閑話 あの日のヨハム公爵家

「火事だぁぁぁぁ!!」


「水だ!水を持って来い!!」


就寝中に、なにやら外で騒いでいる声が聞こえたヨハム公爵は目を覚ますと重たい身体をゆっくりと起こしてベランダへと向かう。


『我の貴重な睡眠を妨害するとは……処罰せねばなるまい。』


そう考えながらベランダへと到着。


「こんな真夜中に何事だ!!」


外で騒いでいる兵に向かって注意する。


「っ!?」 


寝起きで若干ぼーっとしていた為、外で起きている光景を一瞬理解出来なかった。


地面と城が燃えている?


城が燃えている!?


「何故我が城が燃えているのだ!はやく消せ!!」


目の前で広がる惨状をようやく理解したヨハム公爵はベランダから叫ぶと慌てて部屋から飛び出して燃えている現場へと向かう。


その途中で使用人と出会う。


「領主様!火事です!」


「そんな事は見れば判る!!いいからすぐに水を用意せよ!魔法師共も叩き起こせ!!」


寝起きで急に激しい動きをした公爵は息を荒げながらも火災現場へと到着する。


「はやく!はやく火を消すんだ!何をしてる!もっと水を持ってこんか!」


既にバケツに水を入れて消火していたであろう兵士が呆然と見ていたのでヨハム公爵はすぐに檄を飛ばす。


「それが……」


「いいからすぐに水を持って来い!」


兵士達は再び急いで水を汲みに向かう。


『このままでは我の美しい城が汚れてしまう!』


イライラしながらも兵士達が水を汲んでくるのを待つ。


「はやくしろ!ぼさっとしてないですぐに水をかけるんだ!」


兵士達はヨハム公爵の指示に従い、燃えている地面や城壁に向かって水を撒く。


火に対して水がかかった瞬間、一瞬だけ火の勢いは収まる。


「はっ??」


しかし、不思議な事に再び元の火の勢いに戻ってしまう。


「何故だ!何故消えない!!」


使用人や兵士達が何度も水をかけるが一向に火が消える様子は無い。


しばらくして魔法師達もやって来たので消火活動を手伝わせる。


しかし……


「何故なんだ!何故消えぬ!こんなにも大量に水をかけているというのに!」


ヨハム公爵は理解出来ぬ現象にただただ呆然と見ていることしか出来なかった。


30分ほど燃え続けた火は次第に勢いが弱まり、そのまま勝手に消えたのだった。


「一体なんだったのだ……何故消えなかった火が今度は勝手に消えたのだ……」


呆然とする公爵や使用人達。


そんな状況の中、ヨハム公爵専属の執事が慌てて何かを叫びながら外へと飛び出してきた。


「領主様!緊急事態に御座います!」


「今度は何だ!!」


「領主様の寝室を再び整え直しに向かった者からの報告です!領主様が先日新たに購入した宝石と、執務室の机が無くなっております!!」


「なんだと!?あの宝石は金の亡者共から買い取ったばかり品だぞ!?いくらしたと思っておるのだ!すぐに探せ!!」


宝石が無くなったと聞いて慌てる公爵。


しかし、執事が自分に対して言った内容について異常な言葉があった事に気が付く。


「……ちょっと待て。宝石が無くなるのは当然困るが……執務室の机が無くなった……?そんなバカな事が?」


火事の後始末を部下に命じると再び城の中を走り回り、自分の部屋がある最上階まで駆け上がっていく。


「はぁはぁはぁ……こんな夜に我をこんなにも走らせて……誰がやったかは知らぬが絶対に許さんぞ……」


再び公爵は自分の部屋へと戻ってきた。


しかしあるべき物が確かにそこには無かった。


「無い!我の机が無いぞ!探せ!!はやく犯人を探すのだ!!あんなにも大きな机を持って逃げることなど出来まい!!屋敷中を探すのだ!!」


あの机の中には他人には見せられない書類や、細かな宝飾品が隠されていた。


ある特殊な手順をしなければ現れない隠し収納がついている。


その手順を守らなければ隠し収納は発火する様に作られている魔道具型の机だった。


『くそっ!!あの机の中にはあの方から授かった大事な書類も入っているのだ!!万が一の可能性もある。一部書類は偽造せねばならんか!!えぇい!!面倒な事になった!!』


屋敷の中の大捜索は手掛かりが見つからないまま数時間が経過。


捜索の範囲は街へと広がるのだった。


街の出入り口も封鎖したまま。


一軒一軒市民の家を探し回るが、ヨハム公爵が使っていた机や宝石は見つからないまま捜査は終了した。


「宝石ならまだしも一体どうやって机を運び出したのだ……」


街を2日間、完全封鎖した状態で行われた大捜索をするも成果は何も無かった。


「犯人の手掛かりは無し、目撃情報も無し。完全に手詰まりか……仕方ない……これ以上は街を封鎖は出来ぬ。警備を厳重にし、街の出入りをよく見張るのだ。」


忽然と消えた宝石と執務室の机。


ヨハム公爵は椅子に深く座り込むと盛大にため息を吐く。


そしてベルをチリンと鳴らすと執事を呼び寄せる。


「あの机に入っていた書類は覚えているか?」


「全てではありませんが、ある程度は……」


「覚えているものだけで良い。誰が見ても問題ない内容に変更して秘密裏に偽造するのだ。良いな?」


「仰せの通りに。」


執事はすぐに動き出す。


一体誰が盗んだのか……


その後も犯人は見つかることが無かった。



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