第94話

「正直に申しまして指摘するところを無理矢理見つけろと言うのであれば食事の際に背筋が曲がっているのでピンと伸ばす位ではないでしょうか。」


この世界だとテーブルマナーはこの程度でいいのか?


「ほ、本当にそれだけ……?」


みんなの顔を見渡すと同様に頷いている。 


「だから言いましたのよ?ラグナ君に教育は必要かと。」


「村の中でしか生活して来なかったので不安で仕方がなかったんですよ。」


セバスもラグナの食事風景を観察していたが唯一指摘するとすればアドリーヌと同様に姿勢くらいしか見つからない。


「正直な所、私はラグナ様に驚かされるばかりです。辺境の村の子供と聞いていたのでいろいろとイメージはしていましたが……考えていたイメージがここまで当たらないとは思ってもいませんでした。」


セバスはラグナを観察して感じていたことを口に出していた。


「欲を言わせて頂けるならば、ラグナ様には当家に仕えて頂きたいほどです。」


セバスのその言葉にラグナは慌てる。


「い、いや……僕は所詮、僻地にある村で育った人間ですよ?」


「そこが不思議なのですよ。言葉は失礼になりますが何故辺境の村で育った子供がここまで出来るのか理解出来ません。」


「えっ、普通じゃないんですか?」


流石に転生したことはバレないだろうけど、少し疑われてることにラグナは冷や汗をかく。


「辺境の村の子供であれば、普通に考えて読み書きなど出来ません。まして計算などもってのほか。読み書きに関しては大人でも出来ない人間など数多くいるくらいです。」


「でもうちの村では5歳以上の子供は週に1回、文字の読み書きや計算などを教わりますよ?希望者は剣術も教われますし。」


「それが普通の村では有り得ないのです。子供と言えどもある程度育てば立派な戦力。農作業などに駆り出されるので学ぶ時間などありません。」


村では勉強や剣術を教わるのは当然と思っていたけど普通の村ではあり得ないのか。


「憶測になりますが……ラグナ様の村は魔の森に面しているので、素材の売却益などで他の村に比べたらかなりの裕福かと。子供までも駆り出して仕事をする必要はないのでしょうね。」


セバスさんには村の子供がどの様に過ごしているのか聞かれたので素直に話す。


「村が裕福なだけではありませんね。村の村長がとても優秀な方なのでしょう。子供達に勉学の機会を与えるだけでなく、遊びの中でそれぞれの仕事を体験させる。将来の仕事の選択種を増やしているのですか。」


確かに村長さんは凄いと思う。


普通ならまだ出来て十数年の村では開拓作業に追われているはず。


領主からの手助けがあったとしてもここまで順調に発展しているのは村長さんの腕前だろうな。


ラグナがセバスにいろいろ聞かれてヒヤヒヤしている頃、サイは決着をつける為に学園へと向かっていた。


「それにしても相変わらずこの馬車には驚くな。」


アムルはエチゴヤ一族の儀礼用の馬車の室内から外を見渡す。


馬車の外から見える景色が普通ではあり得ない。


多数の市民が笑顔で馬車に対して手を振っている。


「もしかしたら王族よりも好かれているんじゃないか?」


アムルは素直にそう感じていた。


「それはどうでしょう?まぁあちらはうちと違って初代様の名前を汚すことばかりしているようですが。」


サイはチラッと馬車に乗るもう1人に視線を移動させる。


馬車に乗るもう1人の人物であるアルレットは外の景色を見た後、顔を青ざめたまま大人しくしていた。


「アルレット殿、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です。ちょっとこの光景に気が引けてしまって……」


「まぁ、こんな光景普通じゃないからな。だが学園についてもそんなことじゃ困るからな。」


「はい、わかってます……」


しばらくすると馬車は停止した。


「それじゃあ行きましょうか。」


サイはフードをかぶり直すと馬車から降りる。


魔法学園の警備員が慌てて走ってくるのが見えた。


「ほ、本日はどのような御用件でしょうか?」


サイが答えようとするとアムルが手で止めるので任せることにした。


「学園長はいるかね?俺はこういう者なのだが。」


アムルはギルドの身分証を警備員に見せると学園長がいるか訪ねた。


「か、確認します。失礼ですが前もって連絡などは……?」


「連絡?前もって連絡など必要なのかね?君だってこの馬車に乗ってきた人物がどの様なお方なのか理解しているだろう?」


「は、はい。直ぐに確認致しますので少しばかり、本当に申し訳ないのですが本当に少しばかりお待ち下さい。」


警備員は慌てて走り出し、学園の中へと消えていった。


「アムル殿、イジメすぎですよ。」


「お前が言うなよ。こんな馬車で来た時点でイジメだろう?」


警備員は急いで学園内にある事務局へと向かう。


「失礼します!事務長はいらっしゃいますか?」


みんな知らないと首を振る。


「どうかしましたか?」


奥で仕事をしていたコレットは警備員に気がつき声を掛ける。


「え、エチゴヤ一族の方と商業ギルド統括ギルド長がお越しになられました!」


職員達がざわざわとし始める。


コレットはもう動いたのかと驚きはしたもののすぐに対応を決める。


『今ならちょうどいいタイミングですね。』


「わかりました。私が対応します。」


そう言うと立ち上がり警備員と共に学園入り口へと早足で向かう。


「お待たせしてしまい大変申し訳有りません。」


コレットは到着早々に深々と頭を下げる。


「いえいえ、大丈夫ですよ。急に来たのはこちらなのですから。」


フードを深々と被り顔を隠している男性がそう答える。


『そういえばエチゴヤ一族の方々は顔を見せることはないと聞いたことがあるわね。つまりこの方がエチゴヤ一族……』


「それでは学園長室へと案内します。ちょうど来客中の為学園長室にいらっしゃいますので。」


「ん?来客中なのに大丈夫かね?」


「構いません。あなた方を待たせる方が問題になりますので。」


そう言うとコレットは3人を案内する。


『エチゴヤ一族の方と商業ギルド統括ギルド長は判るけどあと1人は誰かしらね?たぶんこの感じは神殿の関係者だと思うけど。』


コレットは学園の中を進み学園長室まで案内する。


今歩いている廊下を曲がった先に学園長室があると言う所まできた時に罵声や怒号が聞こえてくる。


「ふざけるな!なぜうちの子供がクビになるのだ!」


「所詮は商人だろ!我らとどちらが上だと思っているのだ!」


「神殿がどうした!他国の女神だろそれは!」


流石のコレットもここまでは予想出来ていなかったので慌てる。


「し、失礼しました。直ぐに黙らせてきます!」


走って向かおうとするものの肩をつかまれて止められる。


「大丈夫だよ。もう少しここで聞いていようか。」


フード越しから見える口元がニヤリと笑っていることにコレットは恐怖を感じていた。

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