第四話 はんぶんこ

#13 ミニエクレア問題

 場所は東京・駒沢。俺は駅近くのコンビニで買い物をしていた。


(……焼きそばパンか、コロッケパンか、それが問題だ)


 しばし迷った挙句、選ばれたのはメンチカツパンでした……。あるある。一度は捨てた選択肢が最後の最後で復活してカっさらってく展開、ある。


 それから適当なジュースや菓子なども買い、外へ出た。天気は晴れ。店内もそうだったが、外の通りにはTシャツの上から俺と同じ学校指定のジャージを着た学生がちらほらといた。


 今日は体育祭当日。体育祭といえば以前色々とあったような気もするが、まぁそれはもういいか……。


 我が富坂高校にも屋外の運動場は存在するが、全校生徒で体育祭を行えるほどの広さはない。そのため体育祭は外部の施設を借りて行うのが通例だ。都内では敷地も限られるため、このような高校はさほど珍しくもない。


「あっ二駄木じゃん。おはよっ」

「おう。おはよう雨海」


 俺がコンビニを出たところに、雨海がちょうど通りかかった。雨海が着ているのは青を基調としたTシャツ。富坂高校の体育祭は毎年、団ごとに生徒がデザインし発注したTシャツを着ることになっている。


 富坂高校の体育祭は毎年クラスごとに縦割りで、雨海属するD組は青色。ちなみに俺の属するB組は緑色。なので実は俺も緑を基調としたTシャツを着ていたりする。


「そういや、二駄木は種目どれくらい出るんだ?」

「男子全員参加の棒倒しと、クラス全員参加の台風の目」

「すっくな!」


 うちの体育祭は例年ユルく、全員参加系の種目にさえ出ればオーケー。つまり俺は最低限の種目にしか参加していない。こんなでも毎年成り立ってるあたり、生徒らボリューム層の体育祭への意識の高さを感じさせる。


「雨海は?」

「あたしは騎馬戦と、玉入れ」

「お前も大差ないじゃん……」


 ん? たしか台風の目はクラス対抗で、2年生は全員参加のはずだが……いや。


「……そういやお前、脚が悪いんだっけか」

「悪いって言うとなんか大げさに聞こえるなぁ。本気で走ると痛むってだけで、軽く走るくらいなら平気になったし。ホント、こんなの大したことないって」


 原因はよく知らないのだが、俺も彼女が脚を痛めたところを一度だけ目にしたことがある。なるほど……脚のせいで一部の種目に出られないのか。まぁ本人がしきりに『大したことない』と言うから、俺も気にしないようにしているが。


 そうして適当に話しているうちに、目的地の運動場まで到着した。去年も来た場所だからなんとなく道は覚えていた。入口付近では同じ富坂生たちが話していたり、写真を撮っていたり。


