第157話

ガタゴトと馬車に揺られながら明らかに通常よりも速い速度で街道を進む。


俺はというと今現在御者の練習中。


貴族家の当主には必要ないかもしれないけど、せっかくなのでと扱い方を教わっている。


「流石、軍馬は違うな。スピードもパワーも持久力も段違いだ。それにこの二頭、とても頭がいい。指示を出す前にどう動いたらいいのか自分で考えてやがる。」


馬車を引っ張る二頭を大絶賛しているのは、俺の隣に座って御者を教えてくれている『リビオさん』。


どうやら俺よりも先に実家へと帰宅したミレーヌさんは、俺が一旦実家に帰ると話をしていたことをサイさんやブリットさんに伝えていたらしい。


出発日の前日に先生と2人で買い出しをしていると、リビオさんが手紙を持って俺達2人の前に現れた。


サイさんから手紙を預かっていると言うのでリビオさんから受け取ると開いて読んでみる。


『ラグナ君へ。ミレーヌからラグナ君が実家に帰ると聞いたので、うちからリビオを派遣するよ。馬車はあるみたいだから御者にでも使ってあげて。最近何かと物騒だから道中には気をつけてね。いってらっしゃい。サイより。』


「お嬢ちゃんには申し訳無いんだけど、そういう事だからよろしく頼むわ。」


先生は若干ふて腐れながらも、『エチゴヤからの好意だ。無碍には出来ん。』と同行を許可していた。


リビオさんが先ほど言った通り、二頭とも軍馬だからだろうか?


今まで乗ってきた馬車とは段違いのスピードで進んでいた。


「本当に速いよ。軍馬だからって此処まで違うものなの?」


「いや、この二頭はただの軍馬ってだけじゃないな。4本の足を見てみろ。装飾品が着いているだろ?あれは魔石交換型の軍馬用疲労軽減の魔道具なんだ。あの魔道具を装着した軍馬は通常の2倍~3倍の距離を突き進むことが出来るって聞いたことがある。まぁこの目で見たのは初めてだけどな?」


「そうなの?」


「あぁ、初めて見た。だってあれは軍用品だぞ?流石パスカリーノ男爵家だよ。フィオナ・パスカリーノ様か……本当に惜しい人を亡くしたよ。俺も一度でいいから会ってみたかったな。なぁラグナ、お前の所の教師だったんだろ?どんな方だったんだ?」


リビオさんは俺が男爵家を継いだ事は聞いたみたいだけど、先生の事は知らされなかったんだね。


「フィオナ先生かぁ。最初出会った時はヤバい人が来たって思ったよ。クラスメイトの何人かは先生の名前を知っていたけど、俺は何も知らなかったからさ。同級生が先生を見てパスカリーノって呼び捨てで呼んじゃったんだよ。そしたらいきなり髪の毛をチリチリに燃やされるんだよ?初対面でアレは衝撃だったなぁ。」


「それはビビるな。でも綺麗な人だったんだろ?」


「うん。綺麗な人だよ。燃えるように綺麗なサラサラの赤い髪の毛。ちょっと強気な目つき。スタイルは抜群で本当に綺麗な人だったよ。」


フィオナはラグナの話を馬車の中から聞いており、あまりにも容姿を褒めてくるので恥ずかしさで1人悶えていた。


「やっぱりそうだったのかぁ。いやな、俺の知り合いに第2師団特攻部隊に所属してる奴が居たんだけどさ。隊長は確かに怖いけど俺達部下の事を心の底から考えてくれている優しい人なんだって酔っ払いながらよく言ってたな。」


「それは判る。本当に俺達生徒の事を考えていてくれて優しかったからさ。他になんか軍に居るときの先生の話を聞いたこと無い?」


「他にか?やはり後はあれだな。部隊の奴らは男爵様の事を姫と呼んでいたらしいぞ?姫のためなら俺は死ねる!って叫んでたくらいだ。それにいろんな奴がアタックしては当たって砕けたらしい。鉄壁のガードが崩せないって嘆いていたな。でも思いを伝えると男爵様は普段の雰囲気と打って変わってしどろもどろになりながら断ってくるからそのギャップがたまらなかったらしいぞ?それ見たさに何度もアタックする奴も居たって聞いたことがあるな。」


