第5話

学校の玄関、3時半くらい。天候は曇りで、かなり暗い。夜の寸前くらいに暗い。

生徒たちが掃除している。

真琴、大きなゴミ箱を抱えて、外から玄関へ入ってくる。この時点ですでに周囲に誰も人がいない。

玄関の廊下の隅にゴミ箱を置く。

真琴、顔を上げる。


真琴「……あれ?」


以下、ずっと1人称。

真琴、不審に思い、辺りをきょろきょろ見回す。

少し歩きながら、玄関の外、体育館側、美術室側を見る。誰もいない。

真琴、不安な表情。


真琴「え?」


真琴、あわてて走って美術室前の廊下まで来る。

真琴、すごく不安な表情。


真琴「誰かいないの!?」


真琴、美術室のドアを開けて入る。少し進んで、美術室に洗面があり、そこに鏡がある。

真琴、鏡を見ると、自分の髪にファランクスの通行証がついているのを見る。


真琴「はっ!?」


真琴、驚いて鏡を見ながら自分の髪を触り、ファランクスの通行証を触り、取り外そうと試みるが、外れない。髪が引っ張られるだけ。


真琴「痛っ!なんで?外れない」


真琴、もう一度鏡を見る。


真琴「これって……ファランクスの通行証?じゃあここは……ゲームの世界?まさか!?」


真琴、取り乱して辺りを見回し、美術室を出る。


真琴「誰か!誰かいませんか!助けて!」


真琴、走って階段を上る。恐怖で動作が速くなっている。叫ぶように


真琴「はあ、はあ……鏡美ちゃん!夢見ちゃん!」


真琴、2階の廊下を見回すが、誰もいない。

2階の対角線側の窓を見てみると、理科室と2年9組の教室の中央あたり(2年8組あたりの教室前の廊下)に、人影が見える。が、すぐに梁に隠れてしまう。以降、見えない。

真琴、疑問の表情。

理科室のあたりから足音が聞こえてくる。徐々に足音が大きくなり、近づいてくるのがわかる。

真琴、不安な表情で、少し後ずさりする。

その人物も近づいてくる。柱の影から出た瞬間、光が当たって顔が見える。夢見だとわかる(ただし夢見本人ではなく、ファランクスの世界の夢見のキャラクターである)。夢見、微笑している。