「そんじゃな、二駄木」

「おう」


 そう言って雨海は同じD組の女子の輪へ向かっていった。俺は別に一緒に写真を撮ったりする人もおらず、さっさとスタンド席へ向かったのだった。


~~~~


 それから開会式も終わり、なんなら棒倒しも終わって出番の半分を消化し、スタンド席でぼーっとしていた。まぁ同じクラスに仲いいやつがいなければこんなもんだよな。この程度去年の時点で既に経験済みなのである。


 気づけばもうそろそろお昼休みかなという時間帯。今やっている大縄跳びがもう終わりそうで、そこから残りの午前の部は玉入れ、徒競走(2年)、そしてお昼休みという順になっている。


『大縄跳びお疲れさまでした。次の競技は玉入れです。玉入れの次の競技、2年の徒競走に参加する生徒は待機場所に集合してください』


 スピーカーからアナウンスが響き渡る。程なくして、大縄跳びに参加していた生徒らが一斉にスタンド席へ戻っていき、逆に徒競走の参加者はグラウンドへと向かっていく。


 グラウンドには団ごとのカゴと玉がどんどん配置されていった。その中には……いた。雨海らしき姿も見える。隣にいるのは東金か? 距離があって顔まではよく見えないが、おそらく当たっている気がする。


「やぁ、二駄木君!」


 突然、声をかけられた。声の主は……本庄先輩だ。どうやら通りかかった感じらしい。本庄先輩も雨海と同じくD団で青色のTシャツを着ているのだが、気になるのはその腕章。「STAFF」と書かれている。


「あ、本庄先輩。てかどうしたんすかそれ。”スタッフ”って」

「あぁ、これ? 実はうちのクラスの実行委員でね、今日急に体調崩しちゃった人がいてさ。その代わりをやってるってワケ」

「急になんて、大変そうっすね……」

「あっはは、大したことないよ。それよりせっかく準備してたのに、当の自分が参加できないってことのほうがよっぽど気の毒さ」


 いい人だな、本庄先輩。……実はあの奇行は本当に夢だったのではないか、そんな気がしてくる。


「しかし購買は今年も盛況だね~! ちょうど今交代してきたところなんだけど、早くもミニエクレアが売り切れちゃったよ。最後の1個をゲットしたC組の子はラッキーだったね!」


 本庄先輩の言う”購買”とは、体育祭実行委員が生徒向けに運営している食べ物等の販売のことだ。営利目的ではないため外で買うより安いのがありがたい。


「忙しそうな割に、楽しそうっすね」

「まぁ僕、お祭りゴトって結構好きだからさ! ……じゃあそろそろ行くね!」


 本庄先輩は別れを告げて次の仕事へ行ってしまった。……そしてそんな中、本庄先輩と入れ替わるが如くやって来る者が一人。


「買えなかった……」


 そう言いながらしょんぼりとスタンドに戻って来たのは六町だった。六町は俺の隣に座り込んだ。今日はいつものおさげ髪ではなくポニーテールでの参戦。地味に髪を結うのに使っているリボンもB団のカラーである緑色だ。


「なんでここに? なんつうかほら……他によ、行くとこあるだろ」

「真鶴さんは徒競走に行っちゃったし、他の女の子たちもお手洗いで並んでるんだよねー……」


 六町は依然ぽえ~っとしながら言った。しかし一体彼女をここまでさせるモノとは、なんだったんだ?。


「買えなかったって、何が?」

「ミニエクレア……」


 あっ…(サッシ)。噂をすればってヤツだ。


「さっきC組の子たちが食べてるのを見て、いいな~って思ったんだ。私も買いに行こうと思ったんだけど……財布を取りに行ってる間に、最後の1個がなくなっちゃったみたいで……」


 六町はうなだれていた。


「やっぱり、運を使い切っちゃったのかな……」

「そういや前に真鶴も言ってたな、『運がいい』って。そんなに運いいのか?」

「去年の文化祭で65万分の1でたロイヤルストレートフラッシュ

「Oh……」


 思いの外ヤバかった。運使い切るどころか負債になってるまでありそう。


「まぁいいじゃねーかエクレアくらい。『肝心なことは大体目に見えない』って言うだろ」

「星の王子様を『悪そうな奴は大体友達』みたいに言っちゃだめだと思うよ……」


 つーかソレ、多分うちのクラスでやってた『遊技場』だな。確かに1人だけとんでもない点数出して、黒板に名前書かれてた絶対王者がいたのを覚えている。


 そんなことを思いふけっていると、六町は突然何かを思い出したかのように表情を変え、こちらを向いた。


「……あ、そういえば! 二駄木くん、さっき少し気になることがあってね?」


 まて、この流れはまさか……。


「さっき私の目の前で最後の1個を買った子がいたんだけど……その子、紙ナプキンを1人で5枚も持っていったの!」

「……普通に多めに持ってっただけでは?」

「それがね、違うのっ!」


 六町は人差し指を立てて、得意げに言った。まぁ、調子が戻ってきているのは何よりだが。


「ミニエクレアって学校の自販機で売ってるのと同じなんだ。普段から人気なんだけど、チョコがすごく手につきやすいから紙ナプキン必須って評判なの。でも今回体育祭の購買はモノに限りがあるから、紙ナプキンは1人1枚ってことになってるみたい」


 ……つまり1人で多めに貰っている可能性は低い、ということか。


「まだ2枚とか3枚なら分かるんだけど……」

「ん? どういうことだ?」

「そのミニエクレアは1パック3個入りなんだけど、シェアすることを想定して半分に千切りやすく作られてるの。例えば私がさっき見たって言ったC団の子たちは4人いたのに対して、ミニエクレアは2パックあったよ。シェアするためなら紙ナプキンも人数分貰っていいらしいの」


 4人で2パック……つまり合計6個を分けるから、『1人当たり1個半』ってことか。なるほど。3個入りのミニエクレアを買うのに対し、紙ナプキンを2枚あるいは3枚貰おうとするなら『シェアするから』とまだ言い訳が利くというわけだ。


 ……となるとだ。買ったのに対して紙ナプキンを5枚も貰えたというのは確かに、いささか不思議な感じがする。


「なんだか、謎めいてるよね?」


 そう言われると、なんだか急に気になってくるな……。1人で5枚ものナプキンをもらえた理由。


 ……もしかして?

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