それは俺も聞いたことがある。ちょっと前に亡くなった人だよな……


「やっぱり先生はモテモテだったんだね。本当に綺麗な人だったもん。」


「俺も一目拝見したかったよ。おっ、そろそろ俺が御者やるわ。この先はちょっと道が狭くてすれ違いに気を使うからな。後ろでお嬢ちゃんと休んでな。」


「わかった、また後で教えてね。」


リビオさんとバトンタッチすると馬車の中に乗り込む。


そこには顔を真っ赤にしている先生が。


「姫、ただいま。」


真っ赤にして微動だにしない先生の隣に座る。


「どうしたの、姫?」


徐々にプルプルと震えてきた。


そして……


「うがぁぁぁー!」


いきなり先生に腕を捕まれるとガブッと噛まれた。


「いてっ!」


結構ガチ噛みだったのでなかなかに痛かった。


腕にはくっきりと歯形が残っているくらい。


「いきなり何すんの!」


先生はプイっと顔を背けると、


「……恥ずかしいことばっかり言うラグナがいけない。」


これか。


きっとこれだな。


部下の人はこんな感じの先生の姿がたまらなく好きだったんだな。


チラッと先生の体勢を確認する。


『今ならいける!』


プイっと顔を背けていたフィオナはこれから仕掛けられるラグナの行いに反応が遅れる。


ぽすっと優しく何かがフィオナのももの上にのってきたのでビクッと身体が反応する。


背けていた顔を元に戻し、自分のももの上に乗ってきた正体を確認すると思考が停止する。


『なっ!?』


自分のももの上にはラグナの頭が乗っていた……


「膝枕~。」


フィオナの膝枕でラグナが横にゴロンとなるとくつろぎ始めた。


恥ずかしさで固まるフィオナを余所にラグナはしばらく寛いでいるとそのまま寝てしまった。


そんな平和な馬車の旅は6日間で目的地の場所に到着した。



「ここまでありがとう。お疲れ様。」


何時もの馬車ならば片道10日の距離をこの二頭は6日間で走りきっていた。


二頭の顔を撫でながら感謝を伝える。


「ブルルルゥ。」


馬たちは顔をもっと撫でろとおねだりしてくる。


なんか犬みたいで可愛いな。


「すっかり仲良しだな。あまりこの二頭は人に懐くタイプでは無かったんだが、ラグナの事は気に入ったみたいだな。」


目の前の門から誰かが走ってくるのが見えた。


「本日はどの様な……ってラグナじゃねぇか!!あっ、ラグナ・パスカリーノ男爵様であられますか?」


「あはは、いつも通りでいいって。ただいま、ハルヒィさん。リビオさんは知ってるよね?」


「お久しぶりです。」


リビオさんがハルヒィさんに挨拶する。


くぃっと後ろから服を引っ張られる。


「それでこちらにいるお姫様がフィリス・アブリック様。戦略魔法大臣の娘さんだよ。」


先生がキッと睨んでくる。


仕方ないじゃん。


書類上はビリー様の娘って事になってるんだからさ。


「フィリス・アブリックです。少しの間ですがお世話になります。」


ぺこりとフィリスはハルヒィさんに挨拶する。


「だ、大臣様の娘様!?こ、こちらこそ、ようこそこの様な僻地へといらっしゃいました。お、おい、ラグナ。もう村に入っていいから後は頼んだ。」


大臣の娘と聞いて顔色が真っ青に変化したハルヒィさんはそそくさと門番の仕事に戻っていった。


ハルヒィさんには本当に申し訳ないけど、本当の事は話せないし仕方ないよね。


村に入り馬車を止めて馬たちを預ける。


「ほぇ~。立派な馬だなぁ。軍馬なんて初めて見たわ。うちの馬が子馬に見えるな。」


確かにサイズが全然違う。


いくらかお金を手渡し世話をお願いした後は村長さんのお家へ。


「お久しぶりです。ただいま戻りました。」


「うむ。それにしても魔法学園に行くと言って村を出たはずが貴族様になって戻ってくるとは……儂には全く理解できん。ラグナよ、何をやらかしたのじゃ?」


俺だって同じ気持ちだよ。


なんでこうなったのか……


「まぁ詳しい話はまた後で。とりあえず隣にいるこの方はフィリス・アブリック様。戦略魔法大臣の娘さんになります。」


村長さんは先生の方を振り向くと頭を深々と下げる。


「これはこれは、この様な辺境の村までようこそいらっしゃいました。何もないところで申し訳ありませんがごゆっくりしていって下さい。」


「その様に畏まらないで下さいませ。小娘がふらっと遊びに来たとでも思って下さると助かりますわ。」


先生が小娘(笑)


