第121話

「フィオナよ、授業に立ち会っていたコレットから聞いたぞ。初回の授業から盛大にやってくれたな。」


初日の授業を終えたフィオナは学園長室へと呼び出しを受けていた。


「やってくれた?何のことです?別に私は何かをやらかしたつもりはありませんが……それに例え私が何かをやらかしていたとしても好きに授業を行ってもいいと仰ったのはイアン団長ではないですか。」  


「もう団長では無い。学園では学園長と呼んでくれ。確かに好きにしろとは言ったが……ラグナの件を生徒達にバラすのはダメと判るだろう!ラグナが使徒である件は未だに国の上の連中にはバレていないのだ。それを生徒に鑑定させただけでなく目の前で公表させるなど……同じクラスにはエチゴヤの一人娘が居るんだぞ!この件でエチゴヤに騒がれたらどうする気なんだ。」


初回から盛大にやらかしたこの新任教師に、頭を抱える学園長。


「でもラグナの件を探れと命じたのは学園長ですよ?それにアイツはすでにあの実力です。あのままだと貴族の生徒達に目の敵にされる可能性が大きいですよ?学園長も試験で担当しているからアイツの実力は知っているでしょう?」


「……あぁ。入学試験の実技では3年生の特級組と変わらない位の出来だった。更に魔力量に関してはすでに一流の魔法師と同レベルだ。」


「それだけラグナの実力は周りの生徒とかけ離れているんです。貴族の子供達のしょうもないプライドを傷つけるには充分では?エチゴヤの娘がずっと付きっきりでラグナを守れるとでもお思いですか?学園長も経験したことがありますよね。平民が目立つ際の辛さを。」


学園長は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……あぁ。嫌でも理解している。」


学園長であるイアンは元平民だった。


数多の戦場で活躍してきた彼は、功績を認められて貴族の仲間入りを果たした。


そしてその後も戦場にて功績を重ね続けた結果、現在の子爵の地位まで陞爵した。


しかし周りの貴族達はそれが気に入らなかった。


成り上がりの平民風情がと。


部隊では貴族の部下がワザと命令違反をしたり、物資を横流ししたりと嫌がらせが続いた。


そんな中でもイアンは戦場に赴いては功績をあげ続けた。


そしてイアンが男爵から子爵へと陞爵されたのをきっかけに貴族達が動きを変えた。


更に功績をあげ続けて、陞爵でもされたらたまったものではない。


下らないちっぽけなプライドの集団が息を揃えて動き出す。


『優秀な第2師団の団長は教師として我が国の宝である子供達を導くべきだ!そうすれば我が国は遠くない未来、更に飛躍出来る。』


と貴族達は口をそろえて会議で話すようになった。


それは直ぐに上位貴族の間でも広まり、イアンの力ではどうすることも出来なくなっていった。


そしてその意見は国王まで。


その意見が全体に広まった結果、大多数の貴族の意見により師団長の地位からのほぼ強制的な勇退。


そしてヒノ魔法学園の学園長へと就任となった。


「あのような事がラグナにも起きかねないと……?」


「えぇ。その可能性は大きいです。それに警備部から報告は受けましたか?昨日青組の生徒が平民と言い放ち、メイドを寄越せとラグナに絡んで揉めたことを。」


フィオナからの報告に驚く学園長。


「いや……そんな事があったなどと警備部からの報告は受けていないぞ。」


「やはり……学園内の職員にもまだいるんですよ。貴族至上主義の連中が。特級組とはいえ、たかが平民に絡んだくらいで貴族達が処罰されるなど許せんと思ってる職員がいるんですよ。」


「貴族至上主義の連中め……」


学園長は怒りがこみ上げてくる。


貴族達による腐敗は学園内にも蔓延っている。


「ちなみにこの件はラグナ専属のメイドより報告を受けました。警備部に報告を行った後に担当者が小さい声で平民の癖にと呟いたのが聞こえたらしく、その事が引っかかり私にも報告にきたとのことです。」


