#14 はんぶんこ

 ミニエクレアと紙ナプキンの問題。

『最後の1個を買ったその女子は、なぜ紙ナプキンを5枚も貰えたのか』……。


「買いに来たのが1人でも、シェアして食べるのであれば複数枚貰えるんだよな? なら件の女子もその理由で貰ったと考えるのが一番丸いんじゃないか。そういうルールなわけだしな」

「うーん、でも購買の人は『1パック3個入りのミニエクレア』を『5人で食べる』って言われて納得したのかな? 等分できないし、第一それは流石にちょっと”みみっちい”と思うんだけど……」


 それは確かに”みみっちい”ったらないな。だが……


「『3個を5人でシェアした』とは限らないと思うがな」

「どういうこと?」

「結論から先に言うと……鍵は六町がミニエクレアを喰いたくなった元凶の、あの女子4人だ」


 六町は大層驚いていた。


「えぇっ!? なんで今その話が?」

「さっき本庄先輩から聞いたんだが、最後の1個を買ったのってC組の女子らしいな」

「えっ? うん。Tシャツの色がC団の色だったから」

「で、俺の予想だとそのC組の女子はおそらく……今言った4人組のうちの一人だったんだ」

「……?」


 六町はまだ要領を得ないように見える。おそらくこいつがその女子を見たのは一瞬だけ。気づけなくとも無理もない。


「う~ん……あれ? 言われてみれば同じような気も……」

「お前、誘導尋問とか引っ掛かりやすそうだな……」


 なんか心配になってきてしまう。


「さっきちょうど大縄跳びが終わったろ? んで多分そのとき……参加していた生徒がスタンドに戻ってきて、例の女子4人グループへ更に”5人”合流したんだ」

「え? なんで5人なんて分かっ……あれ、それって……」


 そう、貰っていたナプキンの枚数も同じく5枚だ。


「そのとき食べようとしていたのは”ミニエクレア2パック”。対して女子は4人から”合計9人”に増えた」

「1パック3個入りだから、中身は合計で”6個”。9人で分けるには窮屈だね……」

「けどこれよ……よく考えると、111んだよ」

「えっと……あっ、そういうことか!」


 至極簡単な算数の話。2パックで計6個だったところに、更に1パック買うと計9個になる。9人で分ければ、ちょうど1人1個。


「あの女子は人数が増えたからもう一度ミニエクレアを買いに行ったんだ。で、同じ奴が買いに行けば、買う時に事情を説明して紙ナプキンを人数分もらうこともできそうだろ?」

「なるほど……うん、すっきりした!」



『玉入れお疲れさまでした!次の競技は2年生の徒競走です』


 六町は満足そうに頷いた。アナウンスは結論にたどり着いたことを祝うかの如く、図ったかのようなタイミングだった。


「やっぱり二駄木くんはすごいねっ!」


 しかしそんな表情もつかの間、少し顔を俯かせてしまった。


「でも……買えなかったな……」


 そういやそういう話だったっけか。六町のこの無念そうな顔ときたら……。見かねた俺はリュックの中をまさぐった。


「これ、やるよ」

「えっ……それって……」

「今朝コンビニに寄ってたら、高校の自販機にあるのと同じのがあるなと思って。なんとなく買ったんだよ」


 俺が取り出したビニール袋に入っていたのは、ミニエクレア。店員が勝手に入れたのであろう紙ナプキンも入っている。おそらく六町が欲しがっていたものと同じもののはずだ。


「いいの……?」

「あぁ……しっかり食え」


 六町はパッケージを開け、一つ口に入れた。


「……おいしい……!」


 そう言った六町は多分今日一番の笑顔を見せていた。そこまで嬉しそうにしてもらえるとあげた甲斐もあったな、と思える。それから六町は俺にエクレアの入った袋を差し出した。


「ほら、二駄木くんも食べてよ。元は君のモノだから、ね?」

「ん、そうか」


 六町に促され、俺も一つ食べた。うめ。うめ。値段の割にはかなりのクオリティなのではないだろうか。ただ評判通り、素手で触ると指がすぐに汚れてしまった。横着せずに紙ナプキン使えばよかったな。


「あと一個は……」

「俺はいいから、お前にやるよ」

「でも……」

「やるっつってんだ。あんな嬉しそうにされちゃな」


 六町はやや不服そうな顔をしている


「む、強情だね。うーん、じゃあ……」


 六町は紙ナプキンを引き裂き、最後の一個のミニエクレアを二つに千切った。


「はい、はんぶんこ!」


 そう言って六町は俺に少し近づき、エクレアの片割れを突き付けた。俺はやや仰け反りながらそれを受け取る。そんな近くまで持ってこられると下手すればあ~ん♡なのよ。距離が近いんだわ……。


「あ~あ、ほんとこれ手につきやすいのな。……じゃ、ちょっと手洗ってくるわ」


 思春期を友達少なく過ごしたがゆえの距離感バグが遺憾なく発揮されておられる。……これは一本取られたな。俺は逃げるようにその場を後にした。


 少し離れて振り返った。六町は既にエクレアを食べ終え、幸せそうな笑みをこぼしていた。まぁ……この”いい事した感”は悪くないな、などと思ったりした。



~~~~



『玉入れお疲れさまでした!次の競技は2年の徒競走です』


 宗一と琴葉がひとつの謎を巡って話しあう中、グラウンドでは玉入れが終了していた。


「くぅ~~っ!! あとちょっとだったのにーっ!」


 玉入れ。1位はC団、D団は僅差で2位であった。C団の面々が歓喜に沸く一方、惜しくも1位を逃し、悔しさに燃えるD団。


「うぅ~! 私の最後の玉! あれさえ投げられてれば勝てたよねっ!? ねっ!?」

「いやあれは普通に反則だろっ。むしろなんでいけると思ったんだよ……減点されなくてよかったけど」


 などと言葉を交わす愛依とマリー。二人はそのまま人の流れのままグラウンドから出て、スタンドに戻っていった。


(そういや、D組のとこに戻るときにB組の近くも通るよな。二駄木にちょっかいでも出しにいくか)


 そんなことを思って愛依は歩いていたのだが……。


(二駄木と……あれは六町か。なんか最近よく見る気がする……って、)


 愛依は脚こそ一度は悪くしたが、視力は生まれてこのかた2.0。多少まだ距離があったが、何をしているかははっきりと見える。


 遠くに見える琴葉は不服そうな顔をしたと思えば、手に持ったミニエクレアを半分に千切って宗一に突き出した。口にかなり近い位置だ。宗一はそれを仰け反りながら受け取った。その始終を、愛依はただ見ていた。


「おっ、雨海さん! いやーほんとにさっきの惜しかったよね~……って、雨海さんも相当くやしかったんだね……。そんな顔しちゃって」

「えっ」


 声をかけてきたのは将棋部の先輩、隆虎だった。


 愛依の顔は、全くの真顔。隆虎の言う通り、確かにそれは”悔しそう”ともとれる顔だ。自分がそんな顔をしているということに、愛依は言われるまで気づけなかった。


「まぁ、まだまだ巻き返せるって! お互い頑張ろうっ!」

「あっ……はい。じゃあ失礼します。……マリー、ちょっと遠回りしていかないか?」

「えっ、いいよ! 私遠回り好きだからー!」


 愛依は隆虎に会釈し、B組を避けるようにその場を迂回した。

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