#12 スキの気持ちは止まらない

 ノートを拾った六町は興奮気味に、東金へ”ずいっ”と詰め寄った。そこに描かれていたのは、現在放送中の『ミラクル☆ブルームキラマジ!』に登場するキャラクターだった。


「もしかして……東金さん、キラマジ見てるの!?」

「え、えぇっと~……その~日本に来て初めて見たアニメで~……子供向けだって知らなくてぇ……」


 東金はノートを取り上げて、顔の半分を隠した。


 ……なるほどな。


 東金はある日偶然キラマジを見て、そのキャラクターを描きたくなったワケか。しかし、しばらく経ってそのアニメが”子供の見るモノ”と扱われていることを知った。


 それでも”描きたい”という欲が高まったとき、東金はこの誰にも見られない図書室の席でキラマジの絵を描いていたのだ。


「うぅ~……私は確かに、見てるけど~……。で、でもっ! キャラがフツーに可愛いなって思っただけで~……!」

「女児向けアニメを見るのは! 恥なんかじゃ! ない!」


 六町さん……? いや、俺はてっきり世代だから昔見てたくらいだと思ってたんだが、がっつり最新のも見てるんですね……。なんだか嬉しくなっちゃったな。


「恥ずかしく……ない?」

「もちろん!」


 すると傍観していた雨海も東金に近寄り、ノートを覗き見た。


「ふーん。あたし、マリーの絵ってコンクールに出してる風景画しか見たことなかったや。……こういうのも描けるなんて、めっちゃ凄くないか?」

「まぁ、そうだな。俺も驚いた……もちろんいい意味で」


 雨海の感想は好意的なものだった。確かにそうだ。俺も今まで、東金の絵はいかにもな”お堅い風景画”のイメージだった。この振れ幅の大きさは目を見張るものがある。


 すっり呆けた東金。……しかし、絵を褒められたのがよっぽど意外だったらしい。


「……ありがとっ」


 東金は目を逸らして髪をいじりながらそう言った。顔は依然紅潮したままだが、その声色からは安堵が感じられた。


「まぁそれはそれとして。図書室で絵を描くのはこれっきりにするんだな」

「そ、それはぁーっ!」


 もう図書室でお絵描きはこりごりだよ〜!! とか今にも言い出しそうなオチであった。それ何年前のノリだよ……(ここでアイリスアウト)。



~~~~


 図書室の謎もひと段落し、俺たちは部室へ帰って来た。本庄先輩は既に部室を後にしてしまったらしい。謎も解けて雨海と六町は満足げな様子だ。


「うん……やっぱり二駄木くんについて行けば、面白い謎が色々と見られるね!」

「六町、人を周りで事件ばかり起こる体質のヤバい探偵みたいに言うのはやめてくれないか?」

「でも、今のところあながち間違いでもないよな~?」


 否定できないのが悔しいところである。


「まぁ私は将棋部じゃないし、この辺でお暇させていただき……」

「ん? 気を使ってのことならその必要はないぞ。どうせ今日は部員2人しかいないからな」

「無理に引き留めるつもりとかはないから、用があるならいいんだけど」

「そう? ならもう少し……いさせてもらおうかな」


 2人しかいないと、何やってもすぐ飽きてしまうんだよなぁ。こういうときは六町のような存在も有難い。


「そういえば! 将棋部の人って他に見たことないけど、何人いるの?」

「ここにいる2人と本庄先輩、計3人だけだ。今年は新入部員ゼロ」

「本庄先輩も3年生になって予備校行き始めたりしたから、最近は部活に2人しかいない日も多いんだよねぇ、昨日は1人しかいなかったからすぐ帰ったけど」

「あー、それは無断で休まれると寂しいね……」


 雨海がこっちを真顔で見つめてくる。それはほんとごめんて……。


「ちなみに……将棋部だと誰が一番強いの?」

「将棋歴ぶっちぎりで長い本庄先輩が一番だよ。次はあたしで、二駄木が最弱」

「えー、意外!」


 六町はクスッと笑ってこちらを見た。改まってそう言われると癪だな……。


「仕方ないだろ。俺だけまだ始めて数カ月の初心者なんだからよ。ここに初心者狩り反対の意を表するっ」

「『数カ月』……えっ、二駄木くんが将棋部に入った時期って?」

「高1の2月だな。だから、将棋やり始めてまだ2か月そこそこ」

「なんでまた2月に入部なんて……」

「色々あったんだよ」


 六町は事情を知りたげな様子だ。俺としては別にやましいことなど何もないのだが……ただ、雨海の話をどこまでしていいのかという問題がある。……今度2人っきりのときに話をつけておくか。


「むむ~……」


 六町は不満げに頬を膨れさせている。俺は雨海に視線で助けを求めた。


「……さーて、この後どーしよーかなー。古典の課題でもやろーかなー」


 雨海は鞄から課題を取り出した。逃げやがったコイツ。……しかし下手な芝居がかった表情から一転、彼女は顔をひきつらせる。


「うわ、提出明日じゃん……忘れてた。数学ならいくらだってやるのに~。無理だぁ……」


 こいつ、文系科目アレルギーなんだよな。特に古典は絶望的なまでにできない。俺が教えた甲斐あってか最近はマシではあるが……。


「……多分、見た感じそれなら力になれると思うよ。…… 一緒にやらないっ?」

「えっ、マジ!? 助かるー!」


 それから二人は課題を始めてしまった。これはこう、それはそう、と教え合って盛り上がっているようだ。俺も何かやろうかと思ったのだが、あいにく課題を溜めない主義ゆえやることがなかった。結局、俺は先に帰ることとした。


「『日もいと長きにつれづれなれば』、……あ~やっぱり古文は無理……」

「『北山の垣間見』だよね。たしかそれはね……」


 にしても、気づかれない。俺ってそんなに影薄いんだろうか。よよよ~……。

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