第93話
魔法学園に入学試験受講受付を済ませた次の日。
朝早く目が覚めてしまったラグナは、エチゴヤ邸の敷地内に設置されていた訓練所にて剣を黙々と素振りしていた。
『今更気にしたって仕方がない。ここはあっちと違ってそういう世界なんだから。』
雑念を振り払うようにひたすら剣を振る。
しばらく素振りをしていると後ろから気配を感じたので素振りをやめて振り向く。
訓練所の入り口には王都まで一緒に旅をしたエチゴヤ商会の護衛の人が来ていた。
「ラグナ君はこんな朝早くから訓練か?」
「はい。なんとなく身体を動かしたくて。」
「そっか。俺もなんだよ。そういや一緒に旅をしたってのにきちんと名乗って無かったな。俺はリビオってんだ。改めてよろしくな。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
リビオさんと握手をした後に彼の訓練を見せてもらうことにした。
まずは訓練を始める前にと身体をほぐす所から。
「まずは身体を動かす前にきちんと関節をほぐしておかないと怪我をするからな。」
柔軟体操の様な動きをしながら身体をほぐしていく。
そして次はいよいよ素振りかと思ったらマラソンを始めた。
「護衛をするにしても戦うにしても体力が無ければ勤まらないからな。」
確かに。
途中でスタミナ切れなんてしたら待っているのは死あるのみ。
マラソンからは俺も参加して一緒に走る。
1時間ほど走り続けた後にいったん休憩することに。
「まさかあのペースに9歳の子供がついて来れるとは……」
「確かに少し疲れましたけど……まだまだ走れますよ?」
「まじかよ。流石に自信無くすわ。もしかして身体強化魔法使えるのか?」
「使えますよ。今は使ってませんけど……」
身体強化魔法を使わないであのペースに着いてきていたことに驚くリビオ。
『本当にこの子は9歳なのか?』
横目でチラッと見ると自分はまだ息を整えているのにラグナは平然としている。
ふと神殿騎士が話をしていたことを思い出す。
『アオバ村の狩人と一度だけ手合わせしたことがある。神殿騎士としてのプライドを簡単にへし折られたよ。訓練漬けの人間と魔物相手に毎日命のやり取りをしている人間との違いだったんだろうな。』
そうか、この子もそう言えば9歳にしてワイルドボアの討伐をしていたんだったな。
アオバ村の子ども達はみんな小さい頃から鍛えられているんだろうなとリビオは勘違いした。
ただ単純にラグナは加護を受けており身体能力が高くなっているだけである。
リビオは息を整え終えるとラグナと共に素振りを行う。
その後は手合わせ。
「いきます!」
ラグナが木剣をリビオに向かって振るう。
対するリビオはラグナからの攻撃を次々と捌いていく。
カン カン と木剣の打ち合う音が訓練所の室内に響き渡る。
『こいつ絶対に9歳じゃないだろ!一撃が重い!』
軽く捌いている様にみえているがリビオにはそこまでの余裕が無かった。
徐々に力負けしていくリビオ。
神殿騎士との訓練は確実にラグナを成長させていた。
「その辺で終わりにしましょうか。」
その声に打ち合う2人はビクッとする。
声がした方を振り向くとセバスがいつの間にか訓練所の室内で2人の打ち合いを見学していた。
「セバスさん、おはようございます。全く気がつきませんでしたよ。」
「ラグナ様、おはようございます。もう少しで朝食の用意が出来ますのでどうぞこちらへ。」
セバスはラグナを案内する際にすれ違ったリビオに耳打ちする。
「あなたは1から鍛え直しですよ。」
リビオはがっくりと肩を落とす。
『でも仕方ないか……9歳の子供にここまで押されたんだ。もっと貪欲に強さを求めて鍛えなきゃ強くはなれない。』
ラグナと打ち合い痺れた手を握りしめてリビオは自分自身に活を入れる。
その頃セバスは先程の光景を思い出していた。
『先程の打ち合いを見ていましたがなかなかの太刀筋。気配察知に関してはまだまだ訓練が必要ですが……これで9歳ですか。きちんと育てれば一流の護衛としても使えそうですね……最近壁にぶつかって伸び悩んでいたリビオにとってもいい刺激になったでしょう。』
汗を軽くシャワーで洗い流して身嗜みを整えた後に食堂へと向かう。
食堂には既にミレーヌさんが着席していた。
「おはようございます。お待たせしてすみません。」
「おはようございます。ラグナ君は朝から訓練していたと伺っていますので大丈夫ですよ。お兄さまは朝早く仕事へと向かいましたので2人で食べましょう。それじゃあお願いしますわ。」
訓練所から部屋に向かうまでの時間にセバスさんには食事の際のテーブルマナーを教えてもらえないか頼んである。
セバスさんには必要ないのでは?と言われたけど。
知らないことがあるかもしれない。
朝食が運ばれる直前に1人の女性がラグナのもとへと歩いてきた。
「ラグナ様、初めまして。本日より教育を担当しますアドリーヌと申します。」
「初めまして。ラグナです。よろしくお願いします。」
ミレーヌは2人の姿を見て疑問に思う。
「アドリーヌがラグナ君の教育ですか?」
「えぇ、セバス様よりラグナ様が食事のマナーの教育を希望とのことで私が担当することになりました。」
「そうなんですの?ラグナ君に教育は必要かしら?」
ミレーヌはラグナと共に食事をする機会が数度あったが、マナーに関して特に気になることはなかった。
食事が始まりラグナの食事風景を観察するアドリーヌ。
手掴みであれもこれもと食べる訳でもなく、スープを飲む際にお皿にカチャカチャとスプーンで音を立てて食べるわけでもない。
食べ物を咀嚼する際に口をあけて食べるわけでもない。
特に注意する点が見つからないまま食事が終了した。
食事後はきちんと口周りを拭き、手も綺麗に拭いている。
「どうでしょうか?全然ダメですよね。辺境の村にいたのでどうもわからなく……」
「……正直に申してよろしいでしょうか?」
「厳しくお願いします。」
ラグナは今後のことを考えてマナーを覚えるつもりだった。
学園に入学する限り貴族の子供と共にいる機会からは逃れられない。
些細なことで目立ちたくないと思いマナーの教育を頼んだ。
「では食事のマナーについてですが……正直な所、ありません。」
「えっ?」
その答えが出ることを考えていなかったラグナは驚いて声が出てしまった。
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