「確かラグナの専属はミーシャだったな。彼女がそう聞こえたんだったら事実なんだろう……そうか、警備部までもが……」


学園長とは言え、学園全体を把握することは困難であった。


先日発覚した事務職員による不適切対応の件もラグナの件で騒がれなければわからなかった。


そして今度は学園の治安を守るべく存在しているはずの警備部での不祥事。


イアンが学園長の任についてからまだ2年。


今だ学園内の腐敗を改善できずにいた。


『どこまでも私をバカにしよって。向こうがその気ならこちらとて容赦はせん!』


学園長はフィオナに対して改めて生徒達に対して口止めをするように指示をした後、今回だけは処分を見逃すと言い放ち窓をあけると魔法を起動して空へと飛んでいく。


「あっ。ラグナが加護2つ持ちって伝えるの忘れた。まぁいっか。」


フィオナは自室へと戻っていく。


『とりあえず生徒達には明日もう一度だけ釘刺しとくか。』


一方その頃、生徒達は全員で夕食を共にしていた。


「駄目だぁ。まだ気持ち悪くて食欲が出ないよー

。」


クララは授業の後遺症により食欲が戻って無かった。


「あれは仕方ない。体験して分かった。魔力欠乏症は本当に苦しかった。」


ベティーも初めて魔力欠乏症を味わったのでクララと同様に食事が喉を通らなかった。


まだ喋る余裕があるメンバーに対して一般入試組は無言で食事をするのがやっとの状態だった。


『これが魔力欠乏症か……あいつはこんなにキツいことを5歳から……」


ウィリアムは改めて5歳からこんなにも苦しい状態を味わっていたラグナに対して素直に凄いと感心していた。


言葉を話す余裕など待ったく無いが……


そんなクラスメイトが大多数の中、バクバクと食事を進める2人がいた。


ラグナとシーヴァだ。


ラグナは授業では魔力欠乏症になっていないので食欲は普通にある。


もう一方のシーヴァは授業で魔力欠乏症になっているので本来なら食事が喉に通らない。


しかし、幼き頃より食事が満足にとれないギリギリの環境の村で育ってきたのでどんな体調でも食事出来るようになっていた。


体調が悪いから食べれない=死の環境だったからだ。


「それにしてもラグナ君は凄いなー。こんなんキツいのを5歳から続けとるんでしょ?私には無理や。」


出会った時と話し方が変わっているルーに対して弟でもあるテオが注意する。


「ねぇさん、話し方!」


「なんや、もうええやん。うちは学園内に居るときはこのしゃべり方を直す気は無いよ。」


ラグナはルーのこのしゃべり方にふと思い出した。


『なんか……高3の時に関西の親戚の家に夏休み中ずっと泊まっていた玉城さんを思い出すな。夏休みが終わって学校に登校したら、話し方が中途半端な関西弁モドキになっていたからな。クラスみんなに爆笑されてたのを思い出した。1ヶ月半で何があったんだよ!って突っ込まれて。何だかルーさんは懐かしい感じがする。』


「ウチのことはえぇ。それよりもラグナ君や。ホンマにこんなんを5歳から続けとるん?」


クラスメイトの視線が一斉にラグナへと向けられる。


うーん……流石にスキルのことは話したくないし……


「続けてるよ。両親が魔法剣の使い手だからさ。見よう見まねしたら魔力を流すことが出来ちゃって……すぐに魔力欠乏症で寝込んだけどね。それからもキツいけど父さん達みたいにカッコ良く魔法剣を発動したくてずっと続けてきたよ。魔力循環法なんて物があるなんて知らなかったから魔法剣の練習で魔力を消費してたけど。」


「ほぉー、だからあんなんキツいのを5歳から続けとるから選ばれたんかねぇ。」


「ねぇさん!」


ルーはあえて何から選ばれたとは口に出して言わなかった。


「でも皆気になっとるやろ?先生には口止めされてるけど、それはこのメンバー以外に対してやし。」


すぐにラグナの助けが現れた。


「ルーさん、それ以上は駄目ですよ。」


ミレーヌさんだ。


「なんや、ええやんか。駄目なん?」


「駄目ですよ。ラグナ君、話さなくて良いですからね。」


「ミレーヌちゃんは知っとるんか?」


ミレーヌは首を振る。


「詳しくは知りませんわ。でもラグナ君でも話せないことがあるでしょう。何せラグナ君を見守っている方々がいらっしゃるのですから。それに下手にこの情報を広めると先生からだけでなく天罰が下る可能性もあるんですよ?」


ミレーヌが天罰と言う言葉を発してみんなはハッとする。


この世界には女神様からの天罰というのは、おとぎ話でも何でもなく実際に起きる現象だった。


確かに不用意に話をすると自分に天罰が下る可能性も0ではないとの考えに至る。


ルーも冷や汗をかく。


「ラ、ラグナ君、変なことを聞いてしもたな。すまんかったわ。あとミレーヌちゃん、忠告ありがとうな。」


「ねぇさんは調子に乗りすぎるんだよ。ラグナ君、ねぇさんが本当に迷惑をかけてごめんね。」


「だ、大丈夫だよ。僕は気にしてないから。確かに言えないことばかりだから聞かないでくれると助かるかな。」


ルーはつい癖で教えてなぁと口から出そうになるものの必死にこらえた。


『あかん、気をつけな聞いてしまいそうになるわ。』


ミレーヌと仲がいいラグナの事が気に入らないチリチリ前髪ことシャールも天罰と言う言葉に冷や汗をかく。


『クソッ!あいつの事は気に入らない!……でも……下手に行動すると僕に天罰が来てしまう。どうにもならないじゃないか!』


少しぐらいは嫌がらせでもしてやろうかと考えていたシャールだったがルーのおかげで実行する前に止めることが出来た。


それだけこの世界の人間にとって天罰とは恐れられる恐怖の象徴でもあった。

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