#11 間隙を縫う
「つーかお前、図書室で絵描くのか? 美術部でやれよ……」
「静か~なところで、誰にも見られず描きたくなるときもあるんですぅー」
目の前に突如現れた女子生徒の名は
「むー今日は気づかれちゃったか~。でも他の男の子は見逃してくれる人も多いよー?」
「むしろ東金さんだからと見逃してしまう男子図書委員も問題ですね……」
東金はおそらくお絵描き用であろうA3ノートをひらひらさせて言った。なるほど……図書委員って基本楽そうなイメージだけど、うちの高校に限ってはこういう苦労もあるのだなぁ……。
「ねぇねぇ」
六町が袖をちょいちょいっと引っ張ってきた。何かと思えば、六町はそのままつま先立ちになって、俺の耳に口を寄せて話した。
「二駄木くん、もしかして東金さんと仲いいの?」
「ん? あぁ、まぁ。1年の頃に雨海や東金と同じクラスだったんでな」
「東金さんってあれだけ有名人なのに、すごいね……!」
「別に俺が凄いわけじゃねぇだろ」
六町は尊敬の眼差しで俺を見つめていた。虎の威を借りてるみたいでなんか複雑。
「っていうかそっちこそっ! 図書室に何しに来たの~?」
「図書室で増えてる『ミョーな利用者』の話、今日聞いたじゃん? それを詳しく聞きに来たの」
ドイツ語辞典を図書委員に持ってこさせておきながら、しかし中身は一切読まない。最近そんな連中が後を絶たないらしい……って話だったな。ただ図書委員ちゃんが言うに、この話には続きがあるようだ。
「それで、さっきの続きですねっ。……そのドイツ語辞典を持ってこさせた人たちは、すぐにそれを返却カゴに入れたと思うと、次はまた別の本を取りにいくんです」
「別の本を?」
お? 今度こそちゃんと読むのか??
「そして何故かその人たちは、決まって必ず、全員同じ作者の著書を選ぶんです。……もちろんその本も手に取るだけで、しばらくしたら読みもせずに戻すんですけどね」
うーんやっぱダメだったか~。まぁ分かりきっていたよ……。
「ちなみにその『同じ作者』って誰だ?」
「”東野吾郎”という作家です」
「超絶有名どころだな……」
東野吾郎、国内でも指折りの推理小説家として名を知られている。俺も何度か図書室で借りたことがある。しかし……だからどうした? と言われればまぁ、それはそう。何も進展した気がしないぞ。
「二駄木くんはよく来るんだよね? 何か心当たりとかってある?」
「ないな。俺は一体何人答えてるか分かったもんじゃない図書委員アンケートに答える程度には足を運んでるが、来るときは本に集中してるからなぁ……」
「あ、もしかして『本棚を新調してほしい』って書いてた人ですか?」
「そうそう……ってバレてるのかよ! どんだけ回答人数少ないんだ……」
この図書室の本棚、背面が空いてるタイプなんだよなぁ~。これを背中合わせに並べてるから、たまに本棚の間に本が落ちそうになって怖い。新調してくれや~。
「正直な~んもわからん!」
「う~ん……」
六町は両手の指先同士を合わせて、上目遣いでこちらを見た。
「なんだか、謎めいてるよねぇ」
表情に露骨に出ているわけではないが、その両目からは好奇心が隠せないでいる。こいつ……この状況を楽しんでやがる……ッ!
「ま、こういうタイプの頭脳労働は二駄木の仕事だし? なんとかなるでしょ」
「だ~よね~! ソーイチ頑張れ!」
「気楽に言うな~~~お前ら」
俺は改めて、ドイツ語辞典が本来置かれている本棚の方を見た。この本の分類は明らかに『言語』、ズラッと並んだ本棚の中でも一番端っこの位置だ。
「……ん?」
本棚で遮られて見えないが、あの向こうの壁際には確か……。
「東金」
「うぃ?」
俺は東金の発言を思い返した。
・・・
『静か~なところで、誰にも見られず、描きたくなるときもあるんですぅー』
・・・
「……お前が絵をいつも描いてる『静かなところ』って?」
「あそこにある一番角っこの席だよ! 机に仕切りがついてるから手元は横からは見えない! そして後ろからは私の背中で見えない!」
「なら”お前自身”は隠れてないわけか。あともう一つ、図書室に来るのって大体何曜日だ?」
「美術部があるのが月水金だから~~、図書室にお絵描きしに来るならそれ以外かな~~」
やっと、揃った。
俺は件の個人席へ向かった。
「えっ、何だよ急に?」
「確かめに行くんだよ」
「な、何か分かったの?」
3つあるうち図書室の隅に最も近い、東金がよく使う席。俺は席から隣の本棚へ視線を動かす。知っての通り、この本棚は『言語』に分類される本が集められている。
今見ると……そこには一冊分だけ空きがあった。先ほどのドイツ語辞典が本来はここに入るのだろう。
「雨海、そこに座ってみてくれないか」
「え? いいけど…………はいっ、どう?」
「ちょっとそのままそこにいてくれ」
雨海を席に座らせたまま俺は本棚の裏側へ回り込んだ。これまた知っての通り、『言語』の真裏っ側にあるのは『文学』だ。その中から『東野吾郎』の名を探す。……あった。俺はその中から適当に、4冊ほど抜き取った。
「おーい、どういうことなんだ~? 」
本棚の向こう側から雨海の声が聞こえる。
……聞こえるだけではない。
「……やっぱりな」
「えぇっと……これって?」
「だから、何が分かったんだよ~」
六町が、そして痺れを切らした雨海が続いてやって来た。
「……この本棚、背面が空いてるタイプなんだよ。それを背中合わせに並べてるから、たまに本棚の間に本が落ちそうになるんだ」
「それって……あ、もしかして!?」
「噂になっていた一連の妙な行動……あれは本棚にある本を取り除いて、その向こう側を見通せるようにするためにやってたんだ」
おそらく目的は……東金マリー。東金は校内でもそのビジュアルで人気だ。席で絵を描く東金を覗き見るために一部の生徒の間で、この手法が密かに共有されていたのだろう。
ドイツ語辞典そのものに意味はなかったのだ。ただ偶然、東金がいつも使う席の真横にあったのがソレだったというだけ。東野吾郎も同じく、偶然ドイツ語辞典の真裏っ側にあったのが氏の著書だったというだけ。
まず、『文学』側からドイツ語辞典を取り出すことはできない。『言語』分類の蔵書はデカすぎる故に、『文学』側の棚板がつっかえてしまうからだ。
しかし、『言語』側から回り込もうとすると東金に姿を見られる可能性があった。こんなセコい覗きをするようなピュア・ボーイ(イケヴォ)達として、それは避けたかったのだろう。だから図書委員にわざわざ取ってこさせていたのだ。
「なになに~呼んだ~!?」
東金が話を聞きつけてやってきた。
「マリー。あの、実は……のぞき見されてたってさ。ここで絵描いてるとこ」
「なるっほどなるほど~、ここから見られええぇーーっ!?」
「うるせぇ」
驚いた衝撃で、東金は手に持っていたノートを落とした。床に落ちたノートはクセがついていたのか、ひとりでに開いた。
「これって……」
六町は足元に落ちたノートの中身を見てしまった。その目が見つめる先に描かれていたのは……。
「まさか……キラマジ!?」
「~~っ!?」
ノートを見られた東金は、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
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