第120話

「よーし、お前ら。覚悟は出来たか?」


午後からの本格的な授業が始まった。


「魔力を手っ取り早く使うにはこうやるのが1番だ。」


そう言うとフィオナ先生はどかっと座ると見たことがあるような体勢になった。


『なんだっけ、この座り方……1回だけ修学旅行で体験したな……えっと……あれだ!坐禅、坐禅だ!』


「これは初代勇者様より伝わっている魔力を効率的に増やす訓練。魔力循環法の姿勢だ。この様に足を組んだあと右の手のひらを上にして組んだ足の上に置く。次に左手を同じ様に上に向けて右手に重ねる。そしたら両手の親指をくっつきそうな形にして手で輪っかを作る。手を組んだまま下腹部へと手を移動させる。いいか、この独特の座り方と手の形に意味があるらしい。一応立ち上がったままチャレンジしたり座り方を変えたりして訓練したことがあるが、何故かこの座り方が一番効率良く訓練できた。理由は未だにわかっておらん。」


『完全にこの姿勢は坐禅だよ!初代勇者は何やってんのさ!』


ラグナは口に出して叫びたくなるがグッと堪える。


「ここまで出来たら目を閉じる。そしたら、魔力を頭から右手へ。右手の魔力を左手へ。左手の魔力を頭へ。魔力を身体の中で円を描くように回していくんだ。」


そう言うとフィオナ先生は実際にやってみせてくれた。


うっすらと頭を中心に魔力が集まっているのが感じ取れた。


そしてそれは先生の身体の中をゆっくりと移動し始めた。


徐々に移動する速度が早くなり、勢い良くグルグルと魔力の塊が移動していく。


「お前達もやってみろ!あと座る位置は私から全員が見渡せるように半円形に広がって座るんだぞ。」


フィオナ先生の体勢を何度も確認しながら皆で真似をして座る。


まさかこの世界に来て坐禅をまたやる機会が訪れるなんて……


俺も過去を思い出しながら足を組んで座る。


そして手を組んだあと魔力を回すイメージ……


まずは頭に魔力を集める。


頭が暖かい感じがするな。


目を閉じてるおかげなのか坐禅をしているからなのかは分からないけど、自分の魔力をよく感じ取れる。


頭に集めた魔力を円を描くイメージで右手に。


右手から左手、そして頭へ。


本当にビックリするくらい自分の魔力を感じ取れるな。


ゆっくり魔力を身体中に回すイメージで移動させていく。


魔力が身体の中をぐるぐると回り始めたのを感じ取れた。


そして徐々に早く回していく。


しかし早く回すにつれて回している魔力が周辺に散っている気がする。


いや、気のせいじゃないな。


明らかに回している魔力が減ってる。


はやく回せば回すほど魔力が散っていく量が増えていく。


ならばと再びゆっくり回す。


今度は集めた魔力が散らないようにギュッと固めたイメージで作り直す。


そしたら散らないように制御しながら……


くっ。


思ってた以上に制御がキツいな。


油断すると直ぐにパラパラと散っていく。


ラグナが悪戦苦闘している中、フィオナは魔力循環法の手本をやめて生徒達を観察していた。


『一般入試組は特別入試組に比べると若干苦戦しているな。まぁこの程度の差なら直ぐに追いつくだろう。』


生徒達が頭に集めた魔力をゆっくりと回し始めた。


『やはりあいつだけは違うな。周りとは明らかに違う。魔力の移動がスムーズだ。』


フィオナはラグナの魔力の動きを見ていく。


徐々に魔力の移動を早くしていく。


早くしていけばいくほど魔力が散っていくことに気がついたらしい。


『ほぅ、流石だな。気がついたか。さぁどうする?』


すると魔力をギュッと圧縮し始めた。


『魔力の圧縮も始めたか』


ひたすら生徒達がそれぞれ悪戦苦闘しながらも魔力循環法の訓練をしていると、それは突然やってきた。


バタン。


生徒の1人が倒れる。


それから暫くしてバタン、バタンと数人が倒れていく。


人が倒れた音に驚いた俺は訓練を続けながらも目をあけた。


すると先生は倒れた生徒に慣れた手つきで何かの液体を飲ませて、休むように命じていた。


その後も立て続けにクラスメイトが倒れていく。


そして今現在。


未だに訓練を行っているのは3人。


ラグナ、ミレーヌ、ウィリアムだけが未だに魔力循環法を行っていた。


『僕はまだやれる。まだやれるんだ!負けたくない!』


とっくに限界は超えていた。


貴族家の一員として小さい頃より魔法の訓練してきたが、未だかつてここまで自分を追い込んで訓練したことなどあっただろうか。


『ま、まだだ………』


徐々に意識が朦朧としてくる。


魔力を回す力が無くなってくる。