ちょっと笑いそうになっていた所、後ろから手が伸びてきて腰をグイッと抓られる。


まじで抓ってきてるから痛い!


「後はリビオさんは知ってるよね?サイさんが俺が村に帰るのを知って付き添いにつけてくれたんだ。」


「お久しぶりです。短い間ですが再びお世話になります。」 


「わざわざすまんのぅ。また村でゆっくりしていってくれ。」


村に滞在出来るのは10日ほど。


リビオさんはまた狩人の人達に頼み込んで狩りに行くらしい。


村長さんに挨拶したあとはリビオさんと別れて先生と2人で実家へと向かう。


「ただいまぁ!!」


たったったっと小さい女の子が走ってきた。


「だぁりぇ?」


そっかぁ。


もう2歳だもんなぁ。


走ったり出来るのも当然か。


ちょっと舌っ足らずだけど話し始めてるくらいだし。


時が経つのははやいなぁ。


メイガを抱き上げる。


「ラグナお兄ちゃんだよ~。ただいま。」


「おにーちゃ?おにーちゃ!!」


理解してくれたかな?


家の奥から母さんが出て来た。


「お帰り。帰ってきたのね?あら?そちらの女の子は?」


「お久しぶりです。」


先生が母さんに頭を下げて挨拶をするがキョトンとしている。


「どなたかしら……?私と会ったことあったっけ?」


母さんが先生の顔を見て悩んでいると父さんが出て来た。


上半身は裸で下は下着一枚で。


「おぉー、ラグナお帰り。あっ、やべっ。ちょっと待ってろ!」


どうやら先生が居ることに気がついて慌てて服を取りに戻って行った。


あの感じはシャワー浴びたばっかりかな?


「もう、あの人ったら。そんな所にいつまでもいないでお家にあがって。」


「おじゃまします。」


先生は母さんにビクビクしながら家にあがる。


俺と一緒にリビングへ。


「まさか急に帰ってくるとは思わなかったわよ。学園は?」


「学園はいろいろあって4月いっぱいは休校なんだ。」


「そう……一応えらい人から話を聞いていたけど……大変だったわね……」


母さんが涙ぐみながらガバッと抱きしめてくれた。


「自分の先生を守るために魔族と戦ったんでしょ?その時に無理をして数日間意識が戻らなかったって聞いた時は血の気が引いたわ……でもラグナが奮闘したおかげで王都は救われたと。大臣さんがわざわざ私達に頭を下げたのよ。」


本当に直接説明に来たんだ……


父さんが着替えて戻ってくる。


「それに、お前の先生はフィオナだったんだろ?話を聞いた時はびっくりしたさ。あいつが子供達の教師をするなんてあまり信じられなくてな。だが残念だったな。亡くなったんだろ?」


うーん……なんて説明したら……


悩んでいると母さんは何か勘違いしたのか、急に話を切り替えてくれた。


「そうだ、その話をする前に隣にいる可愛い女の子のことお母さんに紹介して?もしかしてラグナのいい人だったりして。」


「おっ!?もう見つけてきたのか?早いな!」


先生をチラッと見ると頷いてきたので任せることにした。


「今の名前はフィリス・アブリックです。そして2人とも、本当にお久しぶりです。」


そう言うと先生は髪留めの魔道具を外す。


綺麗な青い髪から赤い髪へと変化する。


「「髪の毛の色が変わった!?」」


驚く両親に更に爆弾を投下する。


「私の以前の名前はフィオナ・パスカリーノです。この度は息子さんをこの様な形で巻き込んでしまい申し訳ありません。」


先生の名前を聞いてビシッと固まる両親。


そうだよね。


死んだと聞いていた人物が若返って目の前に現れる。


当然のリアクションだと思うよ。

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