第95話

「そもそも証拠はあるのかね!所詮平民が我ら貴族を妬んで虚言を言っているだけじゃないのか?」


「可哀想に。見て見ろ我らの子供達を。食事も喉が通らずやつれてしまっているじゃないか!」 


「しかもエチゴヤがなんだ!所詮過去の栄光の平民だろ!」


好き放題言う声が廊下に響く。


「それじゃあそろそろ案内をお願いしてもいいかな?」


コレットは顔が青ざめたまま案内を開始する。


そして今もなお怒号が凄まじい理事長室の前へ。


チラッと後ろを振り向くとあけるようにと頷いている男性。


コレットは覚悟を決めて扉をノックする。


コンコン。


「コレットです。お客様がお越しです。」


事務長と学園長はすぐにそのお客が誰だか察する。


貴族達が来ているのを知っているのにコレットがわざわざ案内してきたと言うのはそう言う事だろう。


「お客様を直ぐに案内したまえ。」


「「なっ!!」」


「我らが居るんだぞ!舐めるのもいい加減にしろ!」


怒号が飛び交う部屋の扉が開かれた。


「失礼な奴め!我らが先に話していると言うのに!」


部屋の扉が開くと今度は新たに来たお客に対して貴族達は文句を言う。


そして部屋に新たに招かれたお客に対してすぐに学園長と事務長は挨拶する。


「わざわざお越しいただき本当に申し訳有りません。」


「我が学園の元職員が失礼な対応をしてしまい本当に申し訳ありませんでした。」


貴族達は自分達が放置されて新たに来た客に対してペコペコしている学園長と事務長に対して再び毒づく。


「我らが先に話をしていただろう!それに誰だね、そちらの3人は。」


貴族達はこの時点では新たに来た客が誰だか理解していなかった。


「見たこともない男と女とフードをかぶった怪しい奴だな。」


「特にフードをかぶった奴!我らの前で顔を隠したままとは失礼な奴だな!」


「まぁまぁドゥメルク侯爵様、もしかすると途轍もなく醜い顔で、我らに見せると失礼に当たるから顔を伏せているのやもしれませんぞ?」


貴族達は今度はフードをかぶったままのサイに対して毒を吐きながら笑い始めた。


学園長と事務長とコレットはフードをかぶった人物が誰だか、だいたいの検討はついていたので血の気が下がってくる。


そして遂にサイが動き始める。


「フードをかぶったままでしたね。失礼しました。」


そう言うとサイは顔を隠すように深く被っていたフードをあげる。


「誰だね、君は。」


「知らぬ顔だな。」


ピエトリ男爵家とデコス男爵はサイの正体を知らなかった。 


もう一方の2人。


ドゥメルク侯爵とファイヨル伯爵はサイの正体に気がついてしまい絶句する。


しかしその父の姿に気がつかない2人の息子はよりにもよってサイに牙を向けてしまう。


「侯爵家と伯爵家の当主がこちらにいるんだぞ!頭が高いぞ平民!」


「はやく頭を下げないか!」


上位2人の子供が罵声を大した身分では無いのだろうと勘違いした残り2人の子供達はさらに調子に乗ってしまう。


「これだから平民は困るのだよ。」


「簡単だろう?膝をつけ頭を下げればいいだけなのだから。」


サイは貴族の息子達の暴言に従い地面に片膝をつけ頭を下げる。


アムルとアルレットもサイの動きに続いて片膝をつけ頭を下げた。


サイの正体に気がついた2人の侯爵と伯爵は気が動転してしまい反応が遅れてしまった。


そしていよいよ名乗りを始める。


「お貴族様方、名乗りもせずに申し訳ありません。私の名はサイ。エチゴヤ商会代表ブリットの長男、サイ・エチゴヤと申します。以後お見知り置きを。」


エチゴヤと言う名前が出た途端に静まり返る室内。


「「え、エチゴヤ……」」


暴言を吐いてしまった4人の息子達と男爵家当主の2人は顔色が悪くなる。


「次は俺だな。皆様、お初にお目にかかる。商業ギルド統括ギルド長のアムルです。以後お見知り置きを。」


「統括ギルド長……」


サイに続いてまさかの大物に血の気が下がる貴族様達。


「では私が最後ですね。皆様初めまして。商業の女神マリオン様に仕えております司祭アルレットと申します。以後お見知り置きを。」


「神殿からもだと……」


サイ達が部屋に入る前に神殿のこともバカにしたような発言をしていたので慌てる。


「わ、私は何も言っていないぞ。」


「私も何も言っていないからな!お前たち2人だろう。」


「なっ!先ほど発言したではありませんか!」


とうとう貴族達で擦り付けが勝手に始まってしまった。


学園長と事務長は膝をついたままの3人に直ぐに立ち上がるようにお願いをして席へと案内する。


そして学園長が一言貴族達に対して告げる。


「今から話し合いを始めるので出来ればお静かにして頂けると助かります。」


そう言われて再び黙り込むしかない貴族達。


同じ室内に居るというのに貴族達を放置したまま学園との話し合いが始められた。


「改めてまずはもう一度謝罪をさせて頂きたい。先日の我が学園の職員が本当に失礼な対応をしてしまい申し訳ありませんでした。」


「まぁその件に関しては、私達に言っても仕方のないことですけどね。今まで村から出たこともない子供があんな扱いと対応をされたんです。本人はかなり気にしていたみたいで、昨夜は食事も食べずに寝てしまいましたよ。」