そして……


『も、もう意識が……』


バタン。


とうとうウィリアムも魔力欠乏症により倒れ込んだ。


すかさずフィオナは駆けつけると、ウィリアムにも液体を飲ませた。


「あっちで休んでろ。よくあそこまで頑張ったな。」


ねぎらいの言葉を掛けられるとは思ってもいなかったウィリアムは驚いたものの、素直にありがとうございますとお礼を伝えて休憩する。


残るは2人。


未だ平然とぐるぐる高速回転で魔力を循環させているラグナ。


徐々に魔力を回す速度が落ちており、それでもなんとか食らいついているミレーヌ。


『魔力をここまで消費するとこんなにもキツいなんて……知らなかった……』


ガクンと目に見えて速度が落ちていく。


「も、もう限界です……」


そしてミレーヌの魔力が飛散するとふっと意識を失いゆっくりと倒れ込む。


フィオナが駆けつけて口の中に液体を流し込むとむせながらも飲み込んでいき、意識が回復する。


「後はお前だけだけど……もういいわ。一応これやるから飲んどけ。」


俺以外が倒れたことにより訓練は終了した。


「これは……?」


「あぁ?お前はそれを知らんのか。それは魔力回復薬だ。飲めば多少魔力が回復するぞ。言っておくが私の自腹だからな、味わって飲むんだぞ。」


わざわざ俺達の為に用意してくれたのか。


キュポン。


蓋をあけて中身を確認する。


色は緑色だな……


飲んだことは無かったけど青汁みたいな色合いだ。


匂いを嗅ぐとちょっと薬品の匂い。


なんだか懐かしい感じの匂いがするが、そこまで嫌な匂いではない。


そして喉も渇いていたので勢いよく飲んだ。


すると身体が拒絶反応を起こすがごとくビクッと跳ねた。


『まっずい。なんだこれ。そこらへんに生えてる雑草を大量に口に含んだような青臭い味。匂いに騙された。』


物凄い味に拒絶反応を起こし掛けたがなんとか飲み干す。


「よーし、これでラグナ以外は魔力欠乏症を初めて体験したな。どうだ?今まで経験したことの無い辛さだっただろう?今日は初日ってこともありちょいとキツメの訓練をしてみた。まぁ安心しろ。普段はお前達生徒が倒れるまで追い込むなんてするつもりはないからな。今回だけが特別だ。自分の魔力限界まで追い込むことを全員に経験してもらいたかった。まぁ1人はすでに経験してるから途中で切り上げたけどな。」


再び先生が頭をポンポンしてくる。


「倒れるまで訓練しろとは言わない。いちいち魔力回復薬を飲んで練習などしていたら破産まっしぐらだからな。だが倒れるギリギリのラインはさっき限界まで魔力を絞り出したおかげで何となくわかったんじゃないか?授業前は流石に困るが、寝る前や休みの日など時間がある時でいい。なるべく魔力を空にして休む癖をつけて欲しい。きっと数ヶ月後には魔力が増えてることを実感できるはずだ。」


生徒達は初めての魔力欠乏症で身体が疲れきっていることもあり初日の訓練はやや早めに終了した。


ミレーヌさんに聞きたいことがあったが疲れきっている姿を見て流石に遠慮したラグナは寮に帰るとミーシャさんに質問することにした。


「お帰りなさいませ、ラグナ様。」


「ただいま、ミーシャさん。」


「初日の授業はいかがでしたか?」


「魔力循環法を教わったよ。あんなやり方があるなんて知らなかった。」


「魔力循環法ですか。あれはやり続けることが出来れば確実に魔力が伸びるんですけどね……大変地味な訓練なので続けるには根気が必要なんですよ。」


確かに座ってひたすら魔力を循環するだけだからね。


「そうだ。ミーシャさんに聞きたいことがあるんだった。」


「何でしょう?」


「魔力回復薬って高いの?」


「魔力回復薬ですか。ランクによって値段は上下しますが………最低ランクでも大銀貨5枚はしますね。」


最低ランクでも大銀貨5枚……


「ランクなんてあるんですか?」


「ありますよ。最低ランクの魔力回復薬は緑色のような濁った色に、独特の匂い。そして葉っぱを食べたような強烈な味がするんです。まぁあの味は魔力欠乏症になった人の気付薬の効果の意味合いもあるので仕方がないらしいですけどね……飲んだ経験は無いので聞いた話になりますが最高ランクの魔力回復薬は液体そのものが光り輝き、甘い香り。飲むとすっきりとした味わいだと聞いたことがあります。まぁ実際に拝見したことすらありませんが……」


それじゃあ先生は俺達の授業の為に、魔力回復薬10人分の金貨5枚は使ったのか……

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