号だよ。」


「誕生日って3月ですか?」


「そうだよ~。それがどうしたの?」


私がそう答えるとはるなちゃんが小さくやっぱりと呟いた声が聞こえた。


「彩華さんって明日か明後日のどっちか空いてます?」


クリスマスイブ&クリスマスの予定……


「本当なら空いてます~って言いたいんだけどね……ちょっと製品テストを現地でやるって事になってさ。会社のメンバー数人でこんな寒い中、しかもクリスマス期間にキャンプ行くことになってるんだよ。」


「そうですか……」


「ごめんねぇ。もしも26日で良ければ空いてるけど……」


「じゃあ26日にちょっと会いませんか?」


翔弥くんが亡くなってから、はるなちゃんとは少しだけ連絡を取っていた仲だけど……


急にどうしたんだろう。


「もしも迷惑じゃなきゃそっちの自宅に伺ってもいいかな?久々に彼にお線香でもあげたくて。」


「私が会いたいって連絡したのに……良いんですか?わざわざこっちまで来ていただいて。」


「いやいや、むしろ迷惑じゃなきゃいいんだけど。」


「迷惑だなんてとんでもない!それじゃあ申し訳ないんですけど、26日にウチで待ってますね。」


「りょーかい。それじゃあ26日に。またね~」


電話を切ると手にびっしょりと汗をかいていた事に気がつく。


それにしても、急に会いたいだなんて……


何かあったのかな。


とりあえず手土産のリサーチしとかないと。


そして26日。


彼の家へと伺うのだった。


「いらっしゃい。どうぞ、上がって~。」


翔弥くんの家に伺うと翔弥くんのお母さんが対応してくれた。


「おじゃまします。これつまらないものですが。」


用意していた手土産を手渡すと「わざわざありがとう。気にしなくてもいいのに~。」といいながらリビングへと案内してくれた。


「こんにちは。わざわざこっちまで来てくれてありがとうございます。」


「ううん、こちらこそ連絡くれてありがとう。とりあえず翔弥くんにお線香あげてもいいかな?」


翔弥くんの仏壇へ。


写真を見ると、どうしても彼との事を思い出してしまう。


もっと勇気を出していれば……


そう後悔し続けたまま、未だに吹っ切ることが出来ていない。


彼に挨拶をしたあと、お茶を貰い翔弥くんのお母さんとはるなちゃんと雑談。


「それで……今日彩華さんを呼んだのはこれなんです。」


はるなちゃんがそう言いながら取り出したのは……


「これは……」


「開けて下さい。」


手渡された箱を開ける。


箱の中には……


「指輪……」


アクアマリンの宝石が付いた指輪が入っていた。


「たぶん兄が彩華さんに送ろうとしたものだと思います。」


「えっ!?」


あまりにも突然過ぎて呆然としてしまう。


「もしも嫌じゃなければ……受け取って貰えますか……?」


嫌……じゃないけど……


「本当にごめんなさいね。私達も悩んだの。あなたにこれを渡して重荷にならないか……このままあなたに渡さずに保管した方が良いんじゃないかって。でもね、どうしてもあの子の事を思うと……」


そう言いながら翔弥くんのお母さんは涙を流していた。


私は指輪を手に取ると左手の薬指にはめる。


「綺麗……」


透き通る海のように綺麗なアクアマリンが存在感を示している。


「やっぱり兄さんが彩華さんに贈るために準備してた指輪だったね。サイズもピッタリだし。」


確かに私の指にピッタリ。


そして3月の誕生石はアクアマリン……


「後はこれも。」


そう言って手渡されたのはロングコート。


「これは……」


翔弥くんを含む会社の仲間でキャンプ用品のリサーチのついでに寄った洋服屋さんで見つけたコート。


翔弥くんにはこども体型の私には全く似合わないってバカにされて、買うのを止めた。


「彩華さん……」


「えっ……?」


私は気が付くと涙をポロポロとこぼしていた。


「あはっ。可笑しいなぁ……」


涙が止まらない。


こんな事されたら忘れられる訳ないよ……


私につられたのか翔弥くんのお母さんやはるなちゃんもポロポロと涙を流していた。


しばらく泣いていたおかげか、少しすっきりした。


そして翔弥くんのお母さんに一つお願いする事に。


「翔弥くんが自分用に買っていた指輪……貰ってもいいですか?」


私のお願いが予想外だったのかびっくりする2人。


そしてそっと指輪を手渡された。


私は指輪を受け取ると大事にカバンにしまう。


そしてその後、少し会話をして再び翔弥くんにお線香をあげて自宅へと帰る。


帰り道にあるショッピングモールでリングホルダーネックレスを購入。


そして……


私は翔弥くんの指輪をネックレスに。


「もう……本当にあの子には困っちゃうなぁ……」


亡くなった後も私の事を振り回す彼。


2つの指輪を見てニヤリとしてしまう私。


彼はもうこの世に居ない。


それは悲しい。


でも彼は私の為にこんなプレゼントを用意してくれていた。


もう吹っ切ることなんて諦めた。


「翔弥くん……1日遅れのメリークリスマス。」


そう呟いて外を見るとパラパラと雪が降り始めていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る