その一言で驚く学園長。


「我が校に入学試験を申し込んだその子供はエチゴヤの方々が面倒を見ているのですか……?」


「面倒を見ると言う感じではなく、どちらかと言えばご両親から入学試験終了まで当家でお預かりしているような形ですね。」


「そうなのですか。本当に申し訳ありません。」


「謝罪はもう結構。それで……その様な対応をした職員はどうしたのですか?もしかしてまだ学園に居るとは言わないですよね?」


学園長と事務長はクビにした4人を横目で確認すると顔を真っ青にしたまま固まっているのが視界に入ってきた。


「学園にてその様な対応をしていた数名の職員は、責任を取らせるべく昨日解雇しました。」


「そうですか。わかりました。それで……そちらにいらっしゃる方々は本日はどうしたのですか?顔色も悪いようですし。」


貴族達が何かを言おうとする前に学園長が話をしてしまう。


「そちらにいらっしゃる方々の御子息の4名は昨日まで学園で働いていた元職員となっております。」


「そうだったのですか。元とは言え学園で職員として働いていたのです。とても優秀だったのでしょうね?」


そう言いながら4人の元職員に顔を向ける。


怒らせるようなわざとらしい態度でサイは更に煽り続ける。


「あれ?そう言えば問題を起こしていた職員は昨日解雇されたのですよね?では解雇された職員はそちらの方々のお知り合いですか?」


煽り続けるサイに対して耐性がついていない子息達はついに反抗してしまう。


「もうよい!わかっているのだろう?ムカつく奴だ。」


「所詮は平民の子供だろうが!金銭を要求することの何が悪いのだ!」


「そうだ!金銭を払えば我ら貴族と同じ学園で学べる可能性もあるのだ。よいではないか。」 


「そもそも我らと対して年齢が変わらなそうなのに偉そうだぞ、お前は!」


この暴言の数々に慌てるのは親達だった。


「お前たちは黙ってないか!」


侯爵がそう怒鳴ると子息達はビクッとしてしまい再び大人しくなる。


「サイ殿、違うのです。これには訳がありまして。」


「そ、そうです。別にエチゴヤの方々に対して苦情を申している訳じゃないのです。」


「ましてや商業ギルドや神殿などに言うわけないじゃないですか。」 


わざとらしく笑いながら言い逃れようとする貴族達。


「しかしどうやらエチゴヤの方々には気がつかぬうちにご迷惑を掛けてしまった様子。本当に申し訳ない。」


侯爵が謝罪したことでこの件を無理矢理終わらせようとしていた。


「いえいえ、謝罪など結構ですよ。この件に関しては父から伝言がありましたので。おまえの好きに動いて良いとね。」


その言葉に絶句する当主達。


サイの動き次第で自分達の領地の経営が傾きかねないからだ。


それだけエチゴヤ商会と言うのは力を持っている。


ここで直ぐに動いたのは男爵2人。


「お、お前はなんてことをしてくれたのだ!ジャン、お前は廃嫡だ!」


「お前もだ、オルガル!今より我が家名を名乗ることは許さん!」


まさか廃嫡されるなどと思ってもいなかった2人は騒ぐ。


「そんな……父上、酷いではないですか!」


「なんで廃嫡なのですか!納得いきません!」


「もうお前の父などではないわ!荷物を整えてすぐに出ていけ!」


「お前もだからな!」


男爵2人は自分達の息子をすぐに切り捨てた。


これが長男や次男だったら変わっていたかもしれないが所詮は三男。


情が無いわけではないが、このままでは自分達の立場も悪くなってしまう。


その結果が廃嫡だった。


その光景を見ていた後の2人は自分達もそうなるのかとビクビクする。


しかし侯爵家と伯爵家の子供を廃嫡など、この程度の事件で出来るわけがない。


そもそも自分の息子らがやらかした相手は平民の子供なのだから。


平民の子供に金銭を要求したくらいで何が悪いのかと侯爵や伯爵は考えていた。


黙り込む侯爵と伯爵には何も言わずにサイは動くことに。


「男爵様の方々の誠意は理解しました。相手が平民だからと差別なさらずに、自分の子供らに責任を取らせる。何と素晴らしいことでしょうか。その様な領主様の地に住む領民の方々も幸せでしょうね。」


サイのこの発言にホッとする男爵2人。


自分達は助かったのだと、このときはそう思っていた。


「我の息子らが迷惑を掛けたことは認めよう。今回の件で迷惑を掛けた子供には賠償金を支払おうではないか。どうだろう、伯爵?」


「そうですね。過ちは認めねばなりませんな。では当家から迷惑料として金貨5枚を支払いましょう。」


「ではうちからは金貨15枚を支払う。これで手打ちとしようじゃないか。」


そう笑いながらこれで手打ちと言い切った。


「わかりました。本人にはそう伝えておきます。」


侯爵達は賠償金は後で使用人に持たせてそちらに向かわせるとサイに伝えると『それでは。』と言いながらそそくさと部屋から退出していった。


「さて、学園からの謝罪もありましたし私達も帰るとしましょうか?」


「「えっ?」」


学園長と事務長はまさかこれで終わりだとは思ってもいなかった。


何かしらの要求はあるだろうと考えていたからだ。


「今回ご迷惑を掛けてしまった子供とサイ殿の妹様を入学試験免除などをしたりなどは……。」


それ位の要求なら学園長の立場を使えばなんとかなると考えていた。


「その様なことをしなくても大丈夫ですよ。あの子達にはひいき目無しで受験させてあげて下さい。学園は当家とも繋がりが大きいお客様なのですから、これからもどうかよろしくお願いしますね。」


サイやアムル、アルレットは学園長や事務長と握手をするとそのまま帰っていった。


あまりにもすんなりと帰ったことに驚き呆然としてしまった。


「な、なんとか助かったのか……?それにしてもほとんどサイ殿が対応していたが、何故商業ギルドと神殿からは何も言わなかったのだろうか……」


学園長は商業ギルドと神殿が大人しくしていたことに徐々に恐ろしくなるのであった。

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