真琴、喜んで夢見に話しかける。早口で、つまりながら


真琴「夢見ちゃん!あの、あの……誰もいないの!私、怖くて怖くて……ここ、ファランクスの世界なの?」


ファランクスの夢見、少しも表情を変えずに、穏やかな表情で


ファランクスの夢見「そうだよ」


真琴、夢見の不自然な表情に疑問を思う。「何か変だな」と思う。少し怖い。


真琴「ほんとにゲームの世界に入っちゃったの?どうやったら出られるの?」


ファランクスの夢見、少しも表情を変えない不自然なくらい一定の穏やかな口調。

真琴は必死な様子。


ファランクスの夢見「何も」

真琴「え?」

ファランクスの夢見「何もしなくていいよ。時間がたつと出られるから」

真琴「ほ、ほんと?」

ファランクスの夢見「うん」


夢見、穏やかに微笑している。

真琴、夢見は何かおかしいと思う。


真琴「夢見ちゃんは……怖くないの?」

ファランクスの夢見「全然、平気だよ」


しばらくそのまま。

真琴、動揺している。

真琴、思い切って話す。


真琴「あ、あの……」


真琴、しゃべろうと思ったがファランクスの夢見がさえぎって質問する。


ファランクスの夢見「もう一人、私を見なかった?」


真琴、さっぱり意味がわからない顔。


真琴「もう一人?どういう意味なの?」

ファランクスの夢見「ゲームを始めたときに自分そっくりのキャラクターを作ったでしょ?このファランクスの世界にはね、そいつがいるの」

真琴「もう一人……夢見ちゃんがいる?」

夢見「うん。真琴ちゃんもね」

真琴「え?」


真琴、驚いて固まっている。

ファランクスの夢見、表情は変えない。


ファランクスの夢見「そいつはね、私になりすまして現実世界に出ようとしているの。見つけたら注意してね?ひどい目に合わされるかもしれないよ?」

真琴「なんのこと?現実世界に……出る?」

ファランクスの夢見「あのね、もう一人の自分が現実世界に出ちゃったら、自分は戻れなくなるんだよ。だからそいつを現実世界に行かせないようにしないと」

真琴「そんな……」

ファランクスの夢見「だから、もう一人の私を見つけたら教えてね。真琴ちゃんも、もう一人の自分を見つけたら……ね?」

真琴「見つけてどうするの?私はどうしたらいいの?」

ファランクスの夢見「ふふふ……」


真琴、不安な表情で、立ったまま呆然としている。

真琴、急に気がついたように、夢見の全身をじろじろ見る。

真琴、夢見の体に通行証らしいものがどこにもないことに気づき、自分の髪の通行証を触って、自分にはあることを確かめる。


ファランクスの夢見「じゃあ私は行くね」


ファランクスの夢見、茶道室のほうの階段へ行こうとする。


真琴「夢見ちゃん、あの……」


ファランクスの夢見、顔だけ振り向く。疑問の表情。

真琴、自分の通行証を触って


真琴「この通行証、髪から外れないの。夢見ちゃん、どうやって取ったの?」


ファランクスの夢見、はっと気づいて、動揺して


ファランクスの夢見「そ、そのうち取れるから!それじゃ行くね!」


ファランクスの夢見、走って行ってしまう。茶道室前の階段を下りる。足音が徐々に小さくなり、次第に聞こえなくなっていく。

真琴、不安な表情。

真琴、しばらく呆然としていると、ファランクスの夢見の行った方角から足音が聞こえてくる。真琴、それに気づいてそちらを見る。

すぐにこちらへは来ず、うろうろしている足音。

真琴、疑問に思う表情。足音のほうへ向かって


真琴「夢見ちゃん?」


足音が一瞬止む。


真琴「夢見ちゃん?どうしたの?」


足音が早足になる。

真琴、怪訝な表情に変わり、


真琴「!!……夢見ちゃんじゃない!」


足音へ向かって


真琴「誰?誰なの?」


返答はなく、足音、走って近づいてくる。

真琴、恐怖の表情になり、少し後ずさりしてから理科室のほうへ走り出す。

ずっと走る足音がし続けている。真琴、足音の方向へ向かって叫ぶ。


真琴「なんで追いかけてくるの!?」


真琴、理科室前の階段を下り、階段の陰に隠れて息を潜める。


真琴「はあ、はあ……あれって、まさか……(独り言、警戒してささやくように)」


足音が2階の理科室前で一度止まる。1階と2階の階段の中央の壁に、人影が映し出されるのを、真琴は不安そうに見る。人影、きょろきょろしている。

人影が動いて、階段を下ってくるのがわかる。普通に歩いて下ってくる。

人影で1階と2階の中央に来た時点で、真琴、走って中庭入り口のほうへ走り出す。同時に人影と足音も走り出す。

真琴、振り向かずにそのまま叫ぶ。


真琴「いや!来ないで!」


真琴、技術室から中庭への入り口へ走り、入り口の扉をあけ、一度振り向いてまだ足音がするのを確認してから、走って中庭を抜ける。中庭は花畑。

そのまま玄関へ走りこみ、一番端のロッカーの陰に身を隠す。真琴、怖くてうつむいて震えている。

しばらくして足音が迫ってくるのを聞いて、真琴、はっと気がつく。

足音がどんどん近づき、ロッカー前の廊下で止まる。しばらくして、真琴のほうへ向かってくる。真琴、歯を食いしばって目をつむる。

足音が真琴のところにまで到達する。すると女生徒A(端役)がそのまま通り過ぎて、外へ出る。

真琴、拍子抜けする。同時に瑞穂と由香里の話し声がする。2人は廊下を、美術室側からロッカーへ向かっている。


瑞穂「由香里は1年の子にサーブ教えてやって」

由香里「えー?あたしがやるの?」

瑞穂「由香里はサーブ上手いじゃん」

由香里「めんどくさいなぁ……」

瑞穂「キャプテンの命令です!」

由香里「こんなときだけキャプテンの顔するんだから!」


瑞穂と由香里、しゃべりながら廊下を通り過ぎていく。

真琴、ロッカーの影から顔だけ出して、二人が通り過ぎていくのを確認する。

ここで完全1人称終わり。

真琴、ロッカーの陰から出てきて、廊下に出る。体育館のほうを見ると、瑞穂と由香里が歩いており、美術室側を見ると女生徒B、続いてC、Dが階段を下りてくる。

真琴、中庭を見る。中庭は花畑ではなく、雑草が生えている。

真琴、不審な顔でややうつむいて自分の右手をおでこに当てる。そのまま顔を上げる。

真琴、はっと気がついて自分の髪を触る。通行証がないかまさぐるが、何もない。

真琴、美術室へ走って入り、通行証がないのを鏡で確認する。美術室には誰もいない。


真琴「さっきの……なんだったんだろう?私、病気なのかな